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でも、だって初めてだったから
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「だってさあ、おれ、いっつも訳わかんなくなって……その、覚えてないこととかもいっぱいあってさ……それはもう仕方ないけど。抑制剤効かないんだもん。でもさ、悠真さんはいっつも余裕あるじゃん、全部覚えてるじゃん」
それって狡くない?と見上げてくる。
狡くはないと思うけど。
でもアルファが抑制剤飲むのって、結構だいじだよ?え、飲むなってことだよね?
オメガは小柄な子が多いし、理性の利かないアルファが押し倒してしまえば無茶するかもしれない、怪我させるかもしれない、抱き潰してしまうかもしれない。
ちゃんと和音に優しくしたいし、痛いことはしたくないし、俺だって和音に引かれたくない。
「……でも余裕のない悠真さん見たい……」
「おま……」
「いっかいだけ。だめ?」
「……かわいい」
「お願い」
「……いっかいだけだからね、明日は飲むからね」
「うん!」
和音には勝てない。
どれだけアルファが強くたって、愛しいオメガには勝てないのだ。
行ってきますのキスをしようとして、口元ではなく額にしておいた。ヒートを引き摺り出したら困る。
和音は少し物足りなさそうなかおをして……止めろ、仕事に行きたくなくなるじゃんか。小さく、行ってらっしゃい、と呟いた。
振り返って、そうだ、と伝えておく。
「準備しておいた服、使っていいからね」
「ばっ……」
抑制剤を使うななんてお願いをしたくせに、それくらいでまた紅くなっちゃう和音が愛おしい。
じゃあねと手を振って、後ろ髪を引かれる思いで扉を閉める。
数ヶ月前の俺が信じられない。
よく発情期の和音を置いていけたなあ、執着も意地を張るにも限度がある。
この時期に日帰り出張入れた自分も信じらんないけど。
番持ちは出張は難しい。
番の発情期が安定してれば確実に大丈夫な日なら引き受けられるし、多少周期がずれることがあっても、先月発情期終わったんで今月はいけます、なんて調整する場合もある。
和音は周期も短く、以前突発的なヒートもあったから心配で出張は断っていたのだけれど、日帰りなら大丈夫だろうと無理矢理入れられてしまった。
どんぴしゃで発情期直前になりやがってと思うべきか、ぎりぎりセーフだと捉えるべきか。
いや、これはセーフではないな。
親父め、と思う反面、社長の息子として多少勝手にしていたこともわかってる訳で、断れなかった。
◆◆◆
平日なのにどうした、と思っていたら、先の方で事故があったらしい。
はい、無事に渋滞に捕まりました。
和音にその旨電話をすると、ん~……わかった、気をつけて帰ってきてね、と返ってきたけれど、その声はぽやぽやしていた。発情期間近の、なんならもうヒートが始まってそうな、ふわふわふにゃふにゃとした声だった。いやもう始まってるのか。
車じゃなくて交通機関使った方が良かったかな、それだって事故の可能性はあったし……でも結果車の方で事故があって渋滞に捕まってる。
普段は渋滞なんて音楽でも聞いてればすぐだと思うのだけれど、今日は違う。
家で発情期の番が待ってる。一分一秒だって早く帰りたいのに。
出張先でいい玉子先に買ってて良かった、今からスーパーに寄る気になんてなれない。がっかりさせたくもなかったし。
無事に家まで帰りついたのはそれから二時間後だった。
普段ならそれくらい大した時間じゃない。
けれどヒート中の和音からしたら大分きつい時間の筈だ。アプリの通知では昼過ぎからもうヒートが来てる筈。
エレベーターに乗ってる時間すらもどかしい。やっぱり休めば良かったな。
社会人失格だろうけど、それくらいやっぱり心配にはなる。変に我慢しちゃうとわかってるから。
玄関を開けると甘ったるいにおいが既に充満していた。
慌てて冷蔵庫に買ってきたものを入れて、鞄とスーツの上着をソファに投げて、ネクタイを緩めながら寝室に向かう。
ひとつ呼吸をしたのは、心配なのは勿論、少し期待をしたからだ。
巣作り。発情期付近でオメガがする行為。
散々準備をさせられた。和音はどういう巣を作っているのだろう。
褒めると約束をした。それが下手であっても。
取っ手を握り、がちゃん、と寝室の扉を開く。
甘ったるいにおいがやはり濃くするのに、大きなベッドの上に和音の姿も巣もなかった。
「……和音?」
どこかに行ってる訳はない。うちに居る筈なんだけど。
リビングには居なかった、浴室とか?
外したネクタイを投げて、寝室を出ようとすると、奥の方からぐずぐず鼻を鳴らす音が聞こえた。
……ウォークインクローゼット。
広めに取られたスペースだから、別にいいんだけど。
その端っこに、和音が小さく蹲っていた。思ってた巣作りと違う。
朝まで俺が着ていた寝巻きを着て、用意していた服を抱き締めてふうふう言ってる。……思ってた巣作りと違う。もっとたくさん、用意してたのに。
「和音、どしたの、ベッドにいなよ、ここじゃ躰痛くなるでしょ」
「ゔ、ゔう、ごめ、な、さい……ぃ」
「怒ってないよ、ほら、ベッド行こ」
「う、うまく、つくれ、なくてっ……ここ、ここがいちばん、ゆーまさん、の、におい、して」
「そっか、うん、和音はここがいちばん落ち着いたんだね」
「ゔん……」
ぎゅう、と俺にしがみつきながら、声も躰も震わせてそんなことを言われたら堪らない。
その判断を褒めてあげるしかない。
それって狡くない?と見上げてくる。
狡くはないと思うけど。
でもアルファが抑制剤飲むのって、結構だいじだよ?え、飲むなってことだよね?
