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……瞳に掛かるくらい長かった前髪が、いや全体が、悠真さんの髪が、短くなっていた。
こんな時に、そんな悠真さんを見て胸がきゅうっとなるなんて、なんておめでたい頭と躰をしてるんだろう。
だって久し振りに会ったんだもん。番だから。まだ。だから心臓が煩くなっちゃうのは仕方ないんだ。
髪、切っちゃったの、と絶対に今言うべきタイミングではなかったことに気付く。間違えた。
悠真さんは困ったように笑って、おれのすぐ目の前にしゃがんだ。
視線が合う。
俺の家、来てくれるの、と訊いた悠真さんに、頷いた。
「じゃあ車の中で話……続き、してもいい?」
「え、あ、う、うん……?」
「千晶くんも来ます?」
「……んーん、かずねくんが自分で出てきたから、着いていかない」
千晶くんは寝室に入るとおれのスマホを持ってきて、それを握らせた。
何かあったらすぐに連絡して、住所は聞いたから、と。
「まっ、待って、たて、立てない、おれ、今……」
「少し待ったら動けるようになる?」
「……むり」
自分で証拠隠滅させない、今すぐ行く!なんて言っておいて。
でもこんなの、仕方ないじゃんか。
発情期で、こんな近くに悠真さんがいて、甘いにおいも充満して、そんなの、腰が抜けたって仕方ない。
「和音がもっと酷くなる前に連れていきたいんだけど……いい?」
「いい、って……」
「俺が連れてく」
そう言って、腕が広げられた。
だっこ。
そんな、こどもみたいな。駐車場までだっこなんて。
いや、でも、だっこ。ぎゅうってされたい。されたい、されたい、腕ん中、入りたい。
ゔ、ゔ、と奥歯を噛み締めて唸りながら考える。
飛び込みたい。
でもまだ悠真さんの真意がわからない。
なんでそんな嘘吐いたの?
そんなの関係ない、どうでもいい、番いないんでしょ、おれだけなんでしょ、じゃあ、その胸に飛び込んだって問題はないよね?誰の迷惑にもなんないよね?
でも、
うじうじぐだぐだ考えて、腕を伸ばしかけたまま動けない。
無理にでも連れてってくれたらいいのに。
おれに選ばせようとするから。
悠真さんのせいに出来ない。
「……和音が嫌なら、」
「いやじゃないっ……やだ、お、おればっかりっ、選ばせない、でっ」
「……でも俺が勝手にするのは」
「悠真さんならいいって言ってんのっ」
少し迷ったように悠真さんの指が動いて、それから膝を着いて、また少し、近付いた。それから薄手のコートを脱いで、おれに掛ける。
よく考えたらおれ、慌ててベッドから出てきたから下は何も履いてない状態、で……
「……!」
慌てて膝を抱えた。今更遅いけど、ふたりの前でなんていう格好をしてるんだ。
でも普段のように動けない躰では、ちょっと待って着替えてくるから、という訳にもいかずにただ隠すことくらいしか出来ない。
というかコート、汚れちゃう、服のように簡単に洗濯出来ないのに。今のおれ、めちゃくちゃ汚いのに。
脱がなきゃ、でも脱いだら恥ずかしい格好に戻ってしまう。
でもそれよりも何よりも、悠真さんの、におい。
たくさんの服ではないけれど、でも大きなコートに包まれるのも嬉しかった。
これ、ほしい。ほしいなあ……
「和音」
「……」
「……触ってもいい?」
「……ん、」
頬に長い指が触れて、その手のひらに擦り寄せてしまう。
「抱き締めても?」
「……うん」
極弱く、ふわりと腕が回った。
……そんな優しくじゃなくて、もっと強く抱き締めてほしい。
「俺の家、連れていっていい?」
「いきたい……」
こんなに近くで、なのにまだ濃くなるのかと驚いた。
甘いにおいで頭がぼおっとする。
なんでもいい、もう、なんでもいいから近くにいたい。
「これ、持ってて」
「……?」
「誰にも連絡取れないように……少しは信用してもらいたいから」
渡されたのは悠真さんのスマホだった。
コートのポケットに、自分のものと一緒に仕舞われる。
片方に纏めて入れるものだから、左側が重たくて肩が落ちる。
その袖に腕を通し、胸元をあわせて、その状態でおれを抱え上げた。
「鍵、お願いしていい?」
「あ、はい……」
千晶くんが頷いたけど、その表情を見ることができなかった。
悠真さんの肩に頭を置いて、その首元から感じるにおいに、もう頭が全然回らなくて。
ちゃんと話聞きたいのに、全てがどうでもよくなってしまって。
こうなるのがこわかったのに、もう本当に、全部どうでもいいの。
悠真さんがいたら、それだけでいい、なんでもいい、嘘でも我慢、するから。
玄関を出ようとする悠真さんの首に腕を回した。
驚いたように少し肩を震わせた悠真さんは、落とさないよ、と優しく言った。
違う。そんなことじゃなくて。
こっちの方がくっつけるから、抱き着いたんだけど。
「かずねくん」
「ん……」
「大丈夫だよ、……ゆっくりしておいで」
「……ウン……」
髪を撫でられて、やっと千晶くんの方を見れた。
……悠真さんを連れてくるなんて、って思ったけど。でもやっぱり千晶くんはいちばん、おれの辛さをわかってくれてたんだと思う。
外は通勤通学ラッシュも落ち着いていて、エレベーターで降りて駐車場まで、誰に会うこともなかった。
この格好は流石にまずいとわかっているけど、着替えたいとも言えなかった。
