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2.旅立ち

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 夜が明け、早朝。
 サカキとカエデの旅立ちの日が来た。

「母さんのことは心配するな。
おまえたちは、ただ使命をはたすことだけを考えるんだ。
……気をつけて、行くんだぞ」

「分かりましたわ、お父様。
お母様のこと、よろしくお願いします」

 村長は、カエデを優しく抱きしめた。
 カエデの母は、やはり熱病だった。
 昨日だけでも、新たに二十三人が熱病にかかっていることが分かった。
 事態は深刻だ。

「おじさん、まかせとけって。
おれとカエデで、ちゃちゃっと薬をとってくるから。
みんなも、待っててくれよ。
ほんのちょっとの辛抱さ」

 サカキは見送りに集まっていた村人に向かって、明るく言った。
 それだけで、村人の顔に、少し生気がもどる。

「こら。油断は禁物だぞ、サカキ」

「あ、師匠」

 サカキに師匠と呼ばれたのは、キリリとした目元の、三十代くらいの女性だった。
 彼女こそが、この村一番の剣士、キキョウである。
 キキョウは、このふたりの旅立ちを最後まで反対していた。
 しまいには、カミサマはおかしいとまで言って、
 大騒ぎになっていたことはおとなたちしか知らない。

「サカキ、必ず無事に帰ってきなよ。
アンタがあたしを超える日を、楽しみにしてるんだから。
……剣は用意してあるよな?」

 キキョウは、剣士であるとともに、一流の鍛冶師でもある。
 サカキが十三歳を迎えた日に、キキョウは一振りの剣をサカキに与えていた。

「もちろん。
でも、まさかこんなに早くこの剣を使う日がくるなんてなぁ」

「はは。
なーに、アンタなら、すぐ使いこなせるさ。
ただ、さっきも言った通り、油断だけはするなよ?」

 サカキは強い。
 ただ、それはあくまでも人間が相手で、決められたルールの中で戦っての話だ。
 魔物相手に、サカキはどう立ち回れるのか。
 キキョウの気がかりはそれだった。

「分かってるって。
おれがいない間、村のこと頼むぜ、師匠!」

「ああ、まかせときな。
何かあったら、色付きのろしをあげるから、空を見な」

 ふたりは再会を誓い、拳と拳をこつんとつきあわせた。
 これで、準備は整った。
 サカキは力で押しこむよりも、素早さを主にした攻撃をする。
 だから、軽くて丈夫な革の鎧を身に着けた。
 腰にはキキョウの剣。
 カエデは、いつもは下ろしている緑の髪をサイドテールに結い上げていた。
 また、革のドレスを身にまとい、足元もしっかりロングブーツでカバーしている。
 カエデの背丈より少し短い杖は、堅い樫(かし)の木だ。

「あ、カミサマがいらっしゃったぞ」

「カミサマ、このふたりに祝福を!」

 村人たちは道をあけ、サカキとカエデのもとにカミサマを通した。

「サカキ、カエデ。
この使命を受けてくれたこと、うれしく思います。さあ、これを」

 カミサマは、小さな箱をサカキにわたした。
 サカキはすぐに箱を開ける。

「……ぬり薬? 傷薬か何かっすか?」

 カエデもそばに来て見てみると、乳白色のとろりとした液体が入っているのが分かった。

「これは、魔物の正体を明かす魔法の薬です。
旅の途中で、もしかしたら、あなたたちをだますために、
美しい姿で魔物が近づいてくるかもしれない。
その時、この薬をまぶたにぬっていれば、
その魔物の本当の姿を見ることができます」

「はー、なるほど。
外に出る時、いつもみんながぬってるやつか」

 サカキの言葉にカミサマはうなずいた。
 魔物から守るために、村は基本的に木の杭で囲んで閉鎖してある。
 さらには、カミサマが魔物除けの結界をはっているのだ。
 しかし、狩りや行商をする時など、
 どうしても外に出なければならない場合がある。
 そんな時、大人たちはいつもこの薬をまぶたにぬっていた。

「おれ、この薬気になってたんだよなぁ。
さっそくぬってみるか」

 サカキは薬をすくい取り、まぶたにぬった。その後、周りを見回し……。

「何も、変わらないぞ?」

と、首をかしげてみせた。そんなサカキを見てカミサマは、ふふふと笑う。

「あたりまえですわ。
ここに魔物はいませんもの」

 同じくまぶたに薬をぬったカエデがツッコミをいれると、
 サカキはそりゃそうかと納得した。
 そのやりとりに、村人たちは思わず吹き出す。

「では、ふたりに祝福を」

 カミサマはふたりの額に口づけた。
 サカキはくすぐったそうに、カエデは顔を赤らめてそれを受ける。
 さあ、旅のはじまりだ。
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