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 ◇◇◇

「えっ動物園」
「行きたい?」
「行ったことないです……!」
「えっ」

 夕食の生姜焼きをつつきながら、もしかしたら嫌なかおしたりするのかな、と思いつつ日中のことを話題に出してみた。
 幾つだと思ってるのかとぶすくれてもおかしくない。
 なのに凜は俺の妄想通り、というよりもそれ以上にきらきらした表情を見せた。
 うっかわいい、こどもみたいに喜ばれると罪悪感がぶり返してくるのと同時に、昔の俺が喜んでしまう。

「あ、や、行ったことはあるんですけど、その、小さい頃で……すごく小さい時だから、その時の記憶がなくて、話だけ、聞いたことがあって……」
「……ああ、凜の両親なら色々連れてってそうだな」

 あの小さなアルバムを思い出す。
 小さな凜を連れて撮った写真、枚数は少なかったけれど、あのしあわせそうな写真を見れば誰だって愛された子だというのが読み取れる。
 きっと連れて行けるところにはどこにでも連れて行ったんだろうな、と。

「いいんですか?」
「ん?なにが」
「ぼくを動物園に連れて行っても」
「?何か支障ある?」
「あまり面白くないんじゃないかと……」

 いやまあ俺は動物見たって別に楽しくはないよ、多分。でも嫌って訳でもなくて、行ったら行ったで自分だって久し振りだなって、それなりに見るものはあると思う。
 でもなんというか、もうそういう話じゃないんだよな、親が子を連れて行くのは、喜ぶ子が見たいからで、それに近い感覚というか。
 この子に色々な経験をさせてあげなくちゃ、と思ってしまう。
 同い年の子達からしたら知らないことが多過ぎて、しないでいい苦労や辛さを経験してきた。
 両親のかわりになろうなんて考えてはいない。だけど、それに近い感覚はある。

 中途半端にこどもの時を知っているからかな。
 凜の全部を知らない。うちにいる間の凜しか知らない。
 あの大人しくて良い子でかわいい凜も、借りてきた猫だっただけで、本当は家では暴れん坊だったかもしれない。泣いて我儘を言って親を困らせる子だったかもしれない。
 でもそんなことはもうわかりはしない訳で、俺の知ってる凜はあの頃うちに来ていた凜だ、あの子に喜んでもらえることをしたい。
 つまりは今の俺の頭はお兄さんモードなのだ。

 家出先に使おうとしてしまった姉にも一応丸く……丸くかどうかは微妙なところだが、収まったと連絡だけは入れておいた。
 仲良くやりなさいよ、今度は私達がそっちに遊びに行くわね、と返信が来たけど、正直来て欲しくない。
 番の出来た姉が凜を取るとは思ってないけれど、やっぱり未だに会わせるのは嫌だ。ずっと俺の部屋にしまっておきたい。
 ……そんな訳にはいかないけどさ。
 心配してくれてるのは事実だし、俺は姉の家に押しかけておいて、うちに来るのは駄目!は通りが通らない。
 ああ、でも嫌なものは嫌なんだよなあ。
 だって姉も凜をかわいがっていたし、凜だって嬉しそうだったし。
 ……まあいちばん安心出来るのは俺だって言ってたけど。それは忘れてないけど。

「別に嫌じゃないよ、俺だって久し振りだし」
「……楽しみにしてますね」

 昨日の今日だ、さっきのように、ぱっと思わず出たような笑顔を見せる時もあれば、今のように作ったような笑顔の時もある。悔しいと思うのはおかしい。
 だってそうしたのは俺だ。
 だから俺は、あの笑顔を取り戻す努力をしないといけないのだ。


 ◇◇◇

 明日ですか、そう戸惑うように凜が口を開く。
 夕食の片付けも終わり、自室に戻ろうとする凜の腕を引いて隣に座らせた。
 ソファの上にちょこんと座る凜が小さく見えて、肉をつける為に甘いものでも買ってくれば良かったと思った。
 凜のすきなケーキはなんだろう。生クリームたっぷり?チョコかなタルトかな、さっぱりしたチーズケーキとか?写真では生クリームをつけていたな、うん、苺ショートが定番かな。

「買い物くらいしか……あ、お客様ですか?」
「違う違う、予約取れたから病院行こっかって話」
「びょういん」
「明日三時くらい……凜?」

 表情を変えた凜にびっくりして軽く肩を揺すると、どこか悪いんですか?となんとまあ頼りない声。
 でもこれは勘違いしてるな、とすぐにわかった。

「俺が診てもらうんじゃなくて。凜の」
「ぼくの……?」
「そう、ちゃんと検査受けよっか」
「……?学校でしましたよ」
「そっちじゃなくて……いやそっちではあるけど、オメガを疑ってるんじゃなくて」

 それはもう疑いようもなくそうだと知ってしまった。
 元より疑ったこともないけれど。

「昨日話したでしょ、抑制剤。咲人にも聞いたけど、普通はカウンセリングや検査をして自分に合うものを処方してもらうんだって。市販のものもあるけど効きがやっぱり違うみたいだし副作用も」
「……でも市販のものの方が安いですよね?ぼくまだ保険証も」
「お金の話は気にしないでいい、なんも考えてなかった親父が悪い、それよか今は病院のこと」

 咲人が予約を取ってくれたのだ。
 明日空いてるって、と喜ぶ咲人に、幾らなんでも急だと伝えると、こういうことは早いに越したことはない、とまた力説された。
 まあそれはそうだけど……他人のヒートに引き摺られたり、アルファに当てられることもあると聞く。お守りとして持っておいて困ることはないと思うけど。
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