116 / 124
7
116
しおりを挟む
「塩と醤油と味噌」
「なんでも……」
「じゃあ俺塩にしよ、一緒のでいいよね」
「悠真さんも食べるの」
「深夜ラーメンとかひとが食べてんの見たら絶対食べたくなるやつじゃん」
こんな綺麗な家に住んでて、料理も出来る男の家に袋ラーメンがあるのに少し驚いた。
おれみたいにやる気のない奴の家にならともかく。
そう言うと、やる気ない時はカップ麺くらい食べるよ、美味いし、と笑う悠真さんに少し安心した。
だっておれみたいなずぼらな奴、今後その、本当に結婚、とかなったら……その、やっぱりこんな奴止めときゃよかったとか思われるかもしれないし。そういう感覚も結構だいじというか。
「もやしは?」
「いんない……」
「キャベツ」
「いる、かな」
「葱」
「あるの?」
「あるよ、焼豚も入れよ」
「あるのー?」
「冷凍してんのがあんだよね」
鍋とまな板を用意して、冷蔵庫を往復して。
キャベツをざくざくと切って鍋に入れる。
袋ラーメンなんか作ってるところ見てても何も面白くないよと悠真さんは言うけど、座って待ってるのもなんだか失礼な気がして、何も出来ないくせにちょろちょろと後をついて回ってしまう。
「……ふは」
「えっなに、なんで笑うの」
「ついて回るの、雛みたいでかわいくて」
「ついて回ってるつもりじゃっ……」
「待って待って、離れないで」
あと茹でるだけだからさ、と腰を引かれて悠真さんの胸に飛び込む形になってしまった。
ヒート中のことは、飛んでしまわない限りそこそこ、覚えている。
こどものように甘えたり、泣いたり、怒ったり、すきすき言ってしまったり、くっついたりしたことも、殆ど……いや、そこそこ。
あれはおれじゃない、とはいわないけど、発情期なんて頭も躰もおかしくなる時期なのだ。
発情期はあんな甘ったれのおれでも、そうでない時はもうちょっと、その、ちゃんとしてるつもりだったんだけど。
今だって、さっきあんなにどろどろになってしまったこと、恥ずかしいと思ってる。
なのに、今は多分ヒート中でもないのに、抱き締められるのが素直に嬉しいなんて思ってしまった。
おれの意地はどこにいってしまったんだ、こんな恋愛脳じゃなかった筈なんだけど!
「鍋っ、沸騰!してる!」
「あ、やば」
温度を弱めて、悠真さんは片手で器用に麺を茹でる。もう片手はおれの腰に回したまんま。
逃げる訳にもいかず、でもおれも腕を回すのは少し躊躇われて、そっと裾を掴んで、それから、ええと、何か話題を、と悠真さんを見上げた。
「……なんで髪切ったの?」
「前のが良かった?」
「んー……いや、どっちも似合ってると思う、けど、まだちょっと見慣れない、かも」
「妹にさ、チャラチャラしてるから挨拶行くなら切れば、って言われちゃって」
「チャラチャラ……」
「花音ちゃんに……和音の家族にそう思われたら困るし」
おれの引越し先はすぐにわかったという。調べたら翌日には、と。なにそれこわい。
でも当日に行くのは躊躇ってしまった。
おれが逃げたという事実が、その足を鈍らせたんだろう。否定される言葉を何回も聞きたい奴なんてそういないもんな。
そこで思い出したのは千晶くんの連絡先。おれが風邪を引いた時に貰っていたらしい。知らなかった。
千晶くんはおれの味方だったけど、内心は会わせる方がいいと思っていたみたい。それはおれが無理にでも会いに来てほしいと思ってたことが、千晶くんにはわかっていたのだろうか。
でも流石に早いかな、と様子を見ようと思っていたところで、おれがすぐ発情期になってしまった。
それが精神面に関わってるのなら、と悠真さんを呼んだみたい。
でもその前に花音とも電話で話をして、その、おれの部屋に来る前に、出社前の花音に話をつけてきたとか。
「……めちゃくちゃ怒ってたでしょ、かのん」
「そりゃあもう、めちゃくちゃね」
でも仕方ないよ、花音ちゃんのだいじな和音を傷付けた訳だし、ぶん殴られるくらい覚悟してた、と苦笑する。
「えっ、なぐっ、なぐった!?」
「違う違う、覚悟はってこと。実際殴られてはないよ」
「はー……かのんならしそうだから……良かったあ」
「俺なんか殴ったら花音ちゃんのが手ェ怪我しそうだし。でも正直、蹴られるくらいされた方がましだったかな」
「……かのん、なにしたの」
「んー……泣かれちゃった」
「へ」
絶対、かずねのこと不幸にさせたら赦さないんだから。わかったらさっさと謝りにいって、番になった責任、最後まで取って。わたしたちじゃ出来ないから、あんたしか出来ないんだから、わたしより、かずねをしあわせにして。
そう怒鳴って追い出されたらしい。
……花音といえば花音らしいけど。
「言ったよね、俺、執着強いんだよ、元々、離す気なんてなかったけど。でも和音が逃げたら、……もう一回嫌だって言われたら、和音の為を思ったら引かなきゃいけないのかなって思ってた」
「……」
「けど、そうじゃないなら、花音ちゃんに言われなくても、最後まで責任取るよ、絶対、番の解除なんて、死んでもしないから」
「……当たり前でしょ、おれの番、悠真さんしかいないんだから」
「……うん」
髪を切った悠真さんの表情はよく見える。
正直、それは悪くないな、と思うのだ。
「なんでも……」
「じゃあ俺塩にしよ、一緒のでいいよね」
