【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
110 / 124
7

110*

しおりを挟む
 まだかまだかと訊くおれに、もう少し、もう見えてるよと何度も落ち着かせるように返してくれる。
 駐車場に入って、車が止まって、着いたよ、とおれの方を向いて言う。
 それから、我慢出来ないよね、一回イっとこうか、と眉を下げて笑った。

「っん、う!」
「こんなとこでごめん、でもこの時間だと駐車場、誰も来ないと思うから」
「っ、コート、に、出ちゃっ……」
「大丈夫、いいよ、汚しちゃって」
「ッあ、ぅ、あ、ん……っ」

 ぎゅう、と悠真さんの手を掴んで、胸元にかおを埋めて達した。
 コートはそれを吸ってしまうことはない。お陰でコートの下と内ももの辺りがぬるぬるする。
 息を整えていると、悠真さんが動いて、それを視線で追ってしまう。
 今度こそキスだ、と思ったのだけれど、そうはいかず、その唇は額に落とされた。また。

 部屋まで連れていくね、と車から抱えて下ろされる。
 自分で歩くとは色々な意味で言えなかった。
 駐車場を歩きながら、エレベーターに乗りながら、出てきた時のように、誰にも会うことはないかとどきどきした。
 この状態で会ってしまったら言い訳も出来ない。
 大人しく悠真さんの首元にかおを埋めるけれど、それはそれで心臓が爆発してしまいそうなくらい、煩くなった。

 玄関が開けられて、どうする、歩く?と訊かれたけれど……やっぱり自分では歩けそうにない。
 でもここに来たのは発情期をどうにかする為じゃなくて、本当に悠真さんに他の番がいないか、痕跡がないかを探す為だ。
 もう既に、車内での悠真さんの態度に、嘘は吐いてないんじゃないかって思ってる。
 けど、やっぱり調べておかないのもこわかった。
 色々と足りなくてこんなことになってるんだから。不安を引き摺ったままでいるのはいやだ。

 ちゃんと、本当に、もっと、悠真さんをすきでいていい、すきになっていいと安心したかった。

「……靴箱、開けて」
「うん」

 靴棚には革靴やスニーカー、ブーツやサンダルが並んでいて、どれもサイズは同じくらいに見えた。
 でもサイズや好みがふたりとも似てるだけかもしれないし。
 廊下もリビングも、悠真さんのにおいと、芳香剤か何かのにおいがするだけ。
 おれからしたら悠真さんのフェロモンしか感じられない訳だけれど、あまり違和感はなかった。ただ、思い切り吸うと頭がくらくらしてしまうけど。
 基本的にすっきりとした部屋だった。
 小物なんかは殆どない。
 抱えられたまま、ゲストルームを覗く。
 言い訳のようにうちには弟妹がたまに泊まるくらい、と言う通り、そこにも違和感はない。
 シャワールームにも特段怪しいところはなく、歯ブラシも出されているのは一本のみ。
 棚の中には妹さん用だというシャンプー類が置いてあって、ほんの少しだけ、むっとしてしまったけど、花音や千晶くんを泊めるおれもそれは怒るとかだめとか言う権利はないし、言うつもりもなかった。
 仲の良いきょうだいならそれでいいじゃないか。

 寝室にはいる時は流石にいちばん緊張した。ごくんと唾を呑み込んでしまうくらい。
 開けられた扉の向こうにはベッドと棚とテレビがあるくらいで、やっぱりおかしいところはない。
 クローゼットも、と駄々を捏ねるように言うおれに従って開けられ、ここは冬物のコートなんかで、こっちは普段着、こっちはスーツであっちが夏物なんかを仕舞ってて……このスペースは弟妹の宿泊用のものだけど、和音がいやならもう泊まらせない、なんて説明に混ぜてとんでもないことを言う。

「いいよ、泊まったって」
「でも」
「いやじゃない、仲良しなんでしょ、おれだって、かのん、に、だめなんて言えないし……」
「……ちゃんと番がいない証拠になってる?」
「……わかんない」

 そう言ったおれに、悠真さんはまた不安そうなかおになった。
 やってないこと、ないものの証明は難しい。その証拠なんてほぼないようなものなんだから。
 だから、本人の態度とか行動を信じるしかないんだよね。

「つけてた指輪は……?」
「あれは……詮索避けっていうか……社会人になるとフリーだと目をつけられるって言われて……でも和音に再会してからは……まああれで嘘吐いちゃったんだけど、やっぱり和音に見られたくなくて外しちゃった」
「だから最初しかつけてなかったの」
「うん」
「……汚さない為かと思ってた」

 そんなに深く取られてたのか、とおれをベッドに下ろして、悠真さんは溜息を吐いた。
 じゃあ背中の爪痕は、と訊くと、多分和音のだよ、と言う。
 多分ってなに、と問うと、だって和音しか相手はいないし、と返された。

「でもおれ、悠真さんの背中、引っ掻いたりとか、してないもん……あんな痛そうなの」
「それはまだ記憶がある時でしょう、和音がトんだ時につけた爪痕だと思う」
「トんだ時……」
「最後の方、寝落ちする前とか、覚えてる?覚えてないでしょ?もっともっとって強請ってる時とか」
「ねだっ……!」
「その時だと思う、多分今は痕残ってないよ、見る?」

 前回の発情期からひとつきと少し。
 確かにおれが無意識につけていたのならもう治っていて、他の番としているのなら、まだ爪痕があってもおかしくない。
 ちょっと待って、と上着を脱ぐ悠真さんを固唾を呑んで見詰めた。
 悠真さんが動く度に甘いにおいが漂うのがわかる。
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...