【完結】抱き締めてもらうにはどうしたら、

ちかこ

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「……夜の仕事、は、……まだ、こわく、て」
「ふうん、処女?」

 いきなりの俺の言葉に、びっくりしたような顔をして、視線を逸らし、俯いて、更に小さく頷いた凜に驚いてしまった。
 オメガが?高校を卒業した歳で?この顔で?まだ?

「守ってくれる王子様でもいたの?」

 思わず嫌味が飛び出してしまった。
 思わずもなにも、元々嫌味を山程言ってやろうとは思ってたんだけど。でも予想外で。
 長い睫毛を伏せたまま、ぽつりと凜が口を開く。

「……王子様、だったら良いんですけど」
「は」
「約束、したから、だから……そのひとが、よくて」
「……はー、こりゃまた随分夢見がちなお姫様だなぁ」
「わかってます、多分……普通に、断られる、のも」
「じゃあうちじゃなくてそいつんち行けばいいじゃん、親父には言っとくし」
「……」
「無理な理由でもある訳?」
「……こども」
「子供?」
「子供、産めないんです、ぼく」
「……」

 言葉を失った俺に構わず、事故で、と凜は続ける。
 両親と車の事故にあい、両親は亡くなり、凜は重体、子を望めない躰になったという。
 頭の中ではとんだ不幸な子が来たぞ、可哀想じゃないか、という気持ちと、だからなんだ、自分には関係ない、追い込め、という気持ちがせめぎ合い、俺は自分でも引く程酷い言葉を浴びせてしまった。

「じゃあ夜職やっぱ向いてんじゃん」

 あまりにもな人間味のない言葉に、それでも凜は引き攣った笑顔で、はい、と頷いた。


 ◇◇◇

 先に逃げたのは俺だった。
 幾ら何でも言っていいことと悪いことがあるだろう、オメガ嫌いだからって、まだ目の前の少年に何かされた訳ではない、そう、まだ、何も。
 慌てるように立ち上がって、お前の部屋あそこだから、と雑に案内して、自分の寝室に駆け込み、ベッドに倒れる。
 嫌悪感。
 自分にだ。あんなことまで言う気はなかった。
 酷いことを言ってやるとは考えていたけど、事故で両親を失い、重体で子供を産めなくなったと言う相手に、あんなこと。
 流石にひととしてどうかと思う。
 傷付けるつもりはあったけど、俺を嫌いになってほしいだけで、本人をあそこまで攻撃する必要はなかった。
 凜だって泣けばいいのに、酷い、と言って泣けば、俺だって……
 俺だって、そうだ、別の就職先くらい、探してやったのに。
 あんな風に、強がりのように笑われたらその場は引くしかないじゃないか。

「謝るべきだろうか……」

 常識的に考えたらそりゃそう。慰謝料と菓子折でも持って土下座しに行け。
 でも嫌われるという点では成功しただろう、今更謝ったところで、言ってしまった言葉は撤回出来ない、傷付けてしまった彼の心を修復することは出来ないのだ。
 それなら最後まで嫌な奴でいて、彼の為に、違う居心地の良い場所を提供したらいいのではないか。
 そうだ。
 あの綺麗な顔だ、欲しがるアルファもベータもいるだろう。
 ……ああ、でも子供が出来ないんだよな……
 だから親父はここに連れてきたのかもしれない、誰かに渡して、そこで辛い目に合うかもしれないから。知人の子にそんな仕打ちはさせられないと。
 ……俺も同じことをしてしまったけど。

 優しくなんてしてやれない。
 凜がフリーのオメガである限り。
 せめて誰かの番であれば、家政婦の真似事くらいすきにすればいい、けれど、今の状態でうちに置いておく訳には……

 ……やっぱり出ていってもらおう、ここにいても、俺はきっと凜を傷付けることしかしない。
 彼には出ていってもらうのが正解だ。
 俺だってあれ以上の酷い言葉は口にしたくなかった。


 ◇◇◇

「お、お口に合うかどうかわからないんですけど……」
「……」
「あの、佐伯のおじさんのお家で、色々、その、教わって来ました、数日しか習ってない、から……まだ全然だと思うんですけど、頑張ります、すきなものとか、苦手なもの、も、聞いてきたんですけど、増えてたらそれも教えて貰えたら」

 目の前に並んでいたのはオムライスにハンバーグにグラタン。明らかなこども向けメニューのオンパレードに、何を教わってきたのか頭が痛くなる。
 嫌いな訳じゃない、寧ろ料理としてはすきな方だし、そんなに嫌いだというひともいないだろうメニューでもある。ただ偏ってるというか。普通はこの三品の内どれか一品がメインでは。

 俺が部屋に篭ってる間に買い物に行き、作ったんだろう、けど。
 ダイニングに座らせて、どうぞと出された食事に、正直見た目も家庭料理レベルだなあと思う。
 別にコース料理やクオリティの高い店のようなものを想像した訳ではない。こういうのがいいんでしょ?とばかりに煮物なんかを出されても興醒めする。
 いそいそと出されたサラダやスープ、カットされた果物。
 張り付いた笑顔で皿を出す指先は少し震えていた。

 要らない、というのは簡単だったし、口に合わないとか言って捨ててしまうのも簡単だ。
 でも俺はまださっきのことを引き摺っていて、それは多分凜もそう。
 お互いが余計なことを言わないよう、しないようと考えている。少なくとも俺は、今日くらいは。

「凜は食わないの」
「あ、ぼ、ぼくは、後で……」
「冷めるじゃん」
「……あたためる、ので……」
「あ、そ」

 一緒に食べても多分気まずい、わかってはいるけど声を掛けてしまった。本気ではない、ただ口から出てしまっただけ。ただの、このしんとした静けさを避けたかっただけだ。
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