「悠真さんも食べるの」
「深夜ラーメンとかひとが食べてんの見たら絶対食べたくなるやつじゃん」
こんな綺麗な家に住んでて、料理も出来る男の家に袋ラーメンがあるのに少し驚いた。
おれみたいにやる気のない奴の家にならともかく。
そう言うと、やる気ない時はカップ麺くらい食べるよ、美味いし、と笑う悠真さんに少し安心した。
だっておれみたいなずぼらな奴、今後その、本当に結婚、とかなったら……その、やっぱりこんな奴止めときゃよかったとか思われるかもしれないし。そういう感覚も結構だいじというか。
「もやしは?」
「いんない……」
「キャベツ」
「いる、かな」
「葱」
「あるの?」
「あるよ、焼豚も入れよ」
「あるのー?」
「冷凍してんのがあんだよね」
鍋とまな板を用意して、冷蔵庫を往復して。
キャベツをざくざくと切って鍋に入れる。
袋ラーメンなんか作ってるところ見てても何も面白くないよと悠真さんは言うけど、座って待ってるのもなんだか失礼な気がして、何も出来ないくせにちょろちょろと後をついて回ってしまう。
「……ふは」
「えっなに、なんで笑うの」
「ついて回るの、雛みたいでかわいくて」
「ついて回ってるつもりじゃっ……」
「待って待って、離れないで」
あと茹でるだけだからさ、と腰を引かれて悠真さんの胸に飛び込む形になってしまった。
ヒート中のことは、飛んでしまわない限りそこそこ、覚えている。
こどものように甘えたり、泣いたり、怒ったり、すきすき言ってしまったり、くっついたりしたことも、殆ど……いや、そこそこ。
あれはおれじゃない、とはいわないけど、発情期なんて頭も躰もおかしくなる時期なのだ。
発情期はあんな甘ったれのおれでも、そうでない時はもうちょっと、その、ちゃんとしてるつもりだったんだけど。
今だって、さっきあんなにどろどろになってしまったこと、恥ずかしいと思ってる。
なのに、今は多分ヒート中でもないのに、抱き締められるのが素直に嬉しいなんて思ってしまった。
おれの意地はどこにいってしまったんだ、こんな恋愛脳じゃなかった筈なんだけど!
「鍋っ、沸騰!してる!」
「あ、やば」
温度を弱めて、悠真さんは片手で器用に麺を茹でる。もう片手はおれの腰に回したまんま。
逃げる訳にもいかず、でもおれも腕を回すのは少し躊躇われて、そっと裾を掴んで、それから、ええと、何か話題を、と悠真さんを見上げた。
「……なんで髪切ったの?」
「前のが良かった?」
「んー……いや、どっちも似合ってると思う、けど、まだちょっと見慣れない、かも」
「妹にさ、チャラチャラしてるから挨拶行くなら切れば、って言われちゃって」
「チャラチャラ……」
「花音ちゃんに……和音の家族にそう思われたら困るし」
おれの引越し先はすぐにわかったという。調べたら翌日には、と。なにそれこわい。
でも当日に行くのは躊躇ってしまった。
おれが逃げたという事実が、その足を鈍らせたんだろう。否定される言葉を何回も聞きたい奴なんてそういないもんな。
そこで思い出したのは千晶くんの連絡先。おれが風邪を引いた時に貰っていたらしい。知らなかった。
千晶くんはおれの味方だったけど、内心は会わせる方がいいと思っていたみたい。それはおれが無理にでも会いに来てほしいと思ってたことが、千晶くんにはわかっていたのだろうか。
でも流石に早いかな、と様子を見ようと思っていたところで、おれがすぐ発情期になってしまった。
それが精神面に関わってるのなら、と悠真さんを呼んだみたい。
でもその前に花音とも電話で話をして、その、おれの部屋に来る前に、出社前の花音に話をつけてきたとか。
「……めちゃくちゃ怒ってたでしょ、かのん」
「そりゃあもう、めちゃくちゃね」
でも仕方ないよ、花音ちゃんのだいじな和音を傷付けた訳だし、ぶん殴られるくらい覚悟してた、と苦笑する。
「えっ、なぐっ、なぐった!?」
「違う違う、覚悟はってこと。実際殴られてはないよ」
「はー……かのんならしそうだから……良かったあ」
「俺なんか殴ったら花音ちゃんのが手ェ怪我しそうだし。でも正直、蹴られるくらいされた方がましだったかな」
「……かのん、なにしたの」
「んー……泣かれちゃった」
「へ」
絶対、かずねのこと不幸にさせたら赦さないんだから。わかったらさっさと謝りにいって、番になった責任、最後まで取って。わたしたちじゃ出来ないから、あんたしか出来ないんだから、わたしより、かずねをしあわせにして。
そう怒鳴って追い出されたらしい。
……花音といえば花音らしいけど。
「言ったよね、俺、執着強いんだよ、元々、離す気なんてなかったけど。でも和音が逃げたら、……もう一回嫌だって言われたら、和音の為を思ったら引かなきゃいけないのかなって思ってた」
「……」
「けど、そうじゃないなら、花音ちゃんに言われなくても、最後まで責任取るよ、絶対、番の解除なんて、死んでもしないから」
「……当たり前でしょ、おれの番、悠真さんしかいないんだから」
「……うん」
髪を切った悠真さんの表情はよく見える。
正直、それは悪くないな、と思うのだ。
96
お気に入りに追加
3,085
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる