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「り、ん、ちゃん、はっ、どっこ、かなー」
咲人は弾むような声で勝手にリビングに入り、手にしていたプレートをテーブルに置く。
俺の頭を痛くする奴が増えた。自由にしてる咲人がかわいいと思ってる琉はストッパーになりはしない。これだからバカップルは困る。他人が止めるより身内が止める方がいいだろうに。
普段は割ときりっとしているのに、咲人が関わると途端にでれでれに溶けてしまうのだ、この男は。
「いた!」
「えっ、あっ、あ……」
自由に動き回る咲人がキッチンで凜を見つけたようで、そっちの方から自己紹介をする声がする。
もう面倒だ、勝手にやってくれ、と呆れてソファに座ると、琉が俺もキッチン行っていいかと訊いてくる。
見上げると、これ作ってくる、と材料の入った袋を見せてきた。
どうぞ、と返したものの、ここでふんぞり返って待つことが出来ないのが俺の性格で、わざわざダイニングまで行って、でもキッチンの中までは入れず、椅子に腰掛けて彼等の話を黙って聞く。
当たり障りない自己紹介がまた始まり、軽くサラダとつまみを用意した凜がもう自室に引っこもうとするのを止めるふたりの声が聞こえる。主に咲人の声だったけれど。
「一緒にたこ焼こ!」
「あの、でも」
「今日はねえ、おれたち、凜ちゃんに会いに来たんだよー」
「え」
「玲司から聞いて、会いたいな~、って思ってたの、ね、一緒に食べよ、美味しいよ!」
「や、あの、ぼく」
「嫌?」
「えっ、いや、じゃあ……ない、です、けど……」
「じゃあ用意しよっか!」
咲人のマイペースさは凄いと思う。
あっという間に呑まれて、凜は自室に戻るタイミングを失った。
……別にいいよ、こうなるのはわかっていたし。
俺が聞いてるのをわかってるのにも関わらず、はっきりと凜に会いに来た、と咲人は言った。
強い奴だと思う。そういうところが強かだと思うし、良いところでもあると思う。
琉も混じって、ボール何処にある?包丁は?これを入れると美味しいんだよ、と和やかな声が聞こえる。
合間に混じる凜の相槌は、遠慮がちで、いつも通り消えそうな声で、でも俺の時より柔らかい。
……やっぱり琉のような奴に引き取ってもらった方がいいんじゃないかな。
俺の傍にさえいなければそれでいいんだ、咲人みたいに笑えるならそれがオメガにとってはしあわせなんだろう。
きっと、あの子にも相応しい場所があると思うんだけれど。
「玲司ー、プレート!あっためといて!」
「……ああ、うん」
咲人に言われて腰を上げる。
電源を入れて、ぼおっとプレートを見ていた。
……俺、何してんのかな。何がしたいのかな。
オメガが嫌いで、近寄られるのが嫌で、凜に出て行って貰いたくて、その癖同情なんかしちゃって。
駄目だ、どうにかしなくちゃ、どうにか弱味を握って、どうにか、どうにか、早く。
そうでもしないと、俺が、どうにかなってしまう。
「冷蔵庫のお酒持ってきていいやつ?」
「えっ、ああ、そう……うん」
咲人の明るい声にはっとして、相槌を打つ。
すぐ後ろにボールを抱えた凜が立っていた。
視線が合って、気まずそうに俯く。その様子に胸が騒ついた。
「よーし、待ってろ、美味しいの焼くからな!琉が!」
「……咲人じゃなくて?」
「琉のが美味い!」
「咲人はせっかちだからねー、生焼けになっちゃうか我慢してかっちかちにしちゃうんだよね、かわいいでしょ」
「かわいい要素あるか?それ」
「おいでおいで、凜ちゃんこっちおいでー」
席に着いた咲人が、突っ立ったままの凜を隣に呼ぶ。
ちらりと俺を見る凜に、自室に戻れなんて言えなくて、座れば、なんてぶっきらぼうに言ってしまう。
