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あの時の悠真さんを思い出して、胸がきゅうう、とした。
会いたくなってしまう。馬鹿。なんで思い出そうとしてんの。
忘れる為に思い出すなんて、まだ思い出にするには早過ぎたかな。
「鶏肉とベーコンどっちがいい?」
「とりにく……」
「ブロッコリー入れる?」
「いれる……」
「しめじは?」
「いれない……」
訊かなくてもわかってる筈なのに。食べなきゃだめだよ、とお願い聞いてくれない時もあるのに。
今日は甘やかしてくれるようだ。
「千晶くん」
「うん?」
「……すき」
「うん、僕もすきだよー」
じゃれるような笑い声だった。
嘘じゃない、本音だ。けれど多分、本当に言いたかったひとには、もう言えないんだよなあ……
甘えるように千晶くんにくっつくと、後は煮るだけだから座っててもいいよ、と言われたけれど、やっぱり近くにいたくて首を横に振る。
振り返った千晶くんはおれの頭を撫でると、甘え方そっくりだなあと微笑んだ。
◇◇◇
美味しかった、ごちそうさま、とスプーンを置くと、千晶くんはにこにこしながら、じゃあお風呂どうぞ、と言う。
いや、流石に皿洗いくらいはおれがする、それくらい出来る。
そう返すおれに、千晶くんは今日はかずねくんを甘やかす日だから、と手元から食器を奪い、上がるまで待ってるから入っておいで、と柔らかく笑った。
「ほんと?」
「うん、上がったら甘いものでも食べようか」
「やった」
まるきりこども扱いなのだけど、それはそれで居心地がいい。許されているようで。
さっとシャワーを済ませ、千晶くんの所へ戻ると、お湯張ればよかったのに、と苦笑されてしまった。
「だって千晶くん待たせてるから」
「待ってるって言ったのに。部屋が近くなるとゆっくり出来るね」
「ゆっくり……」
「……今日泊まって行こうか?」
「えっ」
「さっきかのんちゃんから連絡が来て。叔母さんの家に行くって。だから帰り遅くなるか、泊まってくるかもー、って」
「いいの?」
「うん」
じゃあ千晶くんもお風呂入ってきて、着替え、大き目のあるからそれを出すよ、とクローゼットまで走った。
確か、思ってたよりサイズが大きかった寝巻きがあった筈。
おれには大きくて、悠真さんには小さいくらいの。
……いや、なんでここで悠真さんが出るかな。
慌てて首を振って、買い置きの新しい下着と一緒に千晶くんに渡した。
同じマンションなんだから、着替えもお風呂も一度戻ればいい話なんだけど、なんだかそれはさみしかった。
だって戻ってこないかもしれないし。
おれのそんな、馬鹿みたいな不安にも気付いたのかな、千晶くんは何も突っ込まず、その着替えを受け取って風呂場へ向かっていった。
千晶くんだけのお泊まりは初めてかもしれない。
いつも花音が一緒か、おれが泊まりに行ってたし。
嬉しいな、今日はさみしくならなくて済む。暗い部屋で、思い出してひとりで不安に怯えなくて済む。
ドライヤーの音がして、よし、お茶でも用意しよう、と立ち上がる。
甘いのってなんだろ、アイスかな、ケーキかな。
緑茶と紅茶、どっちがいいかな、と冷蔵庫を開ける。
その中を見て、一瞬、手が……躰が止まってしまった。
あのケーキ屋の箱が入っていたから。
いや、この辺のケーキ屋といえば、そこがいちばん有名で、近いから。
だからそこを選ばれたってなんの不思議もないんだけど。
だけど。
悠真さんが差し入れしてくれるまで食べたことはなかったし、なんで、今……
「あ、先に見ちゃった?」
「!」
冷蔵庫が開けっ放しの警告音を出し、後ろから千晶くんの声がする。
近付いた千晶くんがその箱を取り、冷蔵庫を閉めた。
「前かのんちゃんと言ってたでしょ、食べてみたいけど並ぶ程では~、って。今朝かのんちゃん送っていった帰りに珍しく空いてて。今だ~って思って買っちゃった」
どれでも食べていいよ、と広げられた箱の中には、ケーキとプリンが幾つか並んでいる。
いちごやチョコの定番のケーキと、あの日食べさせてもらったものと同じプリン。
食べたかったけど、美味しかったけど、でももうおれの中では悠真さんのことしか思い出せないもの。
「お茶淹れるね、紅茶でいい?」
「……ん」
座ってて、と言われるがまま椅子にすとんと腰を下ろす。
プリンから視線が逸らせなかった。
お湯の沸く音、注ぐ音。
すぐにカップがふたつ運ばれて、それを目の前に置くと、千晶くんは向かいではなく横に座った。
「どれ食べる?何個でも食べていいよ」
「……プリン、」
「すきだもんねえ、ここのプリンもよく売れるんだって。僕もこれにしよ」
蓋を取って、はい、とスプーンと一緒に渡された。
そのプラスチックのスプーンで掬い、口に入れる。もう知ってる、とろとろの甘いプリンだ。
美味しい。
美味しいんだけど。
おれが食べたいのは悠真さんがおれの為に作ったやつなんだ。
「……っ、おいしい」
「……他のも食べる?」
「今はいいやあ……」
「そっか、じゃあ明日食べよっか、かのんちゃんも食べるだろうし」
涙声になったおれに、千晶くんは触れない。
寄り添ってくれるだけだった。
