【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 上着を脱いで、はい、と見せられた背中は綺麗なものだった。
 そっと触れると、大きな背中がびく、と揺れる。
 よおく見たら、少しだけ、痕が薄ら……本当に薄らと残ってるような、気はする。それは確かに最近のものではない。
 ……もし本当におれとしかしてないのなら、この、完全には治ってない傷痕は俺が残したもの……と思うと、急に申し訳なさが襲ってきた。

 別に女性でもないし、モデルやテレビタレントのような誰かに見られるような仕事でもない。
 でもやっぱり、残るような傷痕はちょっと、と悩んでいると、何かある?と声を掛けられた。

「……ちょっと、だけ、残ってる」
「嘘、気付かなかった」
「い、いたい?」
「いや、全然……え、そんなに残ってる?」
「……もしかしたら、これ、治らないやつ……?」
「でも最近のじゃないでしょ?」
「……ず、ずっと治らないやつだったら、」

 泣きそうな声に悠真さんは振り返って、大丈夫だよ、と笑った。
 自分では気付かないくらいの痕だし、気にするようなものじゃないと。
 そう?そうなのかな?そんなもん?とまだ背中が気になるおれに、でも、と悠真さんは口元を緩めた。

「和音がつけたものだから」
「え……」
「和音がつけた痕だから、そんな爪痕でも愛しいかなって……治らなくてもいいよ」

 あの痛々しい爪痕を思い出す。
 つけた時はきっと、痛かった筈だ。

「他は?」
「んえ……」
「他に気になるとこ、教えて」
「……えっと、」

 なんて言ってたっけ。
 悠真さん、番のこと。

「ひとつしたで……」
「うん?」
「かわいくて、綺麗なひとで」
「ん、」
「頑張り屋で、甘えん坊……」
「和音のことだよ」
「……どこが?」

 にこっと笑った悠真さんに、そう返してしまう。
 ひとつしたはそれはそう。綺麗かわいいは個人の感想として、甘えん坊はまあ……甘ったれてるのは自覚している。でも頑張り屋かというと……どう考えてもおれは頑張ってないし。
 仕事だってしてないし、ぐだぐだした生活をしてるし。褒められるようなことは何も……

「頑張ってるよ、和音は……頑張ってくれたじゃん、ずっと。……ごめんね、誰にも言えないようなこと、ひとりで我慢させて」

 悠真さんの大きな手のひらがおれの頬に触れる。
 他には、とすぐ息を感じる距離で訊かれるけど、もう何もちゃんと考えられなくて、もうそれはずっと前からで、なのにこの家に来て、ベッドの上でなんてもう、ずっと、もっと、悠真さんのことしか考えられなくて。
 もう信じるから。
 悠真さんのこと、なんでも言う通りにするから。
 だから早く触ってほしかった。

「ゆうまさん……」
「……苦しい?」
「ゔん……」
「……触っていいの、俺が」
「ゆうまさんがいいんだってばあ……」

 思考がどろどろに溶けていく。
 悠真さんじゃないとだめな理由とか、そんなの、思い出せない。
 でも、他のひとに触れてほしいとは思わない。そりゃあ家族や千晶くんは別だけど、悠真さんとは違う。
 花音たちには許せないところも、悠真さんにならいい、悠真さんだから、触ってほしい。
 悠真さんだから。

「ちゅう、帰ってからって、するって……!」
「……待ってた?」
「したい、いっぱい、くちんなか、はいっ、はいってほしい……」

 悠真さんだって余裕のないかおはずっとしてる。
 我慢してるんでしょ、おれのフェロモン効いてるんでしょ、でも先に、おれの不安を取り除こうとしてくれてるんでしょ。
 確かに番の形跡なんてなくて、でもそれが完全に疑いを晴らせる訳でもなくて、もっと確認したいこととか、訊きたいこととか、あるんだと思う。
 でも今はタイミングが悪くて。
 本当にオメガってやだ。
 こんなだいじな時でさえ、躰があつくなっちゃうなんて。

 でもそのお陰で悠真さんがおれに気付いて、おれに会いたいと思って、おれの躰が反応して、悠真さんがおれを見つけてくれた。
 悠真さんがおれに触る切っ掛けを作った。
 ……おれが、避妊薬を止めたら。

「……悠真さんと一緒にいていいって、思ってもいいの……?」
「和音が俺を赦してくれるなら……一緒にいたい、いてもいい?」
「……っあ、赤ちゃん、ほしいとか思っても、おかしくない……?」
「……そうなら、嬉しい」
「違う、狡いの、おれ、赤ちゃんいたら、ゆーまさん、もっ、もう、おれから、離れられないんじゃないかとか、そんなこと、考えちゃうの、だめなのに、そんなこと、考えたらだめなのに、」
「俺もほしいよ、和音とのこども、俺も考えてた、……妊娠したらって。させてしまったらって。ねえ、和音が同じなら……待って、違う」
「えっ……」

 触れそうになった唇が離れて戸惑ってしまう。
 だってさっきも同じようなこと言ってたのに。違うって、なに。

「違う、順番、順番がちがう」
「……?」
「ほしいよ、赤ちゃん。でもその前に、和音がほしいの。和音だから、もう、俺、和音しか考えられないから」
「お、おれ、だって……」
「……結婚したいって言ったら、頷いてくれる……?」
「……!」
「勿論ちゃんと……その、ちゃんと言い直すよ、また、ふたりとも頭がはっきりしてる時に。でも、今も言っておきたい」
「……う、うん」

 息を呑んで、視線をあわせて、口元は笑って、でも瞳は熱を持っていた。
 ふざけてなんかない。

「和音がかわいくてたまんなくて……すきだよ、愛しいから、結婚したい、して、ほしい、それから……それから、こどもがほしい」

 こんな状態でプロポーズも何もないのかもしれない。
 でも、悠真さんがおれとそうしたいと思ってくれてるのが、たまらなかった。嬉しかった。
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