【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
117 / 124
7

117

しおりを挟む
 出来たよ、とふたりしてラーメンとお茶をテーブルまで運んで、かおを紅くしながら啜って。
 実は和音が寝てる間にプリン作ったんだけど、と少し心配そうに言う悠真さんに、今はお腹いっぱいだから明日のおやつにすると言うと、ぱっと笑顔になった。
 道理で甘いにおいに砂糖の甘さが紛れてた訳だ。
 ……おれだってそんなの、口元がにやけてしまう。たまにしか食べられないと思ってた悠真さんのプリンは、これからは強請ればいつでも食べられるようになったんだと。
 皿を洗う悠真さんの横で皿を拭いて棚に片付ける。
 新婚みたいだなあと軽口を叩いた悠真さんに、同じようなもんだろ、と心の中でだけ返しておいた。

 さっきまで寝ていたのに、食欲が満たされて、世間はまだ夢の中の夜中だというだけで眠くなってしまう。
 仕方ない、今は性欲はないものの、一応まだ発情期中が終わったかどうかというところなのだ、体力を使った躰は寝て休めといっている。
 それになによりここは悠真さんの家で、どこもかしこも悠真さんのにおいがして、横になったベッドも枕も、着せられた服も、隣で微笑んでおれを寝かしつけようとする悠真さん本体も、全てがおれを安心させようとしてるみたいで。
 そんなの、おれだってそりゃあ、全力で安心させられてしまうってものだ。

「新しい部屋探そうか、和音、花音ちゃんたちの近くがいいでしょ、俺が今の和音の部屋に引っ越した方がいいかな」
「えっ」
「近過ぎるとちょっとあれかな」
「ここは?」
「……ここがいい?」
「だって折角悠真さんのにおいいっぱいするのに」

 言ってしまってから、だからおれはなんで考えなしに口にしてしまうかな、と頭を抱えた。恥ずかし過ぎることを言った、今。こどもみたいなことを。
 なんだよおれ、発情期だけじゃなくて、悠真さんといると、それだけでこどもっぽくなっちゃうんじゃないか。

「においなんてさあ……住んでればつくものだよ、だからほら、長い目でみて、和音が安心出来るところに住もうよ」

 俺は車あるからさ、和音の、家族や親戚家の近く、病院とか行きやすいとこにしよう、とおれを優先する。
 今のおれの部屋とこの悠真さんの家は車ならそんなに遠くないところだ。
 けれどおれは免許ないし、今までよりは千晶くんたちに頼ることは少なくなるだろうけれど、それでもやはり遠くなるのはなんだか心許ない。
 病院にはバスでもタクシーでも使えばいいけど。ああでもやっぱり近い方が……

「休みの日にさ、不動産屋とか、行ってみない?」
「え」
「そういうデートも楽しいよ」

 今の部屋も、前の部屋も父親の持ち物だった。不動産屋なんて行ったことない。
 少しわくわくしてしまった。
 それ以上に惹かれたのはデートという言葉。

「おれ、デートなんてしたこと、ない……」
「……今からいっぱいいけるよ、行こうよ、ほら、ソファも新しいの、買ったげるって言ったでしょ」
「ソファ……」
「ベッドも新しいのにしない?ダブルもいいけどもっと大きいのも……それは部屋を決めてからかな」
「こたつ……」
「こたつほしいの?はは、時期はもう遅いけどこたつついてるテーブル買おうか。こたつ布団はまた寒くなってからでいいよね……部屋が決まったらカーテンも見なきゃ。あとはー……なんかほしいの、ある?」
「猫飼いたい」
「ねこ」

 悠真さんがあれこれ案を出すものだからわくわくが止まらなくなってしまった。
 花音の家で気に入ってしまったこたつ。
 それからペット。
 発情期の間は世話が出来なくなっちゃうから……自分すら碌に面倒みれないのに、他の命なんて面倒みれないから。
 でもこどもの頃から実は憧れだった、母親がアレルギーで飼えなかったから。

「俺からしたら和音がもう猫ちゃんみたいなものなんだけど」
「なに?」
「いや、うん、いいよ、猫ね、うん、かわいいこ、探そうか」

 猫用の食器やごはん、トイレや布団、おもちゃ、そうだ、洗剤とか消耗品に拘りはある?ない?じゃあ適当でいいか、人間用の食器も揃えなきゃね、お互いきょうだい用のばかりだもの、と夜中にこそこそ盛り上がってしまう。
 新しい部屋が決まるまではこの悠真さんの部屋で一緒に住もう、明日は着替えとか、必要なものを取りに行って、それから、と悠真さんがおれの頬を撫でた。

「花音ちゃんと千晶くんにお礼をしなきゃ。和音のご両親にも挨拶に行かなきゃね、都合の良い日を確認しといてくれる?」
「ひえ……」
「どうした?」
「親に挨拶とか本物みたい……」
「本物だよ、俺は本気で和音と籍入れるつもりだけど?」
「そ、それはそうなんだけど~……」
「恥ずかしい?」
「……ウン……」

 うちの家族に挨拶するということは、当然悠真さんの家族にも挨拶する訳で……
 おれみたいなのが行ってがっかりされないだろうか、そう確認するおれに、喜ぶと思う、と悠真さん。

「喜ぶ……?」
「早く相手見つけろって言われてるからなあ……家柄的にも文句は言えないし、それに」
「それに?」
「……かわいいからなあ」
「かわっ……」
「反対なんかさせないけど、まあそこは心配ないかな……寧ろ気に入られそうで……うちのも全員アルファだから、触らせちゃ駄目だよ?」
「……な訳ないじゃん……」

 流石にそれは買い被りすぎだ。
 おれなんて今までモテたこともなければ、もう既に悠真さんにしかフェロモンも効かないというのに。

「あ、でも」
「どした」
「……式は挙げたくない」
「結婚式?」
「うん……おれ、仕事、してないし……その、ともだちも、いないし」
「別に招待するひとはどうでもいいけど」

 女の子のようにドレスとか式に憧れがある訳ではない。
 花音の式に出席するだけで十分だ。
 そう漏らしたおれに、悠真さんは少し罰が悪そうに頭を掻いた。
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...