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私のかわいい玲司、さみしくさせてごめんね、こわい夢は見なかった?良い子にしていた?今日はお母さんと一緒に寝ようか、
戻ってきた母はそう笑って俺を抱き締めた。
ほっそりとした腕が柔らかく優しく包んで撫でる。
吐き気を催す程気持ちが悪いと思った。なんだこの生き物は。
父より俺より俺達より、他の男を選んだくせに。
なんでもないように戻ってきて、俺達を捨てたくせに、そんな心配したようなかおをして、俺の為みたいなことを言って、俺はお母さんの味方だったのに、お母さんは俺のことをそう思ってなくて、アルファだからって、……アルファだからってなんであんな酷いことを言われないといけないの、汚い、汚い、汚い、やっぱりオメガは汚いんじゃないか、そんなに嫌なら勝手に生きろよ、触るな、汚い、狡い、触るな、戻ってくるな、触るな触るな触るな触るな触るな触るんじゃない!
ふわりと回されてた腕は簡単に剥がすことが出来た。
止める姉の声を振り切って自室に籠る。
気持ち悪い、気持ち悪い、お母さんは、オメガは狡い、きもちわるい、俺は知ってるのに。俺達と一緒にいると死にたくなると言っていたのに。なのになんでもないようにあんなこと言えるのか。強い者に媚びて、逃げて、また戻ってきて媚びるのか。俺達まで、その道具なのか。
トイレまで間に合うことなく、部屋で吐いた。
鍵を掛けた扉の外、姉が泣きながら開けて、と叩く音を聞きながら、死にたいなら死ねばいいのに、とぼんやり思っていた。
その夜、うちから母は消えた。また誰かと逃げた訳ではない。入院したのだ。
もう俺はお見舞いなんて行けなくて……いや、行く気もないし、どうせまた他の楽な方に行くんだ、俺達を置いて。そうとしか考えられなかった。
そして中学に上がって、俺が事件を起こして転校した頃、母は亡くなった。
元々弱かったという精神が病んだのか、薬を飲まなくなり、持病が悪化した。
詳しくは聞いていない。その頃の俺は母の話を聞くだけで吐くようになっていたから。
父も家から逃げるように仕事ばかりになったし、兄は大学で家を出てから以降戻ってくることはなかった。
だから中学からは殆ど姉が俺を育ててくれたようなもの。
ある程度自分で出来たけれど、甘やかされて育ってきた末っ子が急にひとりでどうにか出来る精神ではなくて、姉には迷惑を掛けた。
高校に上がって、琉達に会って、少し明るくなって、でも母のことも、あの傷付けた女子のことも、オメガも、忘れることは出来なくて、俺は立派なオメガ嫌いに成長してしまった。
昔はオメガに好意的だったというのに、そうした母が、俺をこうした。
それを、父と姉はわかっていた筈なのに。
◇◇◇
「あ……起こしてしまってごめんなさい……」
「……?」
薄暗い部屋の中で、何かを手にした凜が小さく謝る。持っているのは膝掛けだろうか。
こんな状態で寝てしまうなんて、俺も昨夜あんまり寝られなかったとはいえ格好悪い。
凜も起こせばよかったのに、いや、この子は起こさないか。
色んな意味で。
癖になりつつあった溜息をまた噛み殺して、電気つけようかと言うと、慌てたように凜が電気のリモコンを探し、点灯した。
……数時間寝たくらいでは隈は薄くならないか、と照らされた凜を見て思う。
こうやってまじまじと見れば、あの頃の面影だってあるのに。
アルバムを見るまで気付かなかったなんて、本当に俺はちゃんと見ていなかったんだなあ。
「あ、あの」
「うん?」
「いえ……隈、消えなくてごめんなさい……」
俺がじっと見ているから、隈消せなかったのかよ、と思っていると思われたのかな。
確かに隈のことは考えていたけど、今朝の話は休ませる為の言い訳だ、そんな理不尽な理由で怒る必要はない。
……でもまあ、そんなこと凜には伝わらないか。
今までの俺の行いが行いだった訳だし。
「いいよ、ゆっくり寝れた?」
俺は馬鹿か、あんなソファで足を抱えて寝ていたのを見たのに。ゆっくり寝れた訳ないだろう。
凜は頷くだろうことは想像だって出来るだろうに。
「お茶か何か、えっと、用意」
別に要らない、とは思ったけれど、少し間をあけてあげた方がいいのかなと思い直してお願いした。
少しして出されたコーヒーは俺ひとり分で、ううん、こういう意味じゃないんだけど。
凜の分も用意するように言うと、戸惑うように一瞬たじろいだ。
……違う、嫌味でコーヒーを飲めと言ってるんじゃない。
「コーヒー苦手なんだろ?」
「えっ」
「紅茶でも砂糖ミルク入りでもジュースでも好きなの飲みな、あるでしょ」
「だ、大丈夫です」
「俺ひとり飲むのもおかしいだろ」
「はい……」
やっと頷いた凜が手にしていたのは麦茶だった。
麦茶って。いやいいんだけど。すきなのか手軽に済ましたのか。
いれ直せとも言えず、向かいに座った凜に、俺も座り直してコーヒーを啜った。
真似るように凜も一口麦茶を飲み、ゆっくり音を立てないようグラスを置く。
やっぱり指先は震えているのだけれど、その顔はもう覚悟を決めた顔で、ああ、本当に王子様ならそんな顔させることはないのに、そう思ってしまう。
戻ってきた母はそう笑って俺を抱き締めた。
ほっそりとした腕が柔らかく優しく包んで撫でる。
吐き気を催す程気持ちが悪いと思った。なんだこの生き物は。
父より俺より俺達より、他の男を選んだくせに。
なんでもないように戻ってきて、俺達を捨てたくせに、そんな心配したようなかおをして、俺の為みたいなことを言って、俺はお母さんの味方だったのに、お母さんは俺のことをそう思ってなくて、アルファだからって、……アルファだからってなんであんな酷いことを言われないといけないの、汚い、汚い、汚い、やっぱりオメガは汚いんじゃないか、そんなに嫌なら勝手に生きろよ、触るな、汚い、狡い、触るな、戻ってくるな、触るな触るな触るな触るな触るな触るんじゃない!
