【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
122 / 124
でも、だって初めてだったから

4*

しおりを挟む
「あそこが落ち着くならマットでも置こうか、躰痛いでしょ」
「ゔ……?」
「本当はベッドにいてほしいけど。でもあそこが落ち着くならいいよ、そうだよね、においはあっちのがするかもね……少しでも居心地よくしようね」
「で、でも、よごっ……汚し、て」
「その為に準備したんじゃん、いんだよ、服なんて洗えば済むじゃん」
「洗っちゃやだ……」
「あー、うん、そうね、ヒート終わるまでは洗わないから。ね」
「んー……」

 折角買った大きな柔らかいベッド。
 発情期は殆どベッドの上で過ごすという和音の為に、和音の好みの硬さ、大きくて防水のマットにして、と色々考えて買った。
 上手くはいかないものだ。

「ごめんなさい……」
「ん、いいって、すきなだけ汚して」
「それ、も、だけどお……」
「なあに」
「は、はじめて、だった、からあ」
「……ん?」

 もじもじしながら視線を伏せ、鼻声で謝る和音に、なんだなんだと躰が強ばる。
 俺なんかしたっけ。

「らっ、て、今までっ、ふく、服……いっぱい、なくてっ……ちゃんと、作ったこと、ない、から……っ」

 わかんなかった、作り方。

 ……その言葉は俺に効く。自分の利を優先して、和音に巣作りが出来る程の枚数の服を渡してこなかったから。
 たった一枚のシャツじゃなんも出来ない。
 巣作りのことなんて、理由なんて、なんも考えてなかったから。
 さみしい思いをずっとさせて、更にまだ引き摺らせるなんて。

「ごめんね、それは俺が悪い、そうだよね、作ったことないからわかんないよねえ、作れなかったもんねえ」
「ちょっとね、作ろ、としたけ、れも……う、うまく、出来なくれえ……」
「大丈夫、ちゃんと出来てたよ」
「ゔー……」
「今度一緒に勉強しよっか」
「するう……」

 もう舌も回ってないし、赤ちゃんみたいにぐずぐず泣き出してしまった。
 ……こんなに甘えん坊だったっけ、ここまでになるのはトんでからだったと思うけど。
 いやかわいい。きっと俺に気を許してくれたから。だからだ。

「ンっ……ん、う」

 誘うように薄く開いた唇に舌を差し込む。
 甘ったるい腔内、甘い吐息、声。
 もう大分ふわふわしているようだけど、舌先はちゃんと応えるように、絡みついてくる。
 どのオメガも似たようになるのかな、発情期の和音は積極的だ。
 ぢゅうぢゅうと音を鳴らすように俺の舌を吸う。
 その癖、まだ遠慮もほんの少し、残っているようで腕を背中に回せない。俺のシャツをぎゅうと握り締めるだけ。
 かわいくて愛しくて少し、かわいそう。
 馬鹿なのは俺だ、元々臆病だった子を更にこわがらせてしまった。

「うぁ、ん、っう」
「服、脱ぎたくないよね?」
「ゔん……」

 悠真さんのにおいがするからやだ。
 そういうのは素直に言えるんだけどなあ。
 少し捲って、白くて薄い腹を出す。これでもましになった方だ。
 喉を鳴らしてしまったのは自分だった。
 頭がくらくらする。甘いにおいが、すぐ目の前の和音が美味しそうで。

 抑制剤は、周りの為のもので、自分の為のものだ。
 番になったオメガの和音は俺以外に誰にもフェロモンは通じることはなくなった。
 対してアルファの俺は他にも番を持つことが出来る。そしてそれを和音を落とす為の嘘に使ってしまった。
 その嘘の相手の律稀と仲良くしてくれてるのは良かった、と思う反面、やっぱりちょっと気まずい。
 律稀とどうこうなる気はお互いない、全然ない。それは和音だってわかってくれてると思う。
 けれど、律稀じゃなくて、それ以外の可能性を和音が感じ取ってしまったら。

 それがこわくて、俺は毎日抑制剤を飲むのだ。
 他のオメガのフェロモンを感じない為、他の誰かにフェロモンを浴びせない為。
 これ以上和音にがっかりされたくない。

 でも今日は、その和音のお願いだ。ちゃんと、抑制剤を飲まずにこの家に戻ってきた。
 ……いつもよりも甘ったるくて、いつもよりあつくて、いつもより苦しくて、いつもより胸が痛い。
 かわいい。
 食べちゃいたいくらいに。

「んぃッ……」
「あ」

 和音の痛そうな声にはっとした。
 和音の首筋に歯を立てていた。
 慌てて頭を離し、ごめんと謝ると、当の和音は紅い目元をとろんとさせ、もっと噛んでいいよ、なんて口にする。

「……っ、あんまそういうこと、言わないで。我慢出来なくなる」
「がまん、しないで」
「和音に痛いこと、こわいこと、したくない、し……」

 和音は少し考えて、こわいことはいやだけど、と小さく口を開いた。

「でもちょっとならいたくても、いいよ」

 ちょっとなら、気持ちいいし。
 その言葉は俺に気を遣ったのか、本心か。
 和音を見ると、もう溶けきってしまっているようだから本心なのかな。
 ……痛いことはしたくない。
 けれどどうしても首のところは気になってしまう。この痕が消えなければいいな、と思って。いちばん、においの強い場所。
 くらくらする。
 どうしよう、今からでも薬、飲んだ方が良いだろうか。
 和音に手荒な真似、したらどうしよう。
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...