【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

文字の大きさ
上 下
101 / 124
7

101

しおりを挟む
 歯を磨いて、ベッドに入って。
 発情期並におれ、寝かされてるなって思ったけど。
 でも何にでも睡眠は必要だ。躰にも、心にも。

「千晶くんここで寝る……?」
「うーん、本当はソファで寝ようと思ってたんだけど、そういえば捨てたって言ってたもんね」

 どうしようかな、と言う千晶くんに、早々に捨てて良かったと思う。
 あんな汚れたソファにひとを寝かす訳にいかない。
 一応、客用布団も用意はしてるけど。

「……一緒に寝ればいいじゃん、大きいし」

 シーツだって新しいものにしたし、大丈夫な筈。
 千晶くんは少し考えて、まあそうだね、と笑った。
 三月の夜はまだ寒い。
 布団をしっかりと掛けて、少し離れた隣の体温を感じた。

 誰かと一緒の布団に入るなんて、家族以外は悠真さんと千晶くんだけ。
 ともだちと一緒に寝た経験も、こいびとやそれに準ずるものもいたことはないから。
 これが友人の正しい距離なのかはわからないんだけど、安心するひとが近くにいるのが今は嬉しかった。

「かのんちゃん、明日朝こっちに来るって」
「そう、ケーキ食べに?」
「うん、ふふ、朝なら何食べても大丈夫だから、仕事前にたくさん食べてくって」
「元気だなあ」

 誤魔化すように、おれも明日、悠真さん電話しようかな、なんて言って、次の言葉に詰まった。
 連絡先も消したのに、何言ってるんだろ、おれ。
 黙ってればいいのに。誤魔化す為の嘘って結構、心にくる。

「……千晶くん、気付いてるよね」
「……」
「おかしいってわかってるから、こんな……かのん抜きでご飯とか……泊まるのなんて、初めてだし」
「……何にも知らないよ、僕は」
「じゃあなんで訊かないの」

 それは千晶くんの優しいところで誠実なところで寛容なところだ。
 わかってるのに、つい責めるような口調になってしまった。
 こんな物言い、花音になら喧嘩になってるところだ。

「かずねくんからじゃなきゃ、本音じゃないでしょう」
「……」
「無理に訊くより、かずねくんが話したいと思った時に話してほしいよ」

 柔らかく触れる手が、髪を撫で、目元を拭った。
 強い口を利いてしまう時、つい涙が出てしまう。感情がコントロール出来ない。
 泣いてるとわかったら、そのままぼろぼろと涙が零れた。
 何だろう、おかしくなってる、躰も心も。ちゃんと寝なきゃ、回復出来ない。
 いや、寝たってこれはどうしようも出来ないのかもしれない。
 ずっとずっとずっと、苦しくてさみしい。ひとりで抱えられない。
 前までちゃんと、我慢出来ていたのに。

「ゆ、ゆうまさんと、つが、つがい、止める、やめた……」
「……どうして?」
「……かのんにゆわないで、おねがい」
「うん、言わない、大丈夫だよ」

 ぎゅう、と抱き締められると、余計にこどものように嗚咽混じりになってしまう。
 まだ発情期じゃない、同じオメガの千晶くんにヒート状態にはならない。なのにずっと、心が暴走してるようで、自分では止められなかった。
 やっぱりもう、ひとりは限界だったのかも。
 智子先生には言えないことも、きっとわからないこともあると思ってた。
 智子先生はちゃんとおれのことを、患者のことをわかろうとしてくれてる。それはちゃんと知ってる。
 でも本当に感じた絶望は想像なんかじゃなくて、きっと同じ性別のひとにしかわからない。

 千晶くんが頭や背中を撫でる。
 かおが見えないことで饒舌になってしまった。
 あの日会ってしまって、他に番がいた方が都合が良いからと噛んでもらった、にばんめにしてもらった。
 それでよかった筈なのに、すきになってしまった、自分の、自分が、悪い話。
 千晶くんは相槌だけを打って、ただ聞いてくれた。
 最後にぽつりと、悠真さんに会いたい?とだけ、訊かれた。
 ……そんなの、会えるなら会いたいけど。
 でも会ってしまったらおれの行動は無意味になってしまう。
 またあの日に戻ってしまう。
 悠真さんの為じゃない。
 番の為じゃない。
 おれはそんなに出来た人間じゃない。
 ただおれが、あの気持ちにもうなりたくないだけ。

「会いたくない……」

 千晶くんはおれを宥めるように抱き締めたまま、そうかあ、と呟いて、じゃあ僕はかずねくんの味方だからね、と言った。


 ◇◇◇

「ひっどいかお、……もう、あんた今日智子先生のとこ行きなさい」
「え、なんで」
「千晶くん後で連れてってくれる?」
「うん」
「いやおれのことでしょ」

 朝、仕事前の朝食にとケーキを食べに部屋に来た花音は遅れてリビングに来たおれを見ると眉を顰めて、千晶くんに指示を出した。
 別にまだ避妊薬もあるし、効かない抑制剤は飲む意味ないし、困ったこともない。風邪すら引いてないし。
 おれの体質的に、定期的においでとは言われているけどまだ行かなくたっていい筈だ。
 そう唇を尖らせると、同じように少し怒ったかおをして、わたしに余計なことをされたくなければ言うことを聞いて、と言う。
 花音は暴走型……行動派だ。
 以前調べた悠真さんのことを持ち出されると困る。
 余計なことをされる前に仕方なく頷くしかなかった。
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

処理中です...