ふわりと回されてた腕は簡単に剥がすことが出来た。
止める姉の声を振り切って自室に籠る。
気持ち悪い、気持ち悪い、お母さんは、オメガは狡い、きもちわるい、俺は知ってるのに。俺達と一緒にいると死にたくなると言っていたのに。なのになんでもないようにあんなこと言えるのか。強い者に媚びて、逃げて、また戻ってきて媚びるのか。俺達まで、その道具なのか。
トイレまで間に合うことなく、部屋で吐いた。
鍵を掛けた扉の外、姉が泣きながら開けて、と叩く音を聞きながら、死にたいなら死ねばいいのに、とぼんやり思っていた。
その夜、うちから母は消えた。また誰かと逃げた訳ではない。入院したのだ。
もう俺はお見舞いなんて行けなくて……いや、行く気もないし、どうせまた他の楽な方に行くんだ、俺達を置いて。そうとしか考えられなかった。
そして中学に上がって、俺が事件を起こして転校した頃、母は亡くなった。
元々弱かったという精神が病んだのか、薬を飲まなくなり、持病が悪化した。
詳しくは聞いていない。その頃の俺は母の話を聞くだけで吐くようになっていたから。
父も家から逃げるように仕事ばかりになったし、兄は大学で家を出てから以降戻ってくることはなかった。
だから中学からは殆ど姉が俺を育ててくれたようなもの。
ある程度自分で出来たけれど、甘やかされて育ってきた末っ子が急にひとりでどうにか出来る精神ではなくて、姉には迷惑を掛けた。
高校に上がって、琉達に会って、少し明るくなって、でも母のことも、あの傷付けた女子のことも、オメガも、忘れることは出来なくて、俺は立派なオメガ嫌いに成長してしまった。
昔はオメガに好意的だったというのに、そうした母が、俺をこうした。
それを、父と姉はわかっていた筈なのに。
◇◇◇
「あ……起こしてしまってごめんなさい……」
「……?」
薄暗い部屋の中で、何かを手にした凜が小さく謝る。持っているのは膝掛けだろうか。
こんな状態で寝てしまうなんて、俺も昨夜あんまり寝られなかったとはいえ格好悪い。
凜も起こせばよかったのに、いや、この子は起こさないか。
色んな意味で。
癖になりつつあった溜息をまた噛み殺して、電気つけようかと言うと、慌てたように凜が電気のリモコンを探し、点灯した。
……数時間寝たくらいでは隈は薄くならないか、と照らされた凜を見て思う。
こうやってまじまじと見れば、あの頃の面影だってあるのに。
アルバムを見るまで気付かなかったなんて、本当に俺はちゃんと見ていなかったんだなあ。
「あ、あの」
「うん?」
「いえ……隈、消えなくてごめんなさい……」
俺がじっと見ているから、隈消せなかったのかよ、と思っていると思われたのかな。
確かに隈のことは考えていたけど、今朝の話は休ませる為の言い訳だ、そんな理不尽な理由で怒る必要はない。
……でもまあ、そんなこと凜には伝わらないか。
今までの俺の行いが行いだった訳だし。
「いいよ、ゆっくり寝れた?」
俺は馬鹿か、あんなソファで足を抱えて寝ていたのを見たのに。ゆっくり寝れた訳ないだろう。
凜は頷くだろうことは想像だって出来るだろうに。
「お茶か何か、えっと、用意」
別に要らない、とは思ったけれど、少し間をあけてあげた方がいいのかなと思い直してお願いした。
少しして出されたコーヒーは俺ひとり分で、ううん、こういう意味じゃないんだけど。
凜の分も用意するように言うと、戸惑うように一瞬たじろいだ。
……違う、嫌味でコーヒーを飲めと言ってるんじゃない。
「コーヒー苦手なんだろ?」
「えっ」
「紅茶でも砂糖ミルク入りでもジュースでも好きなの飲みな、あるでしょ」
「だ、大丈夫です」
「俺ひとり飲むのもおかしいだろ」
「はい……」
やっと頷いた凜が手にしていたのは麦茶だった。
麦茶って。いやいいんだけど。すきなのか手軽に済ましたのか。
いれ直せとも言えず、向かいに座った凜に、俺も座り直してコーヒーを啜った。
真似るように凜も一口麦茶を飲み、ゆっくり音を立てないようグラスを置く。
やっぱり指先は震えているのだけれど、その顔はもう覚悟を決めた顔で、ああ、本当に王子様ならそんな顔させることはないのに、そう思ってしまう。
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