104 / 124
7
104*
しおりを挟む◇◇◇
「……ぅあ……?」
躰のあつさに、自分の息の荒さに、ゆっくりと瞼が開いた。
暗い。
何時だ、と腕時計を見ると、夜の十時。智子先生に処方された薬には睡眠薬もあった。
だからとはいえ寝すぎじゃないか、と起こそうとした躰が動かなかった。
頭がくらくらする。
はあはあと自分の息が聞こえる。
……お腹がずくずくする。なんで今、あれ、おれ、これ、ヒート?
なんで?
病院には行ったけど、今のおれには他のアルファのフェロモンは効かない、だから誰かから貰った訳じゃない。
アプリだって何の反応もなかった、発情期にもまだ少し、早い、筈……
「ンっ……」
少し身動ぎしただけで、じわ、と下着の中が濡れた感覚がした。
おかしくなってるのよ、と智子先生が言ったことを思い出す。ストレスのせいで、躰が狂っちゃったのだろうか。
でもこんなに早くおかしくなっちゃうものなの?
三ヶ月周期になるどころか、折角少し延びた筈の周期が短くなってる。
前みたいに悠真さんのフェロモンを浴びてしまったから急にヒートになってしまった訳じゃない。
ぞお、と背中が寒くなった。
毎回周期がおかしくなったら。早くなったら。
仕事どころじゃないし、それより、おれ、我慢出来ると思ってたけど、そんなに頻度が高くなっちゃったら。
「……っあ、う」
どうしよう、あ、千晶くん、に、連絡しなきゃ。
電話、するって言ってた、もう十時なら、電話、もうしてくれたかも。出てなかったら部屋、来ちゃうかも。
来ないでいいよって、言わなきゃ……電話、しなきゃ。
しなきゃって思うのに。
自身に触れることは出来るのに、枕元のスマホには手が伸ばせない。
あ、あ、下着、脱ぎたい、だめ、あ、また汚しちゃう、
そこでピコン、と通知音が鳴った。
すぐかおの横に置いてあったスマホの画面には発情期を知らせる通知が届いていて、今更かと少し笑った。
このアプリはだめだな、後で消そう。
やっぱり前使ってたやつの方が良かったかもしれない。
その通知を消したついで、に、千晶くんに電話を掛ける。
メッセージを打つことは出来そうにないから、電話の方が早いと思って。
電話口の千晶くんは早いねと、大丈夫かと焦っていたけど、辛さはよくわかってくれてる。何かあったら連絡して、と早々に電話を切らせてくれた。
悠真さんにも連絡しなきゃ。
そう思って慌てて違う、と首を横に振った。
必要ない。というか連絡先なんてもう消してしまってる。
ひとりで我慢するって自分で決めたことでしょ。
「ふ、ぅ……ン、ん、あっ……」
……本当に、あの玩具、捨てなければ良かった。
指じゃあ、足りない。
◇◇◇
薬を使ってでもたっぷり寝てしまったからだろうか。
いつもなら寝落ちしてしまってるだろう数時間後も、まだおれは自分で自分を慰めていた。
上も下も触り過ぎてひりひりじんじんする。見下ろすと紅くなっててかわいそうなくらい。
それなのに指先は止められなくて、痛い、と気持ちいい、が同時に来る。
そこから離れるとじんじんと痛くなるだけなんだけど。
悠真さん、なんて言ってたっけ。
皮膚が薄いとこなんだから、優しくって……無理だよ、自分じゃ加減出来ない。
だって触らなきゃ気持ちよくなれないんだもん。
痛いのに、でも触らなきゃイけなくて、イかなきゃ治まらなくて、でもどれだけイってもヒート中の躰は足りない。
足りない。
気持ちいいのも、甘いのも、あついのも、あのにおいも、全部足りない。
我慢しなきゃってわかるのに、頭の中がいっぱいになってしまう。
苦しい、イきたい、イきたい、悠真さん。
袋から服を取り出してしまいたい。ぎゅってしたい。においを感じたい、包まれたい、安心したい、安全なとこ、いきたい。
でもそれをしちゃったらもう終わりだ。
一枚だけなんてきっと我慢出来ない、全部袋から出しちゃう。
そしたら、まだ始まったばかりの発情期、明日から数日、どうするの。
数ヶ月後の発情期は?
その次は?
……あれ、そうか、ずっと我慢しないといけないのか。
ずっとひとりで。
「う、ぁう、ゔー……っ」
いやだ、こわい。
ひとりはやだ。
かのん、ちあきくん、お父さんお母さん、さとこせんせ、やだ、いやだ、近くに来たってこんなの誰にも頼れない。
悠真さんしか、いないのに。
やっぱりにばんめでもいい、近くにいたい。触ってほしい、声が聞きたい。
やだ、だめ、だめだ、そんなこと考えちゃうから離れたのに。逃げたのに。
意思が弱い。
でも、だって、こんなの、こわくて、我慢なんて、
「ゆーまさん……っ」
……開けてしまった。
袋からはほんの少し、甘いにおいがする。
シーツで汚れた手を拭って、シャツを取り出す。
すん、とにおいを吸うと、少しだけ落ち着けた気がした。
一ヶ月以上も経つと、密閉していても流石ににおいは薄い。
それでもずっと我慢していたからかな、そんな薄いにおいでも、頭が溶けてしまいそうなくらい痺れてしまう。
だいじに取っておいたってにおいが消えてしまうなら、もういっか、全部出しちゃおう。
最初で最後の巣作りだ、……巣作りという程の枚数なんてないけど。
そう全部出しておきながら、汚すのはこわくて。
頭の周りにだけ、それを敷いた。唾液で汚さないように、自分の服の裾を噛んで。
119
お気に入りに追加
3,086
あなたにおすすめの小説

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。

花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m





Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる