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「それはお願いじゃないよ」
迷惑を掛けたくない、がお願いになる訳がない。
お願いってのはそんなんじゃなくて、俺に何をしてほしいとか、何を望んでるのかとか、そういうことで。
「お、お願いです」
「お願いじゃなくて、凜のしたいことになってるじゃん、いや迷惑掛けたくないとかそんなんがしたいことってのもおかしいけど」
「違う、ちが、えっと、そうじゃなくて」
「……?」
「お、お願いなんです……」
「どういう?」
「……迷惑掛けて、これ以上、き、きらわれたく、ない……」
ごめんなさい、我儘でごめんなさい、とまた俯く凜に、これは我儘なんだろうか、とぼんやり考えてしまう。
我儘?そんなの、俺の方がずっと我儘だと思うんだけど。
かわいそうな凜に、まだ我慢して俺の傍にいればいいのにと思ってしまう方がずっと酷い我儘なのに。
「どこでも、いいです、紹介所でも、おじさんのとこでも、迷惑にならなければ……」
「……そんなのが凜のお願いなの?どっちがいいとか、家がいいとか、……どういうひとのところがいいとか」
「……」
「誰に嫌われたくないの?」
俯いたままの凜に問う。暫く待つと、潤んだ瞳が俺を見上げてくる。
また泣きそうなかおをして。よくまあそんなに堪えられるものだ、咲人なんて一瞬でぼろぼろ泣くくらいなのに。
「……俺に嫌われたくないの?」
「……」
「凜」
「……ごめんなさい」
「謝ってもわかんないよ」
優しい言い方がわからない。
大丈夫だよ、怒らないよ、凜の本音が聞きたいんだよって、そう言えばいいのかな、もっと、こどもに対するようにストレートに、そのまま。
……ずっとオメガから、凜から逃げてきたからわからない、この子にはなんて言ってあげたらいいんだろう。
これ以上傷つかないように、なんて言ってあげたら凜は心を開けるんだろう。
「凜」
もう一度名前を呼ぶ。
……あんまり名前、呼んでなかったな、昔は何度も呼んだのに。姉と張り合って何度も何度も。
名前を呼ぶと、ぱっと明るく笑う凜がかわいかった。おにいちゃん、と寄ってくる凜がかわいかった。
かわいくてかわいくて、うちの子になればいいのにって、もっとかわいがってあげるのにって。
手を繋いで、膝に乗せて、抱き締めて、かわいいなあって、頭を撫でてあげたのに。
ただただ、凜がかわいくて仕方なかったのに。
……思わず手を伸ばしてしまった。
触れた頭は思っていたより小さくて、頼りない。さらりとした髪が揺れて、その下の瞳がきらきらして見えた。
「……玲司さんにきらわれたら、がんばれない……」
ぼた、と何かが落ちた。
そのきらきらした瞳から。
三回目だ。三回目の涙。そりゃああれだけ潤んでいたら少し瞬きをしただけで零れるか。
その涙を拭ってあげることも出来ない、そんな資格はない。
「頑張らなくていいって言ってるのに」
「だって、がんばらなきゃ、がんばらなきゃ……ぼくはがんばらなきゃだめって」
「誰が言ったの」
「だれにきらわれても、玲司さんにきらわれるのはいやだ……」
「凜」
「だから、がんばるから、迷惑、かけないようにするから、……勝手に約束、考えてるだけだから、守ってもらおうなんて、思わないから……」
運命の番なんて、赤い糸みたいな御伽噺だ。
一目惚れのようなものを綺麗な言葉にしただけ。それを批判する気はないけれど。
俺達なんて、こどもが勝手にそう口にしただけ。明日遊ぼうね、くらいの、何の力もないただの戯言。落ち込んだ凜を慰めただけの薄い言葉。
「ぼくなんかが玲司さんの番になれないのはちゃんと、わかってます、だから、ただ、ちゃんと、思い出にするから、き、きらわれる前に、出て、行くから、だから、その、」
迷惑を掛けたくない、嫌われたくない、そう同じ内容をずっと繰り返す凜に、ついさっきまで琉と咲人と話していたことを思い出す。
オメガじゃなくて、凜として、ひとりのにんげんとして話をしろと言う咲人。
心が読める訳じゃないんだから、お互い我慢してないでちゃんと話をしろと言った琉。
オメガじゃなければ、凜を拒否する必要はない。かわいい弟分だ。
凜に我慢をするなと言っても易々と本音を話す子ではない、だから、俺が、我慢をしないのが、本音を出すのがいちばんなんだろうけれど。
……どの口が言う?散々追い詰めてきて、今更。余計に混乱しない?
オメガは嫌いだけど、オメガじゃなければ凜はかわいいよって?
