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「玲司は琉のともだちだけど、おれともそうだと思ってた、仲良く出来てると思ってた、おれも面倒なオメガなの?本当はどっかいけって、琉から離れろって、鬱陶しいって思ってる?」
「……いや、俺だって、咲人のことは、そう……」
「凜ちゃんだって一緒だよ」

 まずはそういうのじゃなくて、凜ちゃんとして見てよ、そう真っ直ぐ、潤んだ瞳で、懇願するように呟く。
 やっぱり咲人は強い。
 俺よりずっと、周りのことを考えられる。そこに性別なんて関係ない、咲人が純粋で、強い優しいひとだというだけ。

「勝手なこと言ってるのわかってる、おれは何もしてあげられないし、琉が取られるのもやだ、やだ、すっごいやだ、凜ちゃんにあげることなんて出来ない、なのに横から口だけ挟むのはずるいって、勝手だって、口だけならなんとでも言えるしって」
「……」
「わかってるのに……ごめん、でも、言う、だって、だっておれ、玲司のこと、ともだちだと思ってるし」
「咲人……」
「……玲司だって、気にしてるんでしょ」
「気にして……?」
「早く帰ってあげて、話、ちゃんとして……ほしいんだけど、でも、でも……玲司のことだって、考えたいけど、ごめん、やっぱりおれ、どうしても、凜ちゃんのことが、」
「ん、わかったから」

 俺も咲人もきっとふたりとも頭が回ってない。
 でも言いたいことはふんわりとでもわかる。話をしないといけない。その先がどうなるかはわからないけれど。

「凜ちゃんは我儘を言わない子だけど、玲司は話をしなさすぎかな」
「……」
「心が読める訳じゃないんだからさ、ちゃんとお互い話をしなきゃ、どっちも我慢ばっかりしてるからおかしくなるんだよ」

 話をすれば案外上手くいくんだからちゃんと話しておいで、なんて兄のようなことを言いながら、琉が手を振る。腰を抱かれた咲人はまだ項垂れたままだった。
 わかっていたけどもう逃げることは出来ない。
 今日話そうと伝えたのは自分なのだから。


 ◇◇◇

 そんなやり取りをしてしまったものだから、午後の講義は飛ばして、結果的に早く帰ることになってしまった。
 凜は寝ているだろうか、言った通りにちゃんと。

 元よりそんなに乱暴ではないつもりだけど、出来るだけ静かに玄関を潜る。
 もし寝ていたらと思うと、あのこどものような寝顔を思い出すと邪魔したくなかった。
 そうだよなあ、あのアルバムの、小さな頃の凜と変わりのない寝顔だった。本当に、何で思い出せなかったんだろう。
 あのふくふくとした頬の幸福そうな子が、なかなか視線も合わせられないような、おどおどした暗い子に育つなんて思わなかったから。
 そうなるだけの理由があるし、俺だってその原因のひとつで、なんなら俺がトドメを刺した訳で。

 王子様なんて笑ってしまう。そんな柄じゃない。
 弱い者に優しくなくて、怪我させて傷付けて。嫌味で返すような男に。
 守ってくれる王子様、なんて、例えば咲人を守りきった琉のように、傍にいて助けてくれるひとがいたのかという意味だった。
 なのにあの子は、俺の存在を、俺が忘れていたような何気ない約束を、それだけで、それに縋って自分を守って生きてきたのだろうか。
 あの細く頼りなくて、いつも泣きそうなあのかおで、いつ折れてもおかしくないような弱りきった心で、ひとりで。

 これは同情だ。絆された訳ではない。
 かわいそうな子だなあ、と思っているだけ。

 床が鳴る。そっと歩いても、音を殺すことは出来ない、でもまあそこまでは気にしてなかった。これくらいなら凜の部屋までは響かない。
 そう思ったのに、凜は自室ではなく、リビングのソファで小さくなっていた。
 せめて横になって寝ればいいのに、膝を立てて、そこに頭を埋めるように寝ている。一瞬起きているのかと思ってしまったくらい。
 なんでこんなところで?ベッドの方がよく眠れるだろうに。

 梅雨時期で、もう大分暑くなってきたけれど、こういう時は膝掛けくらい掛けてあげるものだろうか、と視線を横に動かして、ソファの横に置いてあった鞄に視線が止まる。
 凜のものだ。
 つい昨日のことを思い出した。
 小さな鞄に詰められた、古い財布、薄いアルバム、両親の位牌。
 きっとまた同じものが入っている。
 そうだ、俺が言った。親父のところに行くかと。そして凜は出て行くと言った。
 その話を詰める段階だとは考えず、もう今日から出て行くつもりだったのか。
 真面目で、律儀で、馬鹿な子だ。誰にも甘えず甘えられず生きてきたかわいそうな子。
 抱き締めるのは、あたたかい体温ではなく、あの古いアルバムしかない。

 ……かおが見えないな、あの幼い寝顔が。
 別に見えたからといって何かある訳ではない。
 ないけれど、見たかったな、とは思った。
 だって、かわいいと思った。
 あの強請るような小さな手が、甘えるように見上げる視線が、おにいちゃんと呼ぶ跳ねるような声が、置いていかれないように一生懸命着いてくる足が。
 何でこんな風に育ってしまったんだろうな、そんなこと考えたって、原因なんてお互いわかりきっているのに。
 凜は我慢が得意なんて言うような子になってしまったし、俺はこんなに捻くれてしまった。
 俺達ふたりとも、ベータだったのなら、久しぶりだね、元気だった、なんて穏やかに挨拶出来たのかな。
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