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これだけ空いていれば道順なんて関係ないもので、凜に引かれるまま、水槽を行ったり来たり。
昼食を挟んで、何だかんだ思っていたより長居してしまったようだ。
水族館なんて俺はどうでもよくて、凜が喜べば、そう考えていたんだけど、まあ実際魚を見てどうってことはなく……想像以上に凜が喜んでくれたものだから、それが嬉しくて。そういう意味で堪能してしまった。
帰ろうか、としたところで通ったお土産コーナーでは店員が暇そうにぬいぐるみを並べ直している。
こんなとこでわざわざクッキーやチョコを買って帰る必要はない。誰かにお土産と買うような旅行者でもない。
ぬいぐるみなんてこどもくらいしか、そう思って、それでも手に取ってしまった。
これは、凜の分。小さな凜が我慢してきた分。
勿論そんなの、こんなぬいぐるみひとつじゃあ足りないんだけれど。
「あげる」
「えっ」
抱えるくらいのいるかのぬいぐるみは抱き枕にも良さそうだった。
ふわふわしたぬいぐるみに、姉の部屋にあったものを思い出してしまう。俺はぬいぐるみには興味なかったけど、手触りは割と……どのぬいぐるみが気持ちよくて、どのぬいぐるみが良くないなんて姉に文句言ってたなと、そんなことまで思い出してしまった。
「だ、だいじょうぶです、自分で買えます」
「もう買っちゃったし」
「お兄さんちへのお土産だと……」
「近場のお出掛けでわざわざお土産なんて買わないよ」
「ぼくも……ぼくもなにか」
「いいよ、凜がそれを貰ってくれたら」
「でも……」
「いつもありがと」
「……!」
そんなの、ぼくの仕事だから……ともぞもぞ言いながらもいるかに頬を寄せる仕草がかわいい。そういうのが見たいから買いたくなるんです、百点。
「嬉しくない?」
「うれ、嬉しいです!」
慌てて取り上げられないようにぎゅうと強く抱き締める。そんなことはしないんだけどな、と苦笑してしまう。
だいじにされていたひとり息子、きっとあの両親は色んなところに連れていったと同時に、色んなものを与えただろう。
きっと、こんなぬいぐるみも。
だけど凜の持ち物は鞄に収まる程度の少ない少ないもので、生活に必要ないものなんて、位牌と小さなアルバムだけ。アルバムだって、多分、もっとちゃんとしたものがあったんだと思う。それがあの小さなミニアルバムに収まる量しかとっておけなかったんじゃないかと思う。
凜の親戚の家での生活を詳しく聞くことが出来ない。中々に酷いものだったんだろうなと想像出来るから。思い出させて何になるんだと思うから。ついこの間まで自分も同じようなものだっただろうと思うから。
「だいじにします……」
「……うん」
まるで宝物のように扱う凜に、悪い気はしない。
ただの水族館のお土産のぬいぐるみ、それだけの、深い意味などなにもない、ただ手触りが良いだけの、それだけのもの。
でもそれをだいじにするという凜が愛おしい。
本人は困惑するのかもしれない、それでも色々と与えて、埋めて、包んで、出て行けなくなるよう、逃げ道なんかがないよう、鞄に収まらないくらいの、だいじなものを増やしてしまいたい。
「帰ろうか、暗くなっちゃう前に」
「はい!」
幸い、着いた時よりは雨は弱くなっていた。
とはいっても元は豪雨、今だって強い雨ではあるけれど。
慌ててまた車に乗り込み、凜にタオルを渡す。先にぬいぐるみを拭く姿に笑ってしまったけど、それよりも凜が濡れたままの方が困る。
タオルを取り上げて、濡れた腕を拭う。ぬいぐるみなんて後で洗えばいいし、そもそも凜より濡れてない。全くもう、馬鹿でかわいいんだから。
「そこまでだいじにしないでいいんだよ」
「え、やだ、だいじにします……」
「こういうのは幾らでも買ってあげる、買うことが出来る、だから自分を優先しな」
「……でも今日、玲司さんに貰えたのはこの子だから……」
「程々にしなってこと。ぬいぐるみは唯一じゃないけど、凜はひとりなんだから」
濡れた横髪を拭く。車に乗る時に濡れてしまったかな。
躰の薄さやヒート中の凜のせいかな、どうにも病弱そうなイメージがあって、濡れたままで放っておくのは気が引けた。
帰ったらすぐに風呂に入れて……でも凜は俺を優先するだろうな、いっそ一緒に……いやいや、何考えてんだ、こどもじゃないんだぞ、いやこどもじゃないからこそ、
「玲司さん?」
「あ、はい帰ります」
「?」
やばいやばいやばい、この煩悩はどうにかしないといけない。
思い出してしまう、あの時の凜を。そういう行為ではないのに。ただ治める為の行為だったのに。
「……家に何かあったっけ、食べて帰る?何か頼む?」
「鮭を冷凍してて」
「水族館の後に魚食べるんだ……」
「鯖も美味しそうでしたよね」
「……あーうん、凜がいいなら魚でいいや、じゃあ買い物は寄らないでいい?」
「雨だし……まだ強くなりそうだし……早く帰りましょう」
