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腕を伸ばして、床に落ちたままの、古い自分の服を取る。
もう俺だけでも風呂に行く頭も体力もなくて、躰を綺麗にする為のお湯だのタオルだのの準備すら、なんならベッドから降りることも出来なくて、このまま瞳を閉じてしまいたかった。
もうこの古い服は捨てる、と思いながら二人の躰を簡単に拭って、またその服を床に投げる。同じく床に転がったままのいるかのぬいぐるみに当たって、あいつもまた洗濯コースだな、と思ってしまった。
明日、起きたらやる。起きたら。もう今は限界、まじで。
今なら良い夢も見れそうだ、満足感と幸福感に満たされている、そして隣にはかわいい寝顔の凜。この状態で悪い夢を見る筈もない。
凜のまだほんのり紅い頬を撫でる。ほんの少し開いた唇がこどものようでかわいい。
このシーツも明日洗おう、その元気があれば。
「おやすみ」
聞こえる筈もないが、つい口に出してしまう。
目にかかりそうな前髪を少し避けると、んん、と少し唸った凜がこちらに近付いてくるものだから、思わず抱き締めた。
あったかい。
最近はもう夜は冷えるからなあ。
しっかりと肩口まで布団を掛けて、目の前にあるかわいらしいおでこに唇を落とす。
そっと首筋に手を這わすと、まだ汗が完全には引いてないのかしっとりとしていた。そのまま指先を進めると、噛み痕を確認出来る。
寝てしまった凜を引っくり返してまで視認は出来ないけれど、確実に噛み痕だ。じわじわとまた、ああ、番になったんだなあと実感が湧いてくる。
これからどうしようか、籍を入れるのはまだ早い?養えるように、俺が卒業してから?でも早い方が凜は安心するかな。
番だからって籍を入れる気になるのも早い?姉と結芽はまだ、だよなあ確か。でもやっぱり凜のことを考えたら……
凜の親戚もいないようなものだし、式は挙げなくてもいい。
でもそれを言い訳に新婚旅行、なんてどっかに旅行に行くのもいいかもしれない。凜が行ったことない場所や思い出の場所、色んなところに連れていきたい、きらきらと瞳を輝かせる凜が見たい。
でもお土産でぬいぐるみを買うのはもうないかな、かわいいけれど、凜を取られるのはいるかだけで十分だ。
親父と姉と兄と……勿論琉と咲人にも報告して、それから……
ああ、誕生日に首輪はもういいかなあ、噛み痕を隠すひともいるみたいだけど、俺は別に……凜が嫌なら考えるけど、俺のものだとも知ってもらいたいし……
そんなことを考える自分に笑ってしまった。
つい最近まであんなにオメガを毛嫌いしていたのに、この、目の前で安心しきったようなかおで寝るオメガが愛しい。
裏切られるんじゃないかと思っていた筈なのに、いつの間にか、この子を安心させたいなんて考えていた自分にもびっくりしてしまう。
母のことは赦してない、赦せる筈もない、けれど、オメガとしての弱さ、それ故の心の弱さもわかってしまった。
姉達が庇う理由も。母は弱いひとだった、その通りだ。
だからといって、俺達を捨てたことは赦されない。
オメガにだってアルファにだって狡いところ汚いところはあって、でもそれはにんげん生きてれば皆そういうところがあって、一括りにだから嫌だというのも狡いのだろう。
実際にオメガに襲われたし、なんとも言えない気持ち悪さはあって、でも全員がそうじゃない。
今後もオメガに会うことはあるだろう、勿論凜がいる訳で、どうにかなることはないけど、それでも俺の彼等への見方は変わる、と思う。
番になったことで、凜は少しくらいは生きやすくなるとも思う、逆にアルファの俺はそう変わらない訳で、凜に心配を掛けたり不安にさせることもあるかもしれない。俺自身にその気はないのだけれど。
首から、番がいますなんて看板を下げとく訳にもいかないし。先に指輪で牽制するのもありかな。でもアルファは番はひとりしか作れない訳ではないから、また粉を掛けられるかもしれない、だからこそ籍を入れるのを早めたいのもある。
俺自身のオメガへの思いもあるけれど、それ以上に、これからは凜にそういう心配をさせないのが俺の役目だと思う。
優しくして甘やかしてすきだよ愛してるよって伝えて、凜の心が折れてしまわないように。
どうしたって立場の弱いオメガで、頼れるひともいなくて、こどもも産めなくて、凜の立ち位置で考えると、それは酷く不安定で、いつ壊れてしまってもおかしくない。
調子に乗れるくらい甘やかして、それで丁度いいくらいなのかもしれない。
「ん……れーじさ……」
「凜?起きた?」
名前を呼ばれたことにびっくりしたけれど、どうやら寝言のようだ。
頭を俺の胸元に擦り寄せて、すうすうと寝息を立てる凜に、これが欲しかった、と口元を緩ませてしまう。
これは俺が凜を安心させることの出来た証拠。
抱き着いて甘えて我儘を言って良いんだ、自分はちゃんと愛されてるんだと、そう思ってほしいから。
びくびくと顔色を伺うのではなく、のびのびと、こどもの頃の凜のように、自由に楽しく生きてほしいから。
その為に俺も出来ることから、少しずつ。
まずは残り数日、ヒートを乗り切って、それからもっと話をしよう、雑談も、だいじな話も、すきだよって、そういう想いも。悩みも尽きることはないけれど、一方的な喧嘩もするかもしれないけれど。
その為の逃げ道も、俺に反論出来る関係性も、君が甘えられるように、ちゃんと。
この懐かしくて愛おしい体温に包まれる為に、その為にまずは自分から抱き締めて、それから。
もう俺だけでも風呂に行く頭も体力もなくて、躰を綺麗にする為のお湯だのタオルだのの準備すら、なんならベッドから降りることも出来なくて、このまま瞳を閉じてしまいたかった。
もうこの古い服は捨てる、と思いながら二人の躰を簡単に拭って、またその服を床に投げる。同じく床に転がったままのいるかのぬいぐるみに当たって、あいつもまた洗濯コースだな、と思ってしまった。
明日、起きたらやる。起きたら。もう今は限界、まじで。
今なら良い夢も見れそうだ、満足感と幸福感に満たされている、そして隣にはかわいい寝顔の凜。この状態で悪い夢を見る筈もない。
凜のまだほんのり紅い頬を撫でる。ほんの少し開いた唇がこどものようでかわいい。
このシーツも明日洗おう、その元気があれば。
「おやすみ」
聞こえる筈もないが、つい口に出してしまう。
目にかかりそうな前髪を少し避けると、んん、と少し唸った凜がこちらに近付いてくるものだから、思わず抱き締めた。
あったかい。
最近はもう夜は冷えるからなあ。
しっかりと肩口まで布団を掛けて、目の前にあるかわいらしいおでこに唇を落とす。
そっと首筋に手を這わすと、まだ汗が完全には引いてないのかしっとりとしていた。そのまま指先を進めると、噛み痕を確認出来る。
寝てしまった凜を引っくり返してまで視認は出来ないけれど、確実に噛み痕だ。じわじわとまた、ああ、番になったんだなあと実感が湧いてくる。
これからどうしようか、籍を入れるのはまだ早い?養えるように、俺が卒業してから?でも早い方が凜は安心するかな。
番だからって籍を入れる気になるのも早い?姉と結芽はまだ、だよなあ確か。でもやっぱり凜のことを考えたら……
凜の親戚もいないようなものだし、式は挙げなくてもいい。
でもそれを言い訳に新婚旅行、なんてどっかに旅行に行くのもいいかもしれない。凜が行ったことない場所や思い出の場所、色んなところに連れていきたい、きらきらと瞳を輝かせる凜が見たい。
でもお土産でぬいぐるみを買うのはもうないかな、かわいいけれど、凜を取られるのはいるかだけで十分だ。
親父と姉と兄と……勿論琉と咲人にも報告して、それから……
ああ、誕生日に首輪はもういいかなあ、噛み痕を隠すひともいるみたいだけど、俺は別に……凜が嫌なら考えるけど、俺のものだとも知ってもらいたいし……
そんなことを考える自分に笑ってしまった。
つい最近まであんなにオメガを毛嫌いしていたのに、この、目の前で安心しきったようなかおで寝るオメガが愛しい。
裏切られるんじゃないかと思っていた筈なのに、いつの間にか、この子を安心させたいなんて考えていた自分にもびっくりしてしまう。
母のことは赦してない、赦せる筈もない、けれど、オメガとしての弱さ、それ故の心の弱さもわかってしまった。
姉達が庇う理由も。母は弱いひとだった、その通りだ。
だからといって、俺達を捨てたことは赦されない。
オメガにだってアルファにだって狡いところ汚いところはあって、でもそれはにんげん生きてれば皆そういうところがあって、一括りにだから嫌だというのも狡いのだろう。
実際にオメガに襲われたし、なんとも言えない気持ち悪さはあって、でも全員がそうじゃない。
今後もオメガに会うことはあるだろう、勿論凜がいる訳で、どうにかなることはないけど、それでも俺の彼等への見方は変わる、と思う。
番になったことで、凜は少しくらいは生きやすくなるとも思う、逆にアルファの俺はそう変わらない訳で、凜に心配を掛けたり不安にさせることもあるかもしれない。俺自身にその気はないのだけれど。
首から、番がいますなんて看板を下げとく訳にもいかないし。先に指輪で牽制するのもありかな。でもアルファは番はひとりしか作れない訳ではないから、また粉を掛けられるかもしれない、だからこそ籍を入れるのを早めたいのもある。
俺自身のオメガへの思いもあるけれど、それ以上に、これからは凜にそういう心配をさせないのが俺の役目だと思う。
優しくして甘やかしてすきだよ愛してるよって伝えて、凜の心が折れてしまわないように。
どうしたって立場の弱いオメガで、頼れるひともいなくて、こどもも産めなくて、凜の立ち位置で考えると、それは酷く不安定で、いつ壊れてしまってもおかしくない。
調子に乗れるくらい甘やかして、それで丁度いいくらいなのかもしれない。
「ん……れーじさ……」
「凜?起きた?」
名前を呼ばれたことにびっくりしたけれど、どうやら寝言のようだ。
頭を俺の胸元に擦り寄せて、すうすうと寝息を立てる凜に、これが欲しかった、と口元を緩ませてしまう。
これは俺が凜を安心させることの出来た証拠。
抱き着いて甘えて我儘を言って良いんだ、自分はちゃんと愛されてるんだと、そう思ってほしいから。
びくびくと顔色を伺うのではなく、のびのびと、こどもの頃の凜のように、自由に楽しく生きてほしいから。
その為に俺も出来ることから、少しずつ。
まずは残り数日、ヒートを乗り切って、それからもっと話をしよう、雑談も、だいじな話も、すきだよって、そういう想いも。悩みも尽きることはないけれど、一方的な喧嘩もするかもしれないけれど。
その為の逃げ道も、俺に反論出来る関係性も、君が甘えられるように、ちゃんと。
この懐かしくて愛おしい体温に包まれる為に、その為にまずは自分から抱き締めて、それから。
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