ちょこんと咲人の横に座ると、そこからはもう咲人の独壇場だ。
このおつまみ凜ちゃんが作ったの?美味しいね、偉いね、はい出来たてのたこ焼きどうぞ、熱いから気をつけてね、ちょっと辛いの大丈夫?キムチ入りも美味しいんだよ!ちょっとなら大丈夫?辛過ぎるのは駄目かあ、かわいい~!あっお酒注いでくれるの?ありがと~、凜ちゃんも呑む?まだだめか!酔ってないかって?良い子だねえ、うん、凜ちゃんは良い子だあ、
合間合間に俺や琉との会話を挟みながらも、ひたすら凜を構い倒す咲人に、最後の方にはやっと凜の表情も緩んでいた。
……いつもの、張り付けた笑顔ではなく、歳相応の、はにかんだような、照れたような笑顔。
咲人はそれを見て、頬を挟み、かわいいねえかわいいねえ、と猫を相手にするように、弟を相手にするように甘やかす。
俺はその光景を見ながら、やっぱりここから出て行って貰うのがいい、ともう何度目か、再度思った。
まだちゃんと笑えるんじゃないか、それならここで曇らせたまま小さく生きていく必要はない。わざわざ不幸になる必要もない。
だいじにしてくれるひとのところへ行くべきだ。
「凜ちゃん眠たい?部屋戻る?」
「ん……まだ、大丈夫、です、片付け、しなきゃ……」
「いいよお、片付けなんて。寝てもいいんだよ」
「でも……」
時計を見るともう日付がかわっている。
俺より早く起きて何やかんややっている凜は普段ならもう寝てるだろう時間だ。
俺を気にしてるのか、こっちを盗み見ようとする凜の視線を遮って、咲人が無理やり自分の方へ顔を向けさせた。
まだ呑んでるみたいだし、朝起きたら一緒に片付けよっか、という咲人の言葉に、ふたりとも泊まっていく気なのだと思った。
まあうちで呑む時は大体そうなんだけど、凜がひとり増えたくらいではお邪魔だからとか、そんな気遣いなんかはないのだろう。
咲人は弾むような声で勝手にリビングに入り、手にしていたプレートをテーブルに置く。
俺の頭を痛くする奴が増えた。自由にしてる咲人がかわいいと思ってる琉はストッパーになりはしない。これだからバカップルは困る。他人が止めるより身内が止める方がいいだろうに。
普段は割ときりっとしているのに、咲人が関わると途端にでれでれに溶けてしまうのだ、この男は。
「いた!」
「えっ、あっ、あ……」
自由に動き回る咲人がキッチンで凜を見つけたようで、そっちの方から自己紹介をする声がする。
もう面倒だ、勝手にやってくれ、と呆れてソファに座ると、琉が俺もキッチン行っていいかと訊いてくる。
見上げると、これ作ってくる、と材料の入った袋を見せてきた。
どうぞ、と返したものの、ここでふんぞり返って待つことが出来ないのが俺の性格で、わざわざダイニングまで行って、でもキッチンの中までは入れず、椅子に腰掛けて彼等の話を黙って聞く。
当たり障りない自己紹介がまた始まり、軽くサラダとつまみを用意した凜がもう自室に引っこもうとするのを止めるふたりの声が聞こえる。主に咲人の声だったけれど。
「一緒にたこ焼こ!」
「あの、でも」
「今日はねえ、おれたち、凜ちゃんに会いに来たんだよー」
「え」
「玲司から聞いて、会いたいな~、って思ってたの、ね、一緒に食べよ、美味しいよ!」
「や、あの、ぼく」
「嫌?」
「えっ、いや、じゃあ……ない、です、けど……」
「じゃあ用意しよっか!」
咲人のマイペースさは凄いと思う。
あっという間に呑まれて、凜は自室に戻るタイミングを失った。
……別にいいよ、こうなるのはわかっていたし。
俺が聞いてるのをわかってるのにも関わらず、はっきりと凜に会いに来た、と咲人は言った。
強い奴だと思う。そういうところが強かだと思うし、良いところでもあると思う。