視界の端に、そう言いながらもぬいぐるみにかおを埋めるのが見えて、凜に見えないよう、口許を緩ませてしまった。
昼食を挟んで、何だかんだ思っていたより長居してしまったようだ。
水族館なんて俺はどうでもよくて、凜が喜べば、そう考えていたんだけど、まあ実際魚を見てどうってことはなく……想像以上に凜が喜んでくれたものだから、それが嬉しくて。そういう意味で堪能してしまった。
帰ろうか、としたところで通ったお土産コーナーでは店員が暇そうにぬいぐるみを並べ直している。
こんなとこでわざわざクッキーやチョコを買って帰る必要はない。誰かにお土産と買うような旅行者でもない。
ぬいぐるみなんてこどもくらいしか、そう思って、それでも手に取ってしまった。
これは、凜の分。小さな凜が我慢してきた分。
勿論そんなの、こんなぬいぐるみひとつじゃあ足りないんだけれど。
「あげる」
「えっ」
抱えるくらいのいるかのぬいぐるみは抱き枕にも良さそうだった。
ふわふわしたぬいぐるみに、姉の部屋にあったものを思い出してしまう。俺はぬいぐるみには興味なかったけど、手触りは割と……どのぬいぐるみが気持ちよくて、どのぬいぐるみが良くないなんて姉に文句言ってたなと、そんなことまで思い出してしまった。
「だ、だいじょうぶです、自分で買えます」
「もう買っちゃったし」
「お兄さんちへのお土産だと……」
「近場のお出掛けでわざわざお土産なんて買わないよ」
「ぼくも……ぼくもなにか」
「いいよ、凜がそれを貰ってくれたら」
「でも……」
「いつもありがと」
「……!」
そんなの、ぼくの仕事だから……ともぞもぞ言いながらもいるかに頬を寄せる仕草がかわいい。そういうのが見たいから買いたくなるんです、百点。
「嬉しくない?」
「うれ、嬉しいです!」
慌てて取り上げられないようにぎゅうと強く抱き締める。そんなことはしないんだけどな、と苦笑してしまう。
だいじにされていたひとり息子、きっとあの両親は色んなところに連れていったと同時に、色んなものを与えただろう。
きっと、こんなぬいぐるみも。
だけど凜の持ち物は鞄に収まる程度の少ない少ないもので、生活に必要ないものなんて、位牌と小さなアルバムだけ。アルバムだって、多分、もっとちゃんとしたものがあったんだと思う。それがあの小さなミニアルバムに収まる量しかとっておけなかったんじゃないかと思う。
凜の親戚の家での生活を詳しく聞くことが出来ない。中々に酷いものだったんだろうなと想像出来るから。思い出させて何になるんだと思うから。ついこの間まで自分も同じようなものだっただろうと思うから。
「だいじにします……」
「……うん」
まるで宝物のように扱う凜に、悪い気はしない。
ただの水族館のお土産のぬいぐるみ、それだけの、深い意味などなにもない、ただ手触りが良いだけの、それだけのもの。
でもそれをだいじにするという凜が愛おしい。
本人は困惑するのかもしれない、それでも色々と与えて、埋めて、包んで、出て行けなくなるよう、逃げ道なんかがないよう、鞄に収まらないくらいの、だいじなものを増やしてしまいたい。
「帰ろうか、暗くなっちゃう前に」
「はい!」
幸い、着いた時よりは雨は弱くなっていた。
とはいっても元は豪雨、今だって強い雨ではあるけれど。
慌ててまた車に乗り込み、凜にタオルを渡す。先にぬいぐるみを拭く姿に笑ってしまったけど、それよりも凜が濡れたままの方が困る。
タオルを取り上げて、濡れた腕を拭う。ぬいぐるみなんて後で洗えばいいし、そもそも凜より濡れてない。全くもう、馬鹿でかわいいんだから。
「そこまでだいじにしないでいいんだよ」
「え、やだ、だいじにします……」
「こういうのは幾らでも買ってあげる、買うことが出来る、だから自分を優先しな」
「……でも今日、玲司さんに貰えたのはこの子だから……」
「程々にしなってこと。ぬいぐるみは唯一じゃないけど、凜はひとりなんだから」
濡れた横髪を拭く。車に乗る時に濡れてしまったかな。
躰の薄さやヒート中の凜のせいかな、どうにも病弱そうなイメージがあって、濡れたままで放っておくのは気が引けた。
帰ったらすぐに風呂に入れて……でも凜は俺を優先するだろうな、いっそ一緒に……いやいや、何考えてんだ、こどもじゃないんだぞ、いやこどもじゃないからこそ、
「玲司さん?」
「あ、はい帰ります」
「?」
やばいやばいやばい、この煩悩はどうにかしないといけない。
思い出してしまう、あの時の凜を。そういう行為ではないのに。ただ治める為の行為だったのに。
「……家に何かあったっけ、食べて帰る?何か頼む?」
「鮭を冷凍してて」
「水族館の後に魚食べるんだ……」
「鯖も美味しそうでしたよね」
「……あーうん、凜がいいなら魚でいいや、じゃあ買い物は寄らないでいい?」
「雨だし……まだ強くなりそうだし……早く帰りましょう」
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