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 高校ですぐに琉と気があって、でも傍らには大体咲人がいて。
 最初はそんな咲人にも嫌悪感しかなかった。
 でも咲人はまだ番ではないのに琉しか見てなくて、そんな咲人に何だか安心した。
 一度、嫌がらせだと思う、ヒート間近の時に咲人の抑制剤が盗まれたことがあった。
 オメガの割に平和に生きてきたという咲人はそのショックからか、不安になってしまったのか、誰でもわかるくらいのフェロモンを出していたけど、それでも俺ではなく、その場に居ない琉を求める。
 焦って琉を探しに行こうとした俺を引き止めて、ひとりにされる方がこわい、とは言ったけど、それでも呼び出した琉が来るまで、俺に触れず、ずっと琉を呼ぶ咲人に、こんなに強いオメガもいるのか、と思った。
 暫くして琉が来て、予備として預かっていた抑制剤でどうにか少し抑え、無事にふたりして帰って行ったんだけど。
 それから咲人は俺にとっては唯一許せるオメガだった。
 高校を卒業して、番になってからは尚更。
 そして今まで、咲人程強いオメガを知らない。

 もしかしたら凜も強いのかな、でも俺のシャツを欲しがったし、すぐに引いたけど、でも、
 ……わからない、ちゃんと話をしていないから。
 年齢、ヒートの時期、両親がもういないこと、コーヒーが飲めないこと、それだけしか知らない。
 ヒート中はどうなるのか、両親には愛されていたのか、親戚宅ではどう過ごしていたのか、コーヒー以外に苦手なものはあるのか。
 何がすきで、得意で、楽しくて、嬉しいのか、どうしたら嫌で、きらいで、苦手なのか、何がこわくて、不安になるのか、何も、なんにも知らない。
 避けてきたから。
 二ヶ月間、俺の家に住んで俺の世話をして、俺の好みを訊いてきて、親父達から俺の話を聞いて、俺のことを知ろうとした凜のことを、俺は、何も。

 大学も休んで、ずっとホテルの部屋に閉じ籠っていた。
 どこかで遊ぶ気にもならなかった。外食すら。
 頼んだ食事をもそもそ食べて、ぼおっとして寝るだけ。
 姉と琉と咲人から連絡が来ていたのは知っている。でも知らない間にスマホの電池も切れていて、三日目になってやっと充電をする気になった。
 すぐに掛かってきた電話を思わず取ってしまい、耳元に運ぶ前に聞こえた大きな声に、しまった咲人だと気付いた。

『ねえどこいんの!』
「……うるせえ」
『凜ちゃんは!?ヒート中でしょ!?』
「だから俺が近くにいない方がいいだろ」
『だから家にいないってこと!?家に凜ちゃんひとりなの!?サイテーだよ、ねえ、ごはんは!?水は!?あるの!?』
「……自分で用意してたしあるだろ」

 電話口できいきい騒ぐ咲人に辟易して切ってやろうかと思ったところで、琉に代わったようだ。
 穏やかな、でもわかる、これは少しきれてる時の琉の口調だと。

『ヒート中に番じゃないから離れるってのはわかるけど』
「わかるなら放っておいてくれ」
『……咲人が凜ちゃんと連絡取れないっていうから家に行ったんだけど、誰も出なかった』
「そらヒート中に出る訳にはいかんでしょ」
『心配にはなるでしょ、玲司も出ないし、連絡つかないし、何かあったのかなって』
「……」
『玲司はオメガ避けてるから知らないだろうけど、ヒート中は大変なんだよ』
「……そう」
『咲人だって、俺が無理矢理食べさせなきゃ食事も摂らないし、水を飲むことすら』
「だから俺が面倒を見に行けって?」

 そういう訳じゃない、と言うけど、言外にそう言ってるじゃないか、じゃあ誰が様子見に行くんだよ、鍵を渡せば行ってくれんのか?行かないだろ?番がいなくてフェロモンの抑制が出来ないヒート中のオメガに近付く奴なんていないだろう?
 玄関に食料を入れた袋を掛けておいても納得しないだろう?
 だって食事を自分で摂らない奴が、玄関まで行く筈もないし。
 ……俺が家を出てから三日、それくらいで死ぬ訳じゃないだろうけど、食わなくたって、それくらいじゃ、
 でもヒート中で弱ってて、それにあんな華奢な子がひとりで、部屋で、ひとり、で……

 死なない、死にはしない、死なない、けど、……苦しかったりは、するのかな。
 いや苦しいだろう、そんなの、あの時の咲人だけで想像出来る。
 出来るのに、俺は凛を置いていった?
 でもあの時咲人が苦しかったのは抑制剤がなかったからで……そうだ、抑制剤があれば、いやでも、抑制剤を飲んだからといって普段通りの生活が送れる訳ではない、合う合わないもあると聞く。
 もし凜に合わないものだったら?効果が弱かったら?一週間、ずっと苦しいのだろうか。
 でもそこに俺が行って何になる?抱く気もないのに?
 何が出来る?料理洗濯掃除?そんなものが必要?
 番じゃないんだから、琉のように姉のように、相手を抱き締めて落ち着かせてあげるなんて出来ない。
 当てられてふたりして獣のようになるだけ。それだけは絶対にいやだ。

 様子を見てあげて、きっと凄く、辛いから、
 姉もそう言った。

 わかってる、
 そんなことくらい、ちゃんとわかってるんだ。わかってる、わかってるけど、俺だって辛くない訳じゃない。
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