琉も混じって、ボール何処にある?包丁は?これを入れると美味しいんだよ、と和やかな声が聞こえる。
合間に混じる凜の相槌は、遠慮がちで、いつも通り消えそうな声で、でも俺の時より柔らかい。
……やっぱり琉のような奴に引き取ってもらった方がいいんじゃないかな。
俺の傍にさえいなければそれでいいんだ、咲人みたいに笑えるならそれがオメガにとってはしあわせなんだろう。
きっと、あの子にも相応しい場所があると思うんだけれど。
「玲司ー、プレート!あっためといて!」
「……ああ、うん」
咲人に言われて腰を上げる。
電源を入れて、ぼおっとプレートを見ていた。
……俺、何してんのかな。何がしたいのかな。
オメガが嫌いで、近寄られるのが嫌で、凜に出て行って貰いたくて、その癖同情なんかしちゃって。
駄目だ、どうにかしなくちゃ、どうにか弱味を握って、どうにか、どうにか、早く。
そうでもしないと、俺が、どうにかなってしまう。
「冷蔵庫のお酒持ってきていいやつ?」
「えっ、ああ、そう……うん」
咲人の明るい声にはっとして、相槌を打つ。
すぐ後ろにボールを抱えた凜が立っていた。
視線が合って、気まずそうに俯く。その様子に胸が騒ついた。
「よーし、待ってろ、美味しいの焼くからな!琉が!」
「……咲人じゃなくて?」
「琉のが美味い!」
「咲人はせっかちだからねー、生焼けになっちゃうか我慢してかっちかちにしちゃうんだよね、かわいいでしょ」
「かわいい要素あるか?それ」
「おいでおいで、凜ちゃんこっちおいでー」
席に着いた咲人が、突っ立ったままの凜を隣に呼ぶ。
ちらりと俺を見る凜に、自室に戻れなんて言えなくて、座れば、なんてぶっきらぼうに言ってしまう。
ちょこんと咲人の横に座ると、そこからはもう咲人の独壇場だ。
このおつまみ凜ちゃんが作ったの?美味しいね、偉いね、はい出来たてのたこ焼きどうぞ、熱いから気をつけてね、ちょっと辛いの大丈夫?キムチ入りも美味しいんだよ!ちょっとなら大丈夫?辛過ぎるのは駄目かあ、かわいい~!あっお酒注いでくれるの?ありがと~、凜ちゃんも呑む?まだだめか!酔ってないかって?良い子だねえ、うん、凜ちゃんは良い子だあ、
合間合間に俺や琉との会話を挟みながらも、ひたすら凜を構い倒す咲人に、最後の方にはやっと凜の表情も緩んでいた。
……いつもの、張り付けた笑顔ではなく、歳相応の、はにかんだような、照れたような笑顔。
咲人はそれを見て、頬を挟み、かわいいねえかわいいねえ、と猫を相手にするように、弟を相手にするように甘やかす。
俺はその光景を見ながら、やっぱりここから出て行って貰うのがいい、ともう何度目か、再度思った。
まだちゃんと笑えるんじゃないか、それならここで曇らせたまま小さく生きていく必要はない。わざわざ不幸になる必要もない。
だいじにしてくれるひとのところへ行くべきだ。
「凜ちゃん眠たい?部屋戻る?」
「ん……まだ、大丈夫、です、片付け、しなきゃ……」
「いいよお、片付けなんて。寝てもいいんだよ」
「でも……」
時計を見るともう日付がかわっている。
俺より早く起きて何やかんややっている凜は普段ならもう寝てるだろう時間だ。
俺を気にしてるのか、こっちを盗み見ようとする凜の視線を遮って、咲人が無理やり自分の方へ顔を向けさせた。
まだ呑んでるみたいだし、朝起きたら一緒に片付けよっか、という咲人の言葉に、ふたりとも泊まっていく気なのだと思った。
まあうちで呑む時は大体そうなんだけど、凜がひとり増えたくらいではお邪魔だからとか、そんな気遣いなんかはないのだろう。
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