でも凜はオメガなのに。ヒート中の凜も見てしまったのに。
俺だってよくわかってない、昨日からの情報が多くて、目の前の子を嫌いになれない。オメガとして嫌悪感はあるのに、かわいいと思ってしまう。かわいい。そう、かわいいのだ。
昔の凜を思い出してしまう、どうしたって消えない。
オメガじゃなければ、抱き締めて、うちにいていいよって、悩まなくていいよって、優しくするよって、言えたのに。
でもやっぱりオメガだから、あのひとと同じで裏切るかもしれないから。
あの女子のように誰かに乗っかって、あの母のように誰かに甘えて。
運命の番なんて言って、もっといいひとがいれば、俺が嫌になれば、出ていってしまうから。オメガは狡いから。だから凜だって、きっとそうなる。
オメガじゃない凜を見てあげたいのに、アルファの俺がそう出来ない。
こわい、オメガを信じるのが、凜を信じて、また、捨てられるのがこわい。
俺だって、君に嫌われてしまうのが、こわい。
迷惑を掛けたくない、がお願いになる訳がない。
お願いってのはそんなんじゃなくて、俺に何をしてほしいとか、何を望んでるのかとか、そういうことで。
「お、お願いです」
「お願いじゃなくて、凜のしたいことになってるじゃん、いや迷惑掛けたくないとかそんなんがしたいことってのもおかしいけど」
「違う、ちが、えっと、そうじゃなくて」
「……?」
「お、お願いなんです……」
「どういう?」
「……迷惑掛けて、これ以上、き、きらわれたく、ない……」
ごめんなさい、我儘でごめんなさい、とまた俯く凜に、これは我儘なんだろうか、とぼんやり考えてしまう。
我儘?そんなの、俺の方がずっと我儘だと思うんだけど。
かわいそうな凜に、まだ我慢して俺の傍にいればいいのにと思ってしまう方がずっと酷い我儘なのに。
「どこでも、いいです、紹介所でも、おじさんのとこでも、迷惑にならなければ……」
「……そんなのが凜のお願いなの?どっちがいいとか、家がいいとか、……どういうひとのところがいいとか」
「……」
「誰に嫌われたくないの?」
俯いたままの凜に問う。暫く待つと、潤んだ瞳が俺を見上げてくる。
また泣きそうなかおをして。よくまあそんなに堪えられるものだ、咲人なんて一瞬でぼろぼろ泣くくらいなのに。
「……俺に嫌われたくないの?」
「……」
「凜」
「……ごめんなさい」
「謝ってもわかんないよ」
優しい言い方がわからない。
大丈夫だよ、怒らないよ、凜の本音が聞きたいんだよって、そう言えばいいのかな、もっと、こどもに対するようにストレートに、そのまま。
……ずっとオメガから、凜から逃げてきたからわからない、この子にはなんて言ってあげたらいいんだろう。
これ以上傷つかないように、なんて言ってあげたら凜は心を開けるんだろう。
「凜」
もう一度名前を呼ぶ。
……あんまり名前、呼んでなかったな、昔は何度も呼んだのに。姉と張り合って何度も何度も。
名前を呼ぶと、ぱっと明るく笑う凜がかわいかった。おにいちゃん、と寄ってくる凜がかわいかった。
かわいくてかわいくて、うちの子になればいいのにって、もっとかわいがってあげるのにって。
手を繋いで、膝に乗せて、抱き締めて、かわいいなあって、頭を撫でてあげたのに。
ただただ、凜がかわいくて仕方なかったのに。
……思わず手を伸ばしてしまった。
触れた頭は思っていたより小さくて、頼りない。さらりとした髪が揺れて、その下の瞳がきらきらして見えた。
「……玲司さんにきらわれたら、がんばれない……」
ぼた、と何かが落ちた。
そのきらきらした瞳から。
三回目だ。三回目の涙。そりゃああれだけ潤んでいたら少し瞬きをしただけで零れるか。
その涙を拭ってあげることも出来ない、そんな資格はない。
「頑張らなくていいって言ってるのに」
「だって、がんばらなきゃ、がんばらなきゃ……ぼくはがんばらなきゃだめって」
「誰が言ったの」
「だれにきらわれても、玲司さんにきらわれるのはいやだ……」
「凜」
「だから、がんばるから、迷惑、かけないようにするから、……勝手に約束、考えてるだけだから、守ってもらおうなんて、思わないから……」
運命の番なんて、赤い糸みたいな御伽噺だ。
一目惚れのようなものを綺麗な言葉にしただけ。それを批判する気はないけれど。
俺達なんて、こどもが勝手にそう口にしただけ。明日遊ぼうね、くらいの、何の力もないただの戯言。落ち込んだ凜を慰めただけの薄い言葉。
「ぼくなんかが玲司さんの番になれないのはちゃんと、わかってます、だから、ただ、ちゃんと、思い出にするから、き、きらわれる前に、出て、行くから、だから、その、」
迷惑を掛けたくない、嫌われたくない、そう同じ内容をずっと繰り返す凜に、ついさっきまで琉と咲人と話していたことを思い出す。
オメガじゃなくて、凜として、ひとりのにんげんとして話をしろと言う咲人。
心が読める訳じゃないんだから、お互い我慢してないでちゃんと話をしろと言った琉。
オメガじゃなければ、凜を拒否する必要はない。かわいい弟分だ。
凜に我慢をするなと言っても易々と本音を話す子ではない、だから、俺が、我慢をしないのが、本音を出すのがいちばんなんだろうけれど。
……どの口が言う?散々追い詰めてきて、今更。余計に混乱しない?
オメガは嫌いだけど、オメガじゃなければ凜はかわいいよって?
でも凜はオメガなのに。ヒート中の凜も見てしまったのに。
俺だってよくわかってない、昨日からの情報が多くて、目の前の子を嫌いになれない。オメガとして嫌悪感はあるのに、かわいいと思ってしまう。かわいい。そう、かわいいのだ。
昔の凜を思い出してしまう、どうしたって消えない。
オメガじゃなければ、抱き締めて、うちにいていいよって、悩まなくていいよって、優しくするよって、言えたのに。
でもやっぱりオメガだから、あのひとと同じで裏切るかもしれないから。
あの女子のように誰かに乗っかって、あの母のように誰かに甘えて。
運命の番なんて言って、もっといいひとがいれば、俺が嫌になれば、出ていってしまうから。オメガは狡いから。だから凜だって、きっとそうなる。
オメガじゃない凜を見てあげたいのに、アルファの俺がそう出来ない。
こわい、オメガを信じるのが、凜を信じて、また、捨てられるのがこわい。
俺だって、君に嫌われてしまうのが、こわい。
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