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10.疑問

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 と、思ったのだが。 

「な、なぜ? なぜ、何も起きませんの⁉」

 そう、呪文をとなえても、何も起きなかった。

「ばぁ~か! 
アンタの呪文は、だれが教えたもの? 
その呪文の中の、『主』はだれのこと? 
お利口なカエデちゃんのくせに、わからないの?」

 カエデは頭から冷水をかぶったような気分になった。
 そうだ。この呪文を、教えてくれたのは……、カミサマだ。
 カエデは自分の考えの足りなさに、ぐっと歯を食いしばる。
 そうか、呪文の中の「主」とは、このアルラウネのことだったのだ。
 そして、ルーナが言っていた、「妙な魔法」。
 妙で当たり前だ。
 この呪文は、アルラウネの命令におびえ、
 嫌々従った植物たちが動いて発動するものなのだから。
 そんな蔓草たちが、アルラウネ自身をとめるために、動いてくれるはずがない。 
 そのことに気づいた瞬間、太い蔓がカエデの胴を打ちはらった。

「カエデ!」

 サカキの叫びもむなしく、カエデはふっとんでいく。

「あ~あ、せっかくあんたをサカキの
『偉業の見届け人』にしてやろうと思ったのに。
何も知らなければ、あんただけでも村に帰れたのにね」

「げほっ、そう、いう、ことでしたのね……」

 ここでカエデがアルラウネに何の疑問も持たず、
 カミサマの言う通りに従っていたら……。
 ただサカキは村のための尊い犠牲となっていたのだろう。

「カエデ、無理してしゃべんな! このっ、離せ!」

 スパンッと一閃。
 サカキは剣を振り、蔓を切ると地面にしなやかに着地した。

「カエデ!」

 サカキはカエデのもとへ走る。
 が、その地面の先から、
 するどいとげのついた根がサカキの胸をめがけて伸びてきた。
 間一髪でそれをかわす。

「も~、ダメでしょ。よけたりしちゃ。
余計、苦しむだけよ」

 「まあ、それが、最高のスパイスになるんだけどね」と
 アルラウネはくすくす笑う。

「あ、いいこと考えちゃった。
エサの狩りは、カエデちゃんにしてもらおうっと」

 アルラウネが何か言っているが、 
 サカキは深く考えずに突っ走った。
 カエデのところへ! 行って、早くカエデを守らなければ!

「生誕の名を与えた主が命ずる。 
なんじの真名はカエデ・メープル。
なんじに命ずる。サカキを……、殺しなさい」

 真名……!
 サカキの脳裏に、カエデの言葉がよみがえる。
 旅立ってすぐのころ。
 ルーナに名前をうっかりしゃべってしまった後、
 サカキはカエデからお叱りを受けたのだ。

『いいこと、サカキ。
名前には力がありますの。
名前を魔法に組みこんで、相手の自由を奪うことや、
言うことを聞かせることだってできる。
だから、むやみに名前を教えてはいけない、わかりまして?』 

 しまった……! 
 村人は全員、カミサマから生誕の名前を受け取っている!

「あああああ!」

 カエデは苦しみの声を上げた。
 ガクガクと不自然に体を動かして立ち上がり……。
 サカキにむかって杖を突き出してきた!

「やめろ! よせ! カエデ!」

 必死でよけるサカキ。
 真名の魔法に、カエデはかかっている。
 どうする、どうすれば、この魔法はとける?
 クソ、もっとマジメに学校の授業を聞いてればよかった!
 サカキは自分のサボりぐせを、心から後悔した。

「きゃははは、やっちゃえ~!」

 アルラウネの笑い声がサカキの頭にガンガンと響いた。
 空中を、何度もカエデの杖が行き来する。
 しかし、なかなかサカキには当たらない。
 いや、何か、宙に規則的な形を描いている気すらする。
 と、その時だった。

「これでいいですの? ルーナ!」

「ばっちりよ、カエデ! 
焔よ、悪しきものを打ち破れ! 
燃え盛り、広がり、舞い踊れ!」

 瞬間、アルラウネの体を炎がつつんだ。
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