このコートを脱ぎたくなくて。
こんな時に、そんな悠真さんを見て胸がきゅうっとなるなんて、なんておめでたい頭と躰をしてるんだろう。
だって久し振りに会ったんだもん。番だから。まだ。だから心臓が煩くなっちゃうのは仕方ないんだ。
髪、切っちゃったの、と絶対に今言うべきタイミングではなかったことに気付く。間違えた。
悠真さんは困ったように笑って、おれのすぐ目の前にしゃがんだ。
視線が合う。
俺の家、来てくれるの、と訊いた悠真さんに、頷いた。
「じゃあ車の中で話……続き、してもいい?」
「え、あ、う、うん……?」
「千晶くんも来ます?」
「……んーん、かずねくんが自分で出てきたから、着いていかない」
千晶くんは寝室に入るとおれのスマホを持ってきて、それを握らせた。
何かあったらすぐに連絡して、住所は聞いたから、と。
「まっ、待って、たて、立てない、おれ、今……」
「少し待ったら動けるようになる?」
「……むり」
自分で証拠隠滅させない、今すぐ行く!なんて言っておいて。
でもこんなの、仕方ないじゃんか。
発情期で、こんな近くに悠真さんがいて、甘いにおいも充満して、そんなの、腰が抜けたって仕方ない。
「和音がもっと酷くなる前に連れていきたいんだけど……いい?」
「いい、って……」
「俺が連れてく」
そう言って、腕が広げられた。
だっこ。
そんな、こどもみたいな。駐車場までだっこなんて。
いや、でも、だっこ。ぎゅうってされたい。されたい、されたい、腕ん中、入りたい。
ゔ、ゔ、と奥歯を噛み締めて唸りながら考える。
飛び込みたい。
でもまだ悠真さんの真意がわからない。
なんでそんな嘘吐いたの?
そんなの関係ない、どうでもいい、番いないんでしょ、おれだけなんでしょ、じゃあ、その胸に飛び込んだって問題はないよね?誰の迷惑にもなんないよね?
でも、
うじうじぐだぐだ考えて、腕を伸ばしかけたまま動けない。
無理にでも連れてってくれたらいいのに。
おれに選ばせようとするから。
悠真さんのせいに出来ない。
「……和音が嫌なら、」
「いやじゃないっ……やだ、お、おればっかりっ、選ばせない、でっ」
「……でも俺が勝手にするのは」
「悠真さんならいいって言ってんのっ」
少し迷ったように悠真さんの指が動いて、それから膝を着いて、また少し、近付いた。それから薄手のコートを脱いで、おれに掛ける。
よく考えたらおれ、慌ててベッドから出てきたから下は何も履いてない状態、で……
「……!」
慌てて膝を抱えた。今更遅いけど、ふたりの前でなんていう格好をしてるんだ。
でも普段のように動けない躰では、ちょっと待って着替えてくるから、という訳にもいかずにただ隠すことくらいしか出来ない。
というかコート、汚れちゃう、服のように簡単に洗濯出来ないのに。今のおれ、めちゃくちゃ汚いのに。
脱がなきゃ、でも脱いだら恥ずかしい格好に戻ってしまう。
でもそれよりも何よりも、悠真さんの、におい。
たくさんの服ではないけれど、でも大きなコートに包まれるのも嬉しかった。
これ、ほしい。ほしいなあ……
「和音」
「……」
「……触ってもいい?」
「……ん、」
頬に長い指が触れて、その手のひらに擦り寄せてしまう。
「抱き締めても?」
「……うん」
極弱く、ふわりと腕が回った。
……そんな優しくじゃなくて、もっと強く抱き締めてほしい。
「俺の家、連れていっていい?」
「いきたい……」
こんなに近くで、なのにまだ濃くなるのかと驚いた。
甘いにおいで頭がぼおっとする。
なんでもいい、もう、なんでもいいから近くにいたい。
「これ、持ってて」
「……?」
「誰にも連絡取れないように……少しは信用してもらいたいから」
渡されたのは悠真さんのスマホだった。
コートのポケットに、自分のものと一緒に仕舞われる。
片方に纏めて入れるものだから、左側が重たくて肩が落ちる。
その袖に腕を通し、胸元をあわせて、その状態でおれを抱え上げた。
「鍵、お願いしていい?」
「あ、はい……」
千晶くんが頷いたけど、その表情を見ることができなかった。
悠真さんの肩に頭を置いて、その首元から感じるにおいに、もう頭が全然回らなくて。
ちゃんと話聞きたいのに、全てがどうでもよくなってしまって。
こうなるのがこわかったのに、もう本当に、全部どうでもいいの。
悠真さんがいたら、それだけでいい、なんでもいい、嘘でも我慢、するから。
玄関を出ようとする悠真さんの首に腕を回した。
驚いたように少し肩を震わせた悠真さんは、落とさないよ、と優しく言った。
違う。そんなことじゃなくて。
こっちの方がくっつけるから、抱き着いたんだけど。
「かずねくん」
「ん……」
「大丈夫だよ、……ゆっくりしておいで」
「……ウン……」
髪を撫でられて、やっと千晶くんの方を見れた。
……悠真さんを連れてくるなんて、って思ったけど。でもやっぱり千晶くんはいちばん、おれの辛さをわかってくれてたんだと思う。
外は通勤通学ラッシュも落ち着いていて、エレベーターで降りて駐車場まで、誰に会うこともなかった。
この格好は流石にまずいとわかっているけど、着替えたいとも言えなかった。
このコートを脱ぎたくなくて。
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