【完結】抱き締めてもらうにはどうしたら、

ちかこ

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 結芽もいる前だからか、姉は余計なことは言わない。ただ安心したわ、と笑顔で言うだけ。
 暫くして、アイスコーヒーを運んできた凜に、それは何?と声を掛ける。

「麦茶です……ぼくの……あの、コーヒー飲めなくて」
「それもうひとつ貰える?結芽も飲めないの、コーヒー」
「あっすみません、訊かなくて……!」
「いいのいいの、これは私が飲むし。もう外暑いんだもん」

 慌ててキッチンに戻る凜を見ながら、かわいい、と呟く姉に、結芽が軽く腕を叩くのが見えた。
 そっちこそ変わらず仲が良いようで。

「お待たせしました!」
「ありがとー」

 急いで戻ってきた凜から受け取ったグラスを結芽に渡し、大きくなったわねえ、と姉は瞳を細めた。

「覚えてる?私のこと」
「はい」
「前みたいに仁奈ちゃんって呼んでもいいのよ~、あっ、お姉ちゃんでもいいかな」
「えっ、や、あの、あの時はよく……何も考えてなくて」
「ふふ、相変わらずかわいいわねえ、大きくなったけど昔からそこは変わんないのね」

 機嫌良く話す姉に、あれ、と疑問が湧く。
 以前、凜と会ったのか訊いたら、会ったと返してきたじゃないか。
 ……最近という意味ではなく、こどもの頃にってことか、下らない騙し方しやがって。嘘ではないけど、変な騙し方だ。

「大丈夫?この子頭かったいでしょ?前と全然違うんじゃない?何かあったらお姉さんに連絡するのよ」

 これ私の番号ね、と名刺を渡す姉と俺を見比べて、凜はもごもご優しいです、と呟く。
 またこのパターンか。琉も姉もよく番以外にそんなに優しく出来るものだ。その番の前で。

「前……前とは確かに、違うんですけど、でも……でも、う、嬉しいこといっぱいあるし」
「嬉しいこといっぱいあるんだ?」
「ぼくのこと、気にかけてくれるし」
「へえ」
「今日も、病院と、あと、ケーキ買ってくれて」
「あらー、ケーキ買ってもらったの~、良かったわね~」

 完全にこども扱いだ。
 やっぱり姉も昔の凜のイメージが強いのだろうか。
 そのままかおを俺に向けて、ふふ、と笑う。……姉は末っ子の俺に甘い。それは前回、あんなことがあっても、まだ。

「仲良く出来てるならいいの。凜、宜しくね、玲司のこと。めんどくさい子でしょう?でもこんなんでも私のかわいい弟なのよ」
「……!」
「凜も弟みたいにかわいく思ってたの、あの頃は玲司に取られてばっかりだったけれど。でもほんとにかわいかったの、だから私のこともお姉さんだと思って相談とかしてね、ほら、この子は私の番の結芽っていうの、何かあったらこの子に相談してもいいから。ね、結芽」
「えっ、あっ、うん、いいけど……」

 急に話を振られた結芽が驚いたように返し、それから唇を尖らせた。
 仁奈さんのことロリコンって言いながら自分だってショタコンじゃないのよ、と呟いたのは多分凜には聞こえてない。俺にはばっちり聞こえたけど。
 反論しようにも、確かにその通りだったので黙っておくことにした。いやそっちと違ってこっちは番じゃなくて健全な関係ですけど。ていうか凜も結芽も合法ですけど。

「あの、夕飯どうされますか、良ければ買い物に……」
「あ、それはいいの、今日は結芽が食べたいって言ってたお店に行くのよ、ねえ」
「……それは別に今日じゃなくてもいいけど」
「あら拗ねたの」
「拗ねてないですう」
「見て、拗ねてる、かわいいでしょ私の結芽」
「仁奈さん!」
「姉の惚気とか聞きたくないんですけど」

 きゃっきゃと喜ぶ姉に聞こえるように溜息を吐くと、じゃあお暇しましょうかね、と立ち上がる。
 いや、本当にアイスコーヒー飲んだだけじゃないか、帰れとは思うけど早過ぎる、追い出したみたいじゃないか。

「本当に様子を見れたらいいなって思っただけだから大丈夫、ふたりが仲良さそうで良かった、今度は一緒に食事でもしましょうね」
「夕飯までまだ時間あるんじゃないの」
「あら引き留めるの?玲司はほんと私のことだいすきねえ」
「……」
「怒った」

 放っておけばやっぱり凜に情けない姿ばかり見せるはめになる。口の軽い姉にはさっさと出て行ってもらおう。
 玄関まで背中を押していくと、あんたがちゃんと優しい子で良かった、と言う。……どこが?そう思っていると、振り返った姉が笑った。

「多分まだ色々わかってないと思うけど……大丈夫よね」
「……何が?」
「ふふ、もっと悩めばいいのよ、若いんだからね」

 凜に手を振って、結芽の手を引いて玄関を潜る。また来るわね、と残して。

 一時間居たかどうか、それくらいのあっという間の時間だったのに、どっと疲れた。
 変なことを言わないか気になって。
 いや、姉がそんな余計なことを言わないとは信頼しているけれど。
 でもまだ、凜には言いたくないことだってある。
 ……母のことは出来れば話したくない。
 それはオメガの嫌なところの話でもあるし、俺の変なプライドでもある。
 愛されなかったアルファの話を出来る程、俺はまだあの話を笑い話には出来ない。

「大丈夫?」
「?だいじょうぶです」
「姉貴かわんないだろ、昔と」
「多分」
「多分?」
「……仁奈さんより、玲司さんと一緒の方が多かったから」

 へへ、と笑う凜は、昔と同じ笑顔だ。

 先日咲人にどう優しいか訊かれた時はそんな普通のこと、と突っ込まれる程しどろもどろだった凜が、ぎこちないとはいえすらすらと嬉しいことを姉に話したことに、俺はまた機嫌を良くしていた。
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