オメガは小柄な子が多いし、理性の利かないアルファが押し倒してしまえば無茶するかもしれない、怪我させるかもしれない、抱き潰してしまうかもしれない。
ちゃんと和音に優しくしたいし、痛いことはしたくないし、俺だって和音に引かれたくない。
「……でも余裕のない悠真さん見たい……」
「おま……」
「いっかいだけ。だめ?」
「……かわいい」
「お願い」
「……いっかいだけだからね、明日は飲むからね」
「うん!」
和音には勝てない。
どれだけアルファが強くたって、愛しいオメガには勝てないのだ。
行ってきますのキスをしようとして、口元ではなく額にしておいた。ヒートを引き摺り出したら困る。
和音は少し物足りなさそうなかおをして……止めろ、仕事に行きたくなくなるじゃんか。小さく、行ってらっしゃい、と呟いた。
振り返って、そうだ、と伝えておく。
「準備しておいた服、使っていいからね」
「ばっ……」
抑制剤を使うななんてお願いをしたくせに、それくらいでまた紅くなっちゃう和音が愛おしい。
じゃあねと手を振って、後ろ髪を引かれる思いで扉を閉める。
数ヶ月前の俺が信じられない。
よく発情期の和音を置いていけたなあ、執着も意地を張るにも限度がある。
この時期に日帰り出張入れた自分も信じらんないけど。
番持ちは出張は難しい。
番の発情期が安定してれば確実に大丈夫な日なら引き受けられるし、多少周期がずれることがあっても、先月発情期終わったんで今月はいけます、なんて調整する場合もある。
和音は周期も短く、以前突発的なヒートもあったから心配で出張は断っていたのだけれど、日帰りなら大丈夫だろうと無理矢理入れられてしまった。
どんぴしゃで発情期直前になりやがってと思うべきか、ぎりぎりセーフだと捉えるべきか。
いや、これはセーフではないな。
親父め、と思う反面、社長の息子として多少勝手にしていたこともわかってる訳で、断れなかった。
◆◆◆
平日なのにどうした、と思っていたら、先の方で事故があったらしい。
はい、無事に渋滞に捕まりました。
和音にその旨電話をすると、ん~……わかった、気をつけて帰ってきてね、と返ってきたけれど、その声はぽやぽやしていた。発情期間近の、なんならもうヒートが始まってそうな、ふわふわふにゃふにゃとした声だった。いやもう始まってるのか。
車じゃなくて交通機関使った方が良かったかな、それだって事故の可能性はあったし……でも結果車の方で事故があって渋滞に捕まってる。
普段は渋滞なんて音楽でも聞いてればすぐだと思うのだけれど、今日は違う。
家で発情期の番が待ってる。一分一秒だって早く帰りたいのに。
出張先でいい玉子先に買ってて良かった、今からスーパーに寄る気になんてなれない。がっかりさせたくもなかったし。
無事に家まで帰りついたのはそれから二時間後だった。
普段ならそれくらい大した時間じゃない。
けれどヒート中の和音からしたら大分きつい時間の筈だ。アプリの通知では昼過ぎからもうヒートが来てる筈。
エレベーターに乗ってる時間すらもどかしい。やっぱり休めば良かったな。
社会人失格だろうけど、それくらいやっぱり心配にはなる。変に我慢しちゃうとわかってるから。
玄関を開けると甘ったるいにおいが既に充満していた。
慌てて冷蔵庫に買ってきたものを入れて、鞄とスーツの上着をソファに投げて、ネクタイを緩めながら寝室に向かう。
ひとつ呼吸をしたのは、心配なのは勿論、少し期待をしたからだ。
巣作り。発情期付近でオメガがする行為。
散々準備をさせられた。和音はどういう巣を作っているのだろう。
褒めると約束をした。それが下手であっても。
取っ手を握り、がちゃん、と寝室の扉を開く。
甘ったるいにおいがやはり濃くするのに、大きなベッドの上に和音の姿も巣もなかった。
「……和音?」
どこかに行ってる訳はない。うちに居る筈なんだけど。
リビングには居なかった、浴室とか?
外したネクタイを投げて、寝室を出ようとすると、奥の方からぐずぐず鼻を鳴らす音が聞こえた。
……ウォークインクローゼット。
広めに取られたスペースだから、別にいいんだけど。
その端っこに、和音が小さく蹲っていた。思ってた巣作りと違う。
朝まで俺が着ていた寝巻きを着て、用意していた服を抱き締めてふうふう言ってる。……思ってた巣作りと違う。もっとたくさん、用意してたのに。
「和音、どしたの、ベッドにいなよ、ここじゃ躰痛くなるでしょ」
「ゔ、ゔう、ごめ、な、さい……ぃ」
「怒ってないよ、ほら、ベッド行こ」
「う、うまく、つくれ、なくてっ……ここ、ここがいちばん、ゆーまさん、の、におい、して」
「そっか、うん、和音はここがいちばん落ち着いたんだね」
「ゔん……」
ぎゅう、と俺にしがみつきながら、声も躰も震わせてそんなことを言われたら堪らない。
その判断を褒めてあげるしかない。
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