おれが手を差し出すまでは。
会いたくなってしまう。馬鹿。なんで思い出そうとしてんの。
忘れる為に思い出すなんて、まだ思い出にするには早過ぎたかな。
「鶏肉とベーコンどっちがいい?」
「とりにく……」
「ブロッコリー入れる?」
「いれる……」
「しめじは?」
「いれない……」
訊かなくてもわかってる筈なのに。食べなきゃだめだよ、とお願い聞いてくれない時もあるのに。
今日は甘やかしてくれるようだ。
「千晶くん」
「うん?」
「……すき」
「うん、僕もすきだよー」
じゃれるような笑い声だった。
嘘じゃない、本音だ。けれど多分、本当に言いたかったひとには、もう言えないんだよなあ……
甘えるように千晶くんにくっつくと、後は煮るだけだから座っててもいいよ、と言われたけれど、やっぱり近くにいたくて首を横に振る。
振り返った千晶くんはおれの頭を撫でると、甘え方そっくりだなあと微笑んだ。
◇◇◇
美味しかった、ごちそうさま、とスプーンを置くと、千晶くんはにこにこしながら、じゃあお風呂どうぞ、と言う。
いや、流石に皿洗いくらいはおれがする、それくらい出来る。
そう返すおれに、千晶くんは今日はかずねくんを甘やかす日だから、と手元から食器を奪い、上がるまで待ってるから入っておいで、と柔らかく笑った。
「ほんと?」
「うん、上がったら甘いものでも食べようか」
「やった」
まるきりこども扱いなのだけど、それはそれで居心地がいい。許されているようで。
さっとシャワーを済ませ、千晶くんの所へ戻ると、お湯張ればよかったのに、と苦笑されてしまった。
「だって千晶くん待たせてるから」
「待ってるって言ったのに。部屋が近くなるとゆっくり出来るね」
「ゆっくり……」
「……今日泊まって行こうか?」
「えっ」
「さっきかのんちゃんから連絡が来て。叔母さんの家に行くって。だから帰り遅くなるか、泊まってくるかもー、って」
「いいの?」
「うん」
じゃあ千晶くんもお風呂入ってきて、着替え、大き目のあるからそれを出すよ、とクローゼットまで走った。
確か、思ってたよりサイズが大きかった寝巻きがあった筈。
おれには大きくて、悠真さんには小さいくらいの。
……いや、なんでここで悠真さんが出るかな。
慌てて首を振って、買い置きの新しい下着と一緒に千晶くんに渡した。
同じマンションなんだから、着替えもお風呂も一度戻ればいい話なんだけど、なんだかそれはさみしかった。
だって戻ってこないかもしれないし。
おれのそんな、馬鹿みたいな不安にも気付いたのかな、千晶くんは何も突っ込まず、その着替えを受け取って風呂場へ向かっていった。
千晶くんだけのお泊まりは初めてかもしれない。
いつも花音が一緒か、おれが泊まりに行ってたし。
嬉しいな、今日はさみしくならなくて済む。暗い部屋で、思い出してひとりで不安に怯えなくて済む。
ドライヤーの音がして、よし、お茶でも用意しよう、と立ち上がる。
甘いのってなんだろ、アイスかな、ケーキかな。
緑茶と紅茶、どっちがいいかな、と冷蔵庫を開ける。
その中を見て、一瞬、手が……躰が止まってしまった。
あのケーキ屋の箱が入っていたから。
いや、この辺のケーキ屋といえば、そこがいちばん有名で、近いから。
だからそこを選ばれたってなんの不思議もないんだけど。
だけど。
悠真さんが差し入れしてくれるまで食べたことはなかったし、なんで、今……
「あ、先に見ちゃった?」
「!」
冷蔵庫が開けっ放しの警告音を出し、後ろから千晶くんの声がする。
近付いた千晶くんがその箱を取り、冷蔵庫を閉めた。
「前かのんちゃんと言ってたでしょ、食べてみたいけど並ぶ程では~、って。今朝かのんちゃん送っていった帰りに珍しく空いてて。今だ~って思って買っちゃった」
どれでも食べていいよ、と広げられた箱の中には、ケーキとプリンが幾つか並んでいる。
いちごやチョコの定番のケーキと、あの日食べさせてもらったものと同じプリン。
食べたかったけど、美味しかったけど、でももうおれの中では悠真さんのことしか思い出せないもの。
「お茶淹れるね、紅茶でいい?」
「……ん」
座ってて、と言われるがまま椅子にすとんと腰を下ろす。
プリンから視線が逸らせなかった。
お湯の沸く音、注ぐ音。
すぐにカップがふたつ運ばれて、それを目の前に置くと、千晶くんは向かいではなく横に座った。
「どれ食べる?何個でも食べていいよ」
「……プリン、」
「すきだもんねえ、ここのプリンもよく売れるんだって。僕もこれにしよ」
蓋を取って、はい、とスプーンと一緒に渡された。
そのプラスチックのスプーンで掬い、口に入れる。もう知ってる、とろとろの甘いプリンだ。
美味しい。
美味しいんだけど。
おれが食べたいのは悠真さんがおれの為に作ったやつなんだ。
「……っ、おいしい」
「……他のも食べる?」
「今はいいやあ……」
「そっか、じゃあ明日食べよっか、かのんちゃんも食べるだろうし」
涙声になったおれに、千晶くんは触れない。
寄り添ってくれるだけだった。
おれが手を差し出すまでは。
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