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まだ俯いたままの凜の手を取って、ぎゅっと強く握る。
指先がぴくりと反応して、凜、と名前を呼ぶとやっと視線を合わせてくれた。
きらいになんないよ、と出来るだけ優しく言う。それは下心とか含みとか、そういうのじゃなくて心から。
きらいだった、きらいになりたかったオメガなのに、そう出来なかった子だ、もうきらいになんかなりようがない。
じわ、と凜の手が熱くなる。汗をかいてきたのもわかる。
凜の頬も染まって、耳まで紅くなって、漸く絞り出した、ほんとに?という声は震えているのに期待が滲んでいた。
それがなんだか嬉しくて、凜が怯えてる訳じゃなくて、……不憫とも思うけど、試し行動のようなそれが愛おしい。
言葉が、行為が、少しずつでも溝を埋めていくことが出来たら、と思う。
恥ずかしいとか照れくさいとかあるけど、だから察しろよ、とは言えない、不安で不安で仕方ない子に。
琉はそれがわかってるから、あれだけ咲人に甘ったるいことを出来るのかもしれない。
本当だよ、きらいになんない。
だからまたそんな夢を見たら、すぐに俺に会いに来て欲しい。
「……玲司さんは?」
「?」
「あ、いえ、何も……」
そう遠慮をする凜に、いや、気になってしまうからちゃんと言え、と促す。
俺が?何だって?
「……ぼくも、知りたいって言ったら……いやかなあって」
「何を?」
「玲司さん、も、たまに……何か、ありますよね……?」
「どういう……」
離れそうな手を再度ぎゅうと握り締めて、覗き込むように訊く。
言いづらそうに、でも視線から指先から逃げられない凜が観念したように、たまに魘されてるから、こわい夢見てるのかなって、と漏らす。
……俺そんな夢見てるっけ。
ぽかんとしてしまう。そんな魘されてるようなつもりがなかった。
「その、たまに……部屋の前、通ると……声がするから気になって……でも部屋、入れないし、気にだけ、なってて」
「……結構魘されてる?」
「いえ……ぼくも何回か、しか……」
「何回かは魘されてるのか……何か言ってた?」
「……」
凜がうちに来て半年、早寝早起きの凜がたまに俺の部屋の前を通って魘されてるのに気付くのが数回。
ってことは、それなりに悪夢をみているようだ。
夢って起きてすぐに忘れることも多いらしいけど。確かに、何かいい夢だった気がする、悪い夢だった気がする、の曖昧なものも多い。でも魘される程かというと、そんなに?と思ってしまう。
「あの……こんなこと、訊いていいかわかんない、んですけど……でも、玲司さんのこと、ぼくも……知っておきたくて、玲司さんのことなら、なんでも……」
「……いいよ、そんなことで遠慮しないで」
これからずっと遠慮される方が嫌だ。
線を引かれたように、気になることも訊けず、ただ擦れ違っていくだけなんて。
別にアルファが偉い訳ではない、これ以上、引け目を感じさせたい訳ではない。
「……おかあさん、って」
「……」
恐る恐ると口にした凜が、やはりまずかっただろうかと窺う表情になる。
……全く覚えてない。そんな夢。防衛反応だったりするのかな。
驚いたのは、特にショックがなかったこと。
あんなに嫌悪感があったのに、夢に見る程まだ傷が残っているのに、それでも、ああ、そんなことかって思ってしまって。
凜にもいつか話さないといけないかなあとは思ってた。オメガが嫌いになった理由。格好悪いからと避けていただけ。
でも凜は、そんなことは気にしない、俺のことだから知りたいと言う。
「聞いてて楽しい話ではないと思うけど」
「……玲司さんが言いたくないなら、それで」
大丈夫だよ、と言うと、安堵したような息が漏れる。
話しておきたい、と思う。
でも話していいのかな、とも思う。
俺の話す内容は、彼を傷付けないか、と。
「夢の内容は正直覚えてなくて……でも母親の夢なら、きっとまあ、捨てられた話とか、嫌悪感なのかなって」
「捨てられた……?」
凜が覚えているのなら、うちの両親は仲の良い両親、というところだと思う。凜一家が家に来ていた頃の。
いらっしゃいと出迎えて、手作りの料理とお菓子を振る舞うような。
仲の良い両親、家族、それが捨てられたと言われると、よくわからなくて当然だと思う。
当時の俺にとっても突然だったのだから。
凜達が来なくなって、母が入院したこと、見舞いに行った先で聞いてしまった俺達への不満、愚痴、弱音、裏切り。
その翌日、他の男と逃げたこと、戻ってきた母へ感じた嫌悪、拒絶。
そこでなくなったオメガへの好意的な印象、それから中学での事件がとどめになって、オメガそのものが駄目になってしまったこと。
上手く言葉に出来たかはわからない、こんなこと、家族以外に話したことはなかった。
琉にでさえ、ぼんやりとしか話したことはない。
「琉と咲人に会って……ほんの少し、いや、咲人にだけ、オメガへの見方がかわって」
「……」
「俺、態度悪かったよね、ごめん」
「そんな……」
「……不安にばっかりさせてごめん、でも……会いに来てくれてありがとうって、今は」
「……れーじさん……」
凜のこと、思い出させてくれて。
オメガが悪い訳ではないと思い出させてくれて。
俺のこと、嫌いにならないでくれて。
ずっと信じてくれて、ありがとう。
凜が俺のことを諦めていたら、俺はずっと偏見のまま生きていたと思う。
指先がぴくりと反応して、凜、と名前を呼ぶとやっと視線を合わせてくれた。
きらいになんないよ、と出来るだけ優しく言う。それは下心とか含みとか、そういうのじゃなくて心から。
きらいだった、きらいになりたかったオメガなのに、そう出来なかった子だ、もうきらいになんかなりようがない。
じわ、と凜の手が熱くなる。汗をかいてきたのもわかる。
凜の頬も染まって、耳まで紅くなって、漸く絞り出した、ほんとに?という声は震えているのに期待が滲んでいた。
それがなんだか嬉しくて、凜が怯えてる訳じゃなくて、……不憫とも思うけど、試し行動のようなそれが愛おしい。
言葉が、行為が、少しずつでも溝を埋めていくことが出来たら、と思う。
恥ずかしいとか照れくさいとかあるけど、だから察しろよ、とは言えない、不安で不安で仕方ない子に。
琉はそれがわかってるから、あれだけ咲人に甘ったるいことを出来るのかもしれない。
本当だよ、きらいになんない。
だからまたそんな夢を見たら、すぐに俺に会いに来て欲しい。
「……玲司さんは?」
「?」
「あ、いえ、何も……」
そう遠慮をする凜に、いや、気になってしまうからちゃんと言え、と促す。
俺が?何だって?
