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「近くにいれるだけで、うれしい、玲司さんがまた近くにいてくれて、すきなものを知れて、ごはん、食べて貰えて、この家、玲司さんのにおいでいっぱいで、安心して、うれしくて、き、きら、きらわれるのがこわくて、どんどん、うれしかったのに、こわくなって、出ていきたくなくて、ずっとここにいたいのに、迷惑しか、かけてなくて、こわくて、れいじさんが、れいじさんにきらわれたら、もう……なのに、ぼく、きらわれることしかできない……」
ぐすぐすと泣く凜がまたこどもに返っていく。
腕の中にいて、それでも、俺に手を伸ばさない。口にしていることは俺への想いなのに。自分で自分をぎゅう、と抱き締めたまま。
「お願いです、きらわれたくないです、どう、したらいいですか……」
「凜」
「運命の番なんていいから、番なんていらないから、れいじさんの傍が……れいじさんの近くにいれたら、す、少しでいいから、昔みたいに、やさ、はな、話、できたら……それで、」
「優しくされたいんじゃなかったの」
「……それは、我儘になる、かなって」
「お願い、叶えてあげるって言ってるのに」
まだ遠慮する凜に、出来るだけ優しく、そう聞こえるように祈りながら声を出す。
躊躇って躊躇って、それからやっと絞り出すように凜が呟く。
「……やさしくしてほしいです……」
「……うん」
少し離れて、凜のかおを覗き込んだ。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。それでもこのかおを見たかった、俺のことで不安になって、俺を求めてるかお。
甘いにおいがする。それにぐっと耐える。
凜がひとりで耐えた性のにおいだ。俺が張った罠だ。俺だって耐えるべきだ。
「俺も、このまま、家にいて欲しいって思う」
「……はい」
「だからちゃんと話をしよう、もっと、あれからのことや、一緒に住むためのルール、お互いどうしてほしいか」
何がすきか、何がきらいか、何を持っていて何を持ってないか、したいこと、してほしくないこと、苦手なこと。
それから凜の部屋をもっと居心地よくして、そう、両親の簡単な仏壇くらい用意しよう、それから、それから、ああ、暑くなってきたし、夏服も用意して、どこかに連れ出そう。
「……う、」
手を伸ばして掴んだティッシュで凜の涙を拭って、鼻水も拭おうとして、そのまま凜に取られてしまった。
流石に鼻をかませてはくれなかった。まあ、うん、そんな歳ではないから。
「あ、ありがとう、ございます……」
「ん」
世界がかわった気がした。
かわったのは俺と凜なのに。
姉の言う通り、凜は俺に悪いことなんかしてない。
咲人の言う通り、オメガと切り離してしまえば、凜はかわいい、とても。
琉の言う通り、話をしてみれば、俺も凜も、変な我慢や意地ばかりだった。
憎む対象は、悲しむ対象は、お互いじゃない。
単純なことから目を背けて、オメガだから、アルファだからとややこしくして。それはまた乗り越えないといけないことで。
でも今はそこには目を瞑る。またどうせ三ヶ月後には嫌でも悩むことになる。その性に嫌悪していても、じゃあ治しますねって病気ではないのだから。
またヒートは来るし、俺は自分がどうしたらいいか、正しい行動がまだわからない。
これも逃げなのかもしれない。それでも今は、この子の手を取らないと、後悔する。
親父のところにやってしまえば、他のひとのところにいってしまえば、もう奪いにいけない。
こわい、まだ、オメガはこわいし、凜が俺を置いていくのもこわい。
凜だって、あんな扱いをした俺のことを完全に信用なんてしてないだろう。
お互い目を瞑って、でも踏み出さないといけないから踏み出しただけ。
それでもだいじな一歩だ。
踏み出さなければ、進むことは出来ない。
立ち止まっていても、きっと後ろを向くことしかしていなかった。前を向かないといけないのに。
だから今日のところはこれで良かったのかもしれない。
俺達はまだ臆病で、一気に進むより、足元を見ながら少しずつ進んで行った方が、きっとどちらかを置いていくこともなく進めるんじゃないかな。
振り返って遅れた相手の手を掴む強さが俺にも凜にもまだない。
どちらかが崩れたら一緒に崩れてしまいそうだ。
だから、一歩進んではお互い確認する。
「取り敢えずなんだけどさ」
「……?」
「これから、夕食は一緒に食おうな」
一緒に住む為のルール。
凜がちゃんと食事を摂ってるのか確認しなきゃとか、もう少し肉を付けさせないととか、それから、話をする時間とか。
