111 / 124
7
111
しおりを挟む
上着を脱いで、はい、と見せられた背中は綺麗なものだった。
そっと触れると、大きな背中がびく、と揺れる。
よおく見たら、少しだけ、痕が薄ら……本当に薄らと残ってるような、気はする。それは確かに最近のものではない。
……もし本当におれとしかしてないのなら、この、完全には治ってない傷痕は俺が残したもの……と思うと、急に申し訳なさが襲ってきた。
別に女性でもないし、モデルやテレビタレントのような誰かに見られるような仕事でもない。
でもやっぱり、残るような傷痕はちょっと、と悩んでいると、何かある?と声を掛けられた。
「……ちょっと、だけ、残ってる」
「嘘、気付かなかった」
「い、いたい?」
「いや、全然……え、そんなに残ってる?」
「……もしかしたら、これ、治らないやつ……?」
「でも最近のじゃないでしょ?」
「……ず、ずっと治らないやつだったら、」
泣きそうな声に悠真さんは振り返って、大丈夫だよ、と笑った。
自分では気付かないくらいの痕だし、気にするようなものじゃないと。
そう?そうなのかな?そんなもん?とまだ背中が気になるおれに、でも、と悠真さんは口元を緩めた。
「和音がつけたものだから」
「え……」
「和音がつけた痕だから、そんな爪痕でも愛しいかなって……治らなくてもいいよ」
あの痛々しい爪痕を思い出す。
つけた時はきっと、痛かった筈だ。
「他は?」
「んえ……」
「他に気になるとこ、教えて」
「……えっと、」
なんて言ってたっけ。
悠真さん、番のこと。
「ひとつしたで……」
「うん?」
「かわいくて、綺麗なひとで」
「ん、」
「頑張り屋で、甘えん坊……」
「和音のことだよ」
「……どこが?」
にこっと笑った悠真さんに、そう返してしまう。
ひとつしたはそれはそう。綺麗かわいいは個人の感想として、甘えん坊はまあ……甘ったれてるのは自覚している。でも頑張り屋かというと……どう考えてもおれは頑張ってないし。
仕事だってしてないし、ぐだぐだした生活をしてるし。褒められるようなことは何も……
「頑張ってるよ、和音は……頑張ってくれたじゃん、ずっと。……ごめんね、誰にも言えないようなこと、ひとりで我慢させて」
悠真さんの大きな手のひらがおれの頬に触れる。
他には、とすぐ息を感じる距離で訊かれるけど、もう何もちゃんと考えられなくて、もうそれはずっと前からで、なのにこの家に来て、ベッドの上でなんてもう、ずっと、もっと、悠真さんのことしか考えられなくて。
もう信じるから。
悠真さんのこと、なんでも言う通りにするから。
だから早く触ってほしかった。
「ゆうまさん……」
「……苦しい?」
「ゔん……」
「……触っていいの、俺が」
「ゆうまさんがいいんだってばあ……」
思考がどろどろに溶けていく。
悠真さんじゃないとだめな理由とか、そんなの、思い出せない。
でも、他のひとに触れてほしいとは思わない。そりゃあ家族や千晶くんは別だけど、悠真さんとは違う。
花音たちには許せないところも、悠真さんにならいい、悠真さんだから、触ってほしい。
悠真さんだから。
「ちゅう、帰ってからって、するって……!」
「……待ってた?」
「したい、いっぱい、くちんなか、はいっ、はいってほしい……」
悠真さんだって余裕のないかおはずっとしてる。
我慢してるんでしょ、おれのフェロモン効いてるんでしょ、でも先に、おれの不安を取り除こうとしてくれてるんでしょ。
確かに番の形跡なんてなくて、でもそれが完全に疑いを晴らせる訳でもなくて、もっと確認したいこととか、訊きたいこととか、あるんだと思う。
でも今はタイミングが悪くて。
本当にオメガってやだ。
こんなだいじな時でさえ、躰があつくなっちゃうなんて。
