【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◇◇◇

「花音から連絡が来たわよ、和音がおかしいって……言ってないのよね、あの子には」

 千晶くんを待たせ、ひとりで診察室に入ると、智子先生までおれを見て呆れるように溜息を吐いた。
 ちゃんと鏡見てる?なんて、そんなに酷いかおをしてるだろうか。
 頬に触れる。確かに最近またちょっと痩せちゃったけど。でも病的ではないと思うし、ご飯だっておやつだって、発情期の時より全然食べられるし、美味しいし。
 熱もないし、ちゃんと寝てるし。隈だってないし。

「引っ越したんですって?」
「うん……」
「で、スマホも壊れたから新しい連絡先ってこないだ送ってきたわよね」
「うん……」
「で、引っ越し先は花音と同じマンション、に、ひとり」
「うん」
「そりゃおかしいわよね、何したの和音」

 じっとおれの瞳を見ながら智子先生が詰める。
 流石に連絡先まで変えるのは怪しかったか。
 だって悠真さんを着拒するだけは心許なくて、どうせおれの連絡先なんて知ってるのは数人だけだし、気持ちの整理をする為に全部変えちゃおうと思って……

「例の番はどうしたの」
「ええと、か、解除、してもらおうと思って、そう、お願いはして」
「和音!」

 呆れていただけの声が一転、怒ったような叫ぶような声を出した智子先生に、背を向けていた看護師がびくりと肩を震わせて振り向いた。
 それに気付いた智子先生が、ああごめん、この子と話するから席を外してもらっていい、とその看護師を追い出し、おれとふたりきりになる。
 その時間ももどかしいように、貴方わかってるの、とまた向き直った。

「番の解除なんてそんなもの、滅多にしないわよ」
「うん」
「する必要がないからよ、放っておけばいいだけだもの」
「それは……そうかもしれない、けど」

 番の解除をしたところで、噛まれる前に戻る訳じゃない。
 オメガはもう元には戻らない。
 アルファはまた番をつくることは出来るけど、オメガはもう番を作ることは出来ないのだ。
 同じように発情期は来るし、誰にもフェロモンは通じない。
 そう、誰にも。元の番にも、誰にも通じない。
 つまりずっとひとり。
 誰にも頼れず、ひとりであの発情期を耐えるのだ、一生。

 でもそれこそ噛まれる前と変わらない。
 元々おれはひとりだったし、番を作る気もなかったし、躰だけの関係を持つ気もなかった。
 でも悠真さんを知ってしまったから。
 躰は勝手に求めるかもしれない、だから。
 番じゃなくなったら、それもなくなって、本当にひとりに戻れるかなって。

「……こんなに馬鹿だと思わなかった」
「失礼な、いっぱい考えたんだけど」
「馬鹿よ、甘く考え過ぎ、なんで先に相談しないの、花音たちには言えないんでしょう、それならなんで私に相談しないの、そんなこと勝手にするなら最初から家族に全部話して置けば良かった……」
「智子先生はそんなことしないから話したんじゃんか」
「……そんな信頼、今はいらないのよ」

 貴方は私の患者だけど、それ以上に甥のようにかわいい子なのよ、と呟く。
 そんな子が不幸になるところなんて見たくないと。

「……その相手はもう解除したの?」
「知らない、お願いはしたけど。解除されたらどうなるかもわかんないし」
「止めるようにすぐ連絡しなさい」
「無理、連絡先知らない」
「……穂高グループの長男だったわよね」
「えっ、勝手に連絡しないでよね」
「するわよ」
「したらもう智子先生んとこ来ない!他のとこ行く!」
「そんなこどもみたいなこと言うんじゃないの!」
「いやだ、絶対会わない!」

 和音!とぴしゃりと叩きつけるような声はまさしく母親のようなもの。
 聞きなさい、とおれの頬を両手で挟んで視線をあわせる。
 いつまでもこどものように逃げないの、と。

 こどもじゃない、だから逃げたのに。
 なんで皆そんなに番の話ばっかり。
 番なんてなくても生きていける。そりゃあおれは家族に頼りっぱなしの温い生き方してるけど。

「花音も私も、貴方のことがかわいいの。わかってるわよね、それは」
「……ん」
「貴方から話を聞いてない両親だって気にしてるのよ、和音のこと。私たちが皆和音のこと愛してるのがわかるから甘えちゃうのよね」
「……」
「いちばん心配してるのよ、オメガだからじゃない、貴方がいちばん不安定な子だから。自分のことを、わかってない子だから。私が悪いのよね、あんなに簡単に番を作れなんて言っちゃったから」
「智子先生のせいじゃあ……」

 ぎょっとした。
 智子先生の瞳が潤んでいたから。
 あのはきはきとした智子先生が。いつもきりっとしていた智子先生が。おれのことで泣きそうになってる。

「貴方の一生を歪めてしまった」
「違う、おれが、おれが負けたから、か、噛んでって言っちゃったから」

 だってあの時は悠真さんしか見えなくて。

「噛んでもらえて、嬉しかった、し……」

 ぼた、と先に涙を零したのはおれの方だった。

 嬉しかったし、しあわせだった。
 だから、悠真さんを選んだことに後悔はしてない。 
 他のひとじゃなくて、良かった。

「悠真さん以外じゃいやだった」

 だからだめなんだよ、悠真さんじゃ。
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