そういうのを増やしていこう、少しずつ、変更したり修正したりして、ふたりがしっくりするルールになるよう。
多分俺と凜とじゃ喧嘩にもなりはしないから。
「……はい」
真っ赤な目許で頷く凜が、あの約束をした時と重なった気がした。
ぐすぐすと泣く凜がまたこどもに返っていく。
腕の中にいて、それでも、俺に手を伸ばさない。口にしていることは俺への想いなのに。自分で自分をぎゅう、と抱き締めたまま。
「お願いです、きらわれたくないです、どう、したらいいですか……」
「凜」
「運命の番なんていいから、番なんていらないから、れいじさんの傍が……れいじさんの近くにいれたら、す、少しでいいから、昔みたいに、やさ、はな、話、できたら……それで、」
「優しくされたいんじゃなかったの」
「……それは、我儘になる、かなって」
「お願い、叶えてあげるって言ってるのに」
まだ遠慮する凜に、出来るだけ優しく、そう聞こえるように祈りながら声を出す。
躊躇って躊躇って、それからやっと絞り出すように凜が呟く。
「……やさしくしてほしいです……」
「……うん」
少し離れて、凜のかおを覗き込んだ。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。それでもこのかおを見たかった、俺のことで不安になって、俺を求めてるかお。
甘いにおいがする。それにぐっと耐える。
凜がひとりで耐えた性のにおいだ。俺が張った罠だ。俺だって耐えるべきだ。
「俺も、このまま、家にいて欲しいって思う」
「……はい」
「だからちゃんと話をしよう、もっと、あれからのことや、一緒に住むためのルール、お互いどうしてほしいか」
何がすきか、何がきらいか、何を持っていて何を持ってないか、したいこと、してほしくないこと、苦手なこと。
それから凜の部屋をもっと居心地よくして、そう、両親の簡単な仏壇くらい用意しよう、それから、それから、ああ、暑くなってきたし、夏服も用意して、どこかに連れ出そう。
「……う、」
手を伸ばして掴んだティッシュで凜の涙を拭って、鼻水も拭おうとして、そのまま凜に取られてしまった。
流石に鼻をかませてはくれなかった。まあ、うん、そんな歳ではないから。
「あ、ありがとう、ございます……」
「ん」
世界がかわった気がした。
かわったのは俺と凜なのに。
姉の言う通り、凜は俺に悪いことなんかしてない。
咲人の言う通り、オメガと切り離してしまえば、凜はかわいい、とても。
琉の言う通り、話をしてみれば、俺も凜も、変な我慢や意地ばかりだった。
憎む対象は、悲しむ対象は、お互いじゃない。
単純なことから目を背けて、オメガだから、アルファだからとややこしくして。それはまた乗り越えないといけないことで。
でも今はそこには目を瞑る。またどうせ三ヶ月後には嫌でも悩むことになる。その性に嫌悪していても、じゃあ治しますねって病気ではないのだから。
またヒートは来るし、俺は自分がどうしたらいいか、正しい行動がまだわからない。
これも逃げなのかもしれない。それでも今は、この子の手を取らないと、後悔する。
親父のところにやってしまえば、他のひとのところにいってしまえば、もう奪いにいけない。
こわい、まだ、オメガはこわいし、凜が俺を置いていくのもこわい。
凜だって、あんな扱いをした俺のことを完全に信用なんてしてないだろう。
お互い目を瞑って、でも踏み出さないといけないから踏み出しただけ。
それでもだいじな一歩だ。
踏み出さなければ、進むことは出来ない。
立ち止まっていても、きっと後ろを向くことしかしていなかった。前を向かないといけないのに。
だから今日のところはこれで良かったのかもしれない。
俺達はまだ臆病で、一気に進むより、足元を見ながら少しずつ進んで行った方が、きっとどちらかを置いていくこともなく進めるんじゃないかな。
振り返って遅れた相手の手を掴む強さが俺にも凜にもまだない。
どちらかが崩れたら一緒に崩れてしまいそうだ。
だから、一歩進んではお互い確認する。
「取り敢えずなんだけどさ」
「……?」
「これから、夕食は一緒に食おうな」
一緒に住む為のルール。
凜がちゃんと食事を摂ってるのか確認しなきゃとか、もう少し肉を付けさせないととか、それから、話をする時間とか。
そういうのを増やしていこう、少しずつ、変更したり修正したりして、ふたりがしっくりするルールになるよう。
多分俺と凜とじゃ喧嘩にもなりはしないから。
「……はい」
真っ赤な目許で頷く凜が、あの約束をした時と重なった気がした。
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