「……ぼくも、知りたいって言ったら……いやかなあって」
「何を?」
「玲司さん、も、たまに……何か、ありますよね……?」
「どういう……」
離れそうな手を再度ぎゅうと握り締めて、覗き込むように訊く。
言いづらそうに、でも視線から指先から逃げられない凜が観念したように、たまに魘されてるから、こわい夢見てるのかなって、と漏らす。
……俺そんな夢見てるっけ。
ぽかんとしてしまう。そんな魘されてるようなつもりがなかった。
「その、たまに……部屋の前、通ると……声がするから気になって……でも部屋、入れないし、気にだけ、なってて」
「……結構魘されてる?」
「いえ……ぼくも何回か、しか……」
「何回かは魘されてるのか……何か言ってた?」
「……」
凜がうちに来て半年、早寝早起きの凜がたまに俺の部屋の前を通って魘されてるのに気付くのが数回。
ってことは、それなりに悪夢をみているようだ。
夢って起きてすぐに忘れることも多いらしいけど。確かに、何かいい夢だった気がする、悪い夢だった気がする、の曖昧なものも多い。でも魘される程かというと、そんなに?と思ってしまう。
「あの……こんなこと、訊いていいかわかんない、んですけど……でも、玲司さんのこと、ぼくも……知っておきたくて、玲司さんのことなら、なんでも……」
「……いいよ、そんなことで遠慮しないで」
これからずっと遠慮される方が嫌だ。
線を引かれたように、気になることも訊けず、ただ擦れ違っていくだけなんて。
別にアルファが偉い訳ではない、これ以上、引け目を感じさせたい訳ではない。
「……おかあさん、って」
「……」
恐る恐ると口にした凜が、やはりまずかっただろうかと窺う表情になる。
……全く覚えてない。そんな夢。防衛反応だったりするのかな。
驚いたのは、特にショックがなかったこと。
あんなに嫌悪感があったのに、夢に見る程まだ傷が残っているのに、それでも、ああ、そんなことかって思ってしまって。
凜にもいつか話さないといけないかなあとは思ってた。オメガが嫌いになった理由。格好悪いからと避けていただけ。
でも凜は、そんなことは気にしない、俺のことだから知りたいと言う。
「聞いてて楽しい話ではないと思うけど」
「……玲司さんが言いたくないなら、それで」
大丈夫だよ、と言うと、安堵したような息が漏れる。
話しておきたい、と思う。
でも話していいのかな、とも思う。
俺の話す内容は、彼を傷付けないか、と。
「夢の内容は正直覚えてなくて……でも母親の夢なら、きっとまあ、捨てられた話とか、嫌悪感なのかなって」
「捨てられた……?」
凜が覚えているのなら、うちの両親は仲の良い両親、というところだと思う。凜一家が家に来ていた頃の。
いらっしゃいと出迎えて、手作りの料理とお菓子を振る舞うような。
仲の良い両親、家族、それが捨てられたと言われると、よくわからなくて当然だと思う。
当時の俺にとっても突然だったのだから。
凜達が来なくなって、母が入院したこと、見舞いに行った先で聞いてしまった俺達への不満、愚痴、弱音、裏切り。
その翌日、他の男と逃げたこと、戻ってきた母へ感じた嫌悪、拒絶。
そこでなくなったオメガへの好意的な印象、それから中学での事件がとどめになって、オメガそのものが駄目になってしまったこと。
上手く言葉に出来たかはわからない、こんなこと、家族以外に話したことはなかった。
琉にでさえ、ぼんやりとしか話したことはない。
「琉と咲人に会って……ほんの少し、いや、咲人にだけ、オメガへの見方がかわって」
「……」
「俺、態度悪かったよね、ごめん」
「そんな……」
「……不安にばっかりさせてごめん、でも……会いに来てくれてありがとうって、今は」
「……れーじさん……」
凜のこと、思い出させてくれて。
オメガが悪い訳ではないと思い出させてくれて。
俺のこと、嫌いにならないでくれて。
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