【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 悠真さんには番がいる。
 それはどうしようも出来ないことだった。
 おれが後から彼との契約を解除しろなんて言えない。
 彼の一生を壊す権利はおれにはない。その犠牲を元にいちばんになれたって嬉しくない。それこそ一生引き摺ることになる。
 でもだからといって、ずっとにばんめでいるのは苦しかった。
 誰かを愛する悠真さんを想像したくない。
 離れるなら、ただ我儘なおれが離れるのが正しいのだ。

「ストレスだと思うわ、今のこの状況は」
「ストレス……」
「鬱になる手前よ、貴方」
「……おれが?」

 まだひとつきしか離れてない。
 悠真さんと会うまではひとりで平気だったし、番になってからは二ヶ月近く会わなくたって大丈夫だった。いや、大丈夫ではなかったかもしれないけど、こんなに体調不良になんてならかった。

「発情期には会う約束をしていたんでしょう、事実会っていた、だから耐えられていたのよ。今はもう番を解除するとわかっているから……だからおかしくなってるの」
「……」
「和音の躰は嫌だって言ってるのよ、不安だって、会いたいって」
「でも、もうちょっと我慢したら、忘れられるし……」
「……そんな訳ないでしょう」

 そんな訳ない、出来る、出来る筈だ、だって別に、悠真さんを縛り付けたい訳じゃない。
 そんなオメガになりたかった訳じゃない。
 耐えられる、ひとりだって。

「無理に連絡を取ることは確かに私には出来ないわ、けどもう一度話をするのを勧めます、医師としてね。本音としては、首根っこ掴んででも話をさせたいところよ」
「だって、会いたくない……」
「何か酷いことでもされたの、暴力とか」
「そんなことない、優しい……優しいから、会いたくない……」

 だって会ったらまた優しくされたくなる。
 またにばんめでいいや、って思ってしまうのも、やっぱりいやだって思ってしまうのもこわかった。
 おれはおれが、結局自分がいちばんだから、自分だけを選んでもらえないことが、いやなんだ。
 そしてそう思ってしまう自分がいや。

「……あいたくない、」

 そんなのは嘘だ、ただの強がり。
 会いたい。
 本当は、おれのこと、探してくれないかなって思ってる。
 だから花音たちを言い訳にして、前の部屋からそんなに離れてないところに隠れたりなんかして。
 調べようとしたら簡単に見つけられるようなところにいたりして。
 実家も会社も花音の部屋もきっとすぐに調べられる、おれに行き着くのもそんなに時間はかからないだろう。
 多分、心の底ではそうわかってて近くを選んだ。
 だって悠真さんが来てしまったのなら仕方ない。おれは悠真さんにきっと勝てない。
 またずるずると同じように、前の生活に戻ると思う。
 悠真さんがそうしたいなら仕方ない。おれは悪くない。もうひとりに罪悪感なんて持たないでいい。だって悠真さんがおれを迎えに来たから。

 そんな言い訳をして、悠真さんを悪者にして、何でもないかおで戻るんだ。
 オメガだから仕方ないでしょ、番に、アルファに勝てる訳ないでしょって。
 ……卑怯者。


 ◇◇◇

 暫くうちに来る?と訊いてくれた千晶くんに首を横に振った。
 連日の迷惑は掛けられない。
 引っ越し前後に昨日に今日まで。千晶くんだって番のいるオメガで、花音と一緒にいたい筈だ。

 花音のフェロモンは元よりおれに効きにくくて、更に番を作ってしまったおれには感じない筈だった。
 でもなんというか、フェロモンとはまた違うもの、ただのアルファとしての圧なのかな、そういうものは弱った時に感じてしまうみたいで、それだけは少し、苦手だった。
 どうやったって勝てないとわかってしまうから。
 だからこの弱ってる今、花音のにおいの強い部屋に行くのは躊躇われる。
 おれの部屋に来てもらうのも同様。でもまさか千晶くんだけ来いとは言えないし。
 そんなことをぐるぐる考えるなら、ひとりの方がましだった。

 ストレスがなんだ、我慢すればどうにかなる。
 今まで大丈夫だった。
 おれは悠真さんに捨てられたんじゃない、自分から選んで離れたんだ、不安じゃない、会いたいけど、会いたくない。
 大丈夫、大丈夫、何にもならない、だいじょうぶ。

 部屋まで送ってもらって、すぐにベッドに潜った。
 まだお昼だけど、こういう時は寝ればいい。寝たら考えなくて済む。まだ食欲はない、だめだとわかってはいるけれど薬だけ流し込んだ。
 ぐるぐると考えるからだめなんだ。
 ……そんな逃げ方、いつまでも出来ないのはわかっているけど、それ以外の逃げ方なんて、わかんないし。

 眠りにつく直前、千晶くんが傍に来て、昨日の残りのシチューもあるし、他にも作ったからお腹が空いたら食べてね、と言う。
 夜、また電話するね、さみしかったら呼んで。近いから何時でも来れるから。うちに来てもいいからね、何か食べたいものがあったら教えて、おやすみ。
 うとうとするおれに布団を掛け直し、髪をひと撫でして千晶くんは寝室から出ていった。
 それから少しして、玄関の閉まる音。

 いつも心配させてばかりだなあと思う。
 おれのただの我儘に、千晶くんを巻き込んでしまってるのもわかってる。
 おれが大人しく、我慢してればよかっただけの話なのかもしれないけど、結局いつも我慢出来なくて……ごめん。
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