でもそのお陰で悠真さんがおれに気付いて、おれに会いたいと思って、おれの躰が反応して、悠真さんがおれを見つけてくれた。
悠真さんがおれに触る切っ掛けを作った。
……おれが、避妊薬を止めたら。
「……悠真さんと一緒にいていいって、思ってもいいの……?」
「和音が俺を赦してくれるなら……一緒にいたい、いてもいい?」
「……っあ、赤ちゃん、ほしいとか思っても、おかしくない……?」
「……そうなら、嬉しい」
「違う、狡いの、おれ、赤ちゃんいたら、ゆーまさん、もっ、もう、おれから、離れられないんじゃないかとか、そんなこと、考えちゃうの、だめなのに、そんなこと、考えたらだめなのに、」
「俺もほしいよ、和音とのこども、俺も考えてた、……妊娠したらって。させてしまったらって。ねえ、和音が同じなら……待って、違う」
「えっ……」
触れそうになった唇が離れて戸惑ってしまう。
だってさっきも同じようなこと言ってたのに。違うって、なに。
「違う、順番、順番がちがう」
「……?」
「ほしいよ、赤ちゃん。でもその前に、和音がほしいの。和音だから、もう、俺、和音しか考えられないから」
「お、おれ、だって……」
「……結婚したいって言ったら、頷いてくれる……?」
「……!」
「勿論ちゃんと……その、ちゃんと言い直すよ、また、ふたりとも頭がはっきりしてる時に。でも、今も言っておきたい」
「……う、うん」
息を呑んで、視線をあわせて、口元は笑って、でも瞳は熱を持っていた。
ふざけてなんかない。
「和音がかわいくてたまんなくて……すきだよ、愛しいから、結婚したい、して、ほしい、それから……それから、こどもがほしい」
こんな状態でプロポーズも何もないのかもしれない。
でも、悠真さんがおれとそうしたいと思ってくれてるのが、たまらなかった。嬉しかった。
そっと触れると、大きな背中がびく、と揺れる。
よおく見たら、少しだけ、痕が薄ら……本当に薄らと残ってるような、気はする。それは確かに最近のものではない。
……もし本当におれとしかしてないのなら、この、完全には治ってない傷痕は俺が残したもの……と思うと、急に申し訳なさが襲ってきた。
別に女性でもないし、モデルやテレビタレントのような誰かに見られるような仕事でもない。
でもやっぱり、残るような傷痕はちょっと、と悩んでいると、何かある?と声を掛けられた。
「……ちょっと、だけ、残ってる」
「嘘、気付かなかった」
「い、いたい?」
「いや、全然……え、そんなに残ってる?」
「……もしかしたら、これ、治らないやつ……?」
「でも最近のじゃないでしょ?」
「……ず、ずっと治らないやつだったら、」
泣きそうな声に悠真さんは振り返って、大丈夫だよ、と笑った。
自分では気付かないくらいの痕だし、気にするようなものじゃないと。
そう?そうなのかな?そんなもん?とまだ背中が気になるおれに、でも、と悠真さんは口元を緩めた。
「和音がつけたものだから」
「え……」
「和音がつけた痕だから、そんな爪痕でも愛しいかなって……治らなくてもいいよ」
あの痛々しい爪痕を思い出す。
つけた時はきっと、痛かった筈だ。
「他は?」
「んえ……」
「他に気になるとこ、教えて」
「……えっと、」
なんて言ってたっけ。
悠真さん、番のこと。
「ひとつしたで……」
「うん?」
「かわいくて、綺麗なひとで」
「ん、」
「頑張り屋で、甘えん坊……」
「和音のことだよ」
「……どこが?」
にこっと笑った悠真さんに、そう返してしまう。
ひとつしたはそれはそう。綺麗かわいいは個人の感想として、甘えん坊はまあ……甘ったれてるのは自覚している。でも頑張り屋かというと……どう考えてもおれは頑張ってないし。
仕事だってしてないし、ぐだぐだした生活をしてるし。褒められるようなことは何も……
「頑張ってるよ、和音は……頑張ってくれたじゃん、ずっと。……ごめんね、誰にも言えないようなこと、ひとりで我慢させて」
悠真さんの大きな手のひらがおれの頬に触れる。
他には、とすぐ息を感じる距離で訊かれるけど、もう何もちゃんと考えられなくて、もうそれはずっと前からで、なのにこの家に来て、ベッドの上でなんてもう、ずっと、もっと、悠真さんのことしか考えられなくて。
もう信じるから。
悠真さんのこと、なんでも言う通りにするから。
だから早く触ってほしかった。
「ゆうまさん……」
「……苦しい?」
「ゔん……」
「……触っていいの、俺が」
「ゆうまさんがいいんだってばあ……」
思考がどろどろに溶けていく。
悠真さんじゃないとだめな理由とか、そんなの、思い出せない。
でも、他のひとに触れてほしいとは思わない。そりゃあ家族や千晶くんは別だけど、悠真さんとは違う。
花音たちには許せないところも、悠真さんにならいい、悠真さんだから、触ってほしい。
悠真さんだから。
「ちゅう、帰ってからって、するって……!」
「……待ってた?」
「したい、いっぱい、くちんなか、はいっ、はいってほしい……」
悠真さんだって余裕のないかおはずっとしてる。
我慢してるんでしょ、おれのフェロモン効いてるんでしょ、でも先に、おれの不安を取り除こうとしてくれてるんでしょ。
確かに番の形跡なんてなくて、でもそれが完全に疑いを晴らせる訳でもなくて、もっと確認したいこととか、訊きたいこととか、あるんだと思う。
でも今はタイミングが悪くて。
本当にオメガってやだ。
こんなだいじな時でさえ、躰があつくなっちゃうなんて。
でもそのお陰で悠真さんがおれに気付いて、おれに会いたいと思って、おれの躰が反応して、悠真さんがおれを見つけてくれた。
悠真さんがおれに触る切っ掛けを作った。
……おれが、避妊薬を止めたら。
「……悠真さんと一緒にいていいって、思ってもいいの……?」
「和音が俺を赦してくれるなら……一緒にいたい、いてもいい?」
「……っあ、赤ちゃん、ほしいとか思っても、おかしくない……?」
「……そうなら、嬉しい」
「違う、狡いの、おれ、赤ちゃんいたら、ゆーまさん、もっ、もう、おれから、離れられないんじゃないかとか、そんなこと、考えちゃうの、だめなのに、そんなこと、考えたらだめなのに、」
「俺もほしいよ、和音とのこども、俺も考えてた、……妊娠したらって。させてしまったらって。ねえ、和音が同じなら……待って、違う」
「えっ……」
触れそうになった唇が離れて戸惑ってしまう。
だってさっきも同じようなこと言ってたのに。違うって、なに。
「違う、順番、順番がちがう」
「……?」
「ほしいよ、赤ちゃん。でもその前に、和音がほしいの。和音だから、もう、俺、和音しか考えられないから」
「お、おれ、だって……」
「……結婚したいって言ったら、頷いてくれる……?」
「……!」
「勿論ちゃんと……その、ちゃんと言い直すよ、また、ふたりとも頭がはっきりしてる時に。でも、今も言っておきたい」
「……う、うん」
息を呑んで、視線をあわせて、口元は笑って、でも瞳は熱を持っていた。
ふざけてなんかない。
「和音がかわいくてたまんなくて……すきだよ、愛しいから、結婚したい、して、ほしい、それから……それから、こどもがほしい」
こんな状態でプロポーズも何もないのかもしれない。
でも、悠真さんがおれとそうしたいと思ってくれてるのが、たまらなかった。嬉しかった。
152
お気に入りに追加
3,085
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる