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「お腹……すいた、けど、……何食べたいのか、わかんない……」
悠真さんの作ったのが食べたい。プリンがいいな、それおやつだよってまた笑われるかなあ。
「……そっかあ、じゃあ僕が食べたいものにしようかなあ、シチューとかどう?クリーム煮とか、そういうの食べたいなって。今日結構寒いじゃない」
「……食べてくの?」
「だめ?」
「だめじゃない、けど、かのん、」
「今日は遅くなるみたいだから」
じゃあそれなら、と頷くと、千晶くんはじゃあここで待ってて、作ってくるね、とベッドから立ち上がった。
待って、とその袖を引くと、一緒に作る?と訊かれたので、思わず頷いてしまった。
ただ近くにいたかっただけなんだけど。
なら野菜の皮剥きでもしてもらおうかな、とおれの手を引いた。
そのまま廊下を歩きながら、千晶くんは笑った。
今日泊まってっちゃおうかな、と。
「かずねくんが良かったら、なんだけど」
「いい、けど、おれは……でも、かのん……いや、千晶くんはいいの」
「いいよお、発情期終わったばっかだし、たまにはかのんちゃん抜きで話してもいいよね」
かずねくんはもう僕の弟みたいなものだし、とおれの頭を撫でた。
キッチンに着くと、おれにエプロンを着させ、冷蔵庫から野菜を取り、はい皮剥き担当お願いね、とピーラーと共に渡す。
おれだって千晶くんのことはもう兄みたいなものだと思ってるし。同い年だけど。
千晶くんは穏やかで優しいひとだ。
家族とは縁を切っているらしい。だからこそ余計に、僕の家族、と花音をだいじにしてくれている。おれや両親も。
何があったのかはおれは訊けてない。良い話ではないのはわかるから。
……こんなに優しいひとなのに、オメガという性のせいで不遇なひとは多くいる。
それはおれだって身を持って体験している。こんな躰を、その生活を支えるのは大変なものだとわかる。おれはただ家族に恵まれただけ。
でもそんなの、おかしいともわかってる。だっておれたちは望んでこんな躰に生まれた訳じゃない。
「……人参がったがたになっちゃった」
「切るから大丈夫」
「うん……ありがとね、千晶くん」
千晶くんの指先が触れる。
少しもどきっとはしない。もう家族だから。
そんなに簡単に心臓は反応しない。
「かのん怒らないかなあ」
「えー?」
「千晶くん独り占めして」
「寧ろ僕の方が言われるかも、帰るといつもいいなあって言われるから」
「過保護だよね、もういい歳なのに」
「いいんだよ、僕だってかのんちゃんだってかずねくんの傍にいたいんだよ、頼りにされると嬉しいの。だから、時と場合によって僕とかのんちゃんを選んでくれたらいいんだよ」
今は僕の方が気が楽でしょ、と今度はじゃがいもを渡してきた。
うん、まあ、そう。
花音には話せない。荒れるのがわかっているから。
勘がいいから変に探られるのも困る。
千晶くんなら、相談、してもいいかなあ。
いや、相談もなにももうおれは悠真さんから離れるだけなんだから口にするのは愚痴とか、弱音とか、ただ聞いてほしい、というようなことになるんだけれど。
千晶くんなら誰にも喋らない。きっと花音にも。おれと共犯になってくれる。
花音や家族に番の話をする時も、一緒に誤魔化してくれないかな。
そんな下心と、そんなんじゃなくて、ただ誰かに悠真さんの話をしたかったのもある。
ずっとおれの中に置いておいても、多分それを思い出にするとか、忘れるとか、そんなこと出来ない。
誰かに話して、そのもやもやしたものや、感じてしまった好意とか、そういうのを薄くしてしまいたかった。
勘違いだよ、とか、そうじゃないよ、とか、間違ってるよ、とか否定をしてほしかったし、そうだねって共感もしてほしかった。
ひとりだと、悠真さんのこと、考え過ぎて、苦しい。
「……千晶くん、会ったよね、おれ……ほら、風邪、ひいた時」
「……かずねくんの番のひと?」
「ん……」
「そうだねえ、かずねくんから来るなんて聞いてなかったからあの時はびっくりしちゃった」
「ごめんね」
「謝る必要ないでしょ、僕嬉しかったよ、あんなに焦って来てくれたなんて、安心した」
「安心……?」
「かずねくんと連絡取れなくなって慌てて来たんだって。スーツで。時間的には出社後だったでしょ、それでもかずねくんが心配で、夜まで待てなかったんだなあって」
「……心配、だったのかな」
いや、そう言ってたか。心配するでしょって、そう言ってた。
まあ、その……相手が誰だって心配するか、あの状況なら。
「……千晶くんから見て、ゆ……おれの、番、どんな風に見えた?」
「どんな風に?ううん、特に何か言える訳ではないけど、必死だったよ」
「必死?」
「うん、多分僕がいたのも想定外だったんじゃないかな、驚いてたし、でも話、ちゃんと聞いてくれたよ。かずねくんの様子とか、体調不良の時に食べるものとか、ちゃんと覚えようとしてた」
だから僕、任せて大丈夫だなあって思って先に帰ったの、そうおれの方を向いて笑った。
悠真さんの作ったのが食べたい。プリンがいいな、それおやつだよってまた笑われるかなあ。
「……そっかあ、じゃあ僕が食べたいものにしようかなあ、シチューとかどう?クリーム煮とか、そういうの食べたいなって。今日結構寒いじゃない」
「……食べてくの?」
「だめ?」
「だめじゃない、けど、かのん、」
「今日は遅くなるみたいだから」
じゃあそれなら、と頷くと、千晶くんはじゃあここで待ってて、作ってくるね、とベッドから立ち上がった。
待って、とその袖を引くと、一緒に作る?と訊かれたので、思わず頷いてしまった。
ただ近くにいたかっただけなんだけど。
なら野菜の皮剥きでもしてもらおうかな、とおれの手を引いた。
そのまま廊下を歩きながら、千晶くんは笑った。
今日泊まってっちゃおうかな、と。
「かずねくんが良かったら、なんだけど」
「いい、けど、おれは……でも、かのん……いや、千晶くんはいいの」
「いいよお、発情期終わったばっかだし、たまにはかのんちゃん抜きで話してもいいよね」
かずねくんはもう僕の弟みたいなものだし、とおれの頭を撫でた。
キッチンに着くと、おれにエプロンを着させ、冷蔵庫から野菜を取り、はい皮剥き担当お願いね、とピーラーと共に渡す。
おれだって千晶くんのことはもう兄みたいなものだと思ってるし。同い年だけど。
千晶くんは穏やかで優しいひとだ。
家族とは縁を切っているらしい。だからこそ余計に、僕の家族、と花音をだいじにしてくれている。おれや両親も。
何があったのかはおれは訊けてない。良い話ではないのはわかるから。
……こんなに優しいひとなのに、オメガという性のせいで不遇なひとは多くいる。
それはおれだって身を持って体験している。こんな躰を、その生活を支えるのは大変なものだとわかる。おれはただ家族に恵まれただけ。
でもそんなの、おかしいともわかってる。だっておれたちは望んでこんな躰に生まれた訳じゃない。
「……人参がったがたになっちゃった」
「切るから大丈夫」
「うん……ありがとね、千晶くん」
千晶くんの指先が触れる。
少しもどきっとはしない。もう家族だから。
そんなに簡単に心臓は反応しない。
「かのん怒らないかなあ」
「えー?」
「千晶くん独り占めして」
「寧ろ僕の方が言われるかも、帰るといつもいいなあって言われるから」
「過保護だよね、もういい歳なのに」
「いいんだよ、僕だってかのんちゃんだってかずねくんの傍にいたいんだよ、頼りにされると嬉しいの。だから、時と場合によって僕とかのんちゃんを選んでくれたらいいんだよ」
今は僕の方が気が楽でしょ、と今度はじゃがいもを渡してきた。
うん、まあ、そう。
花音には話せない。荒れるのがわかっているから。
勘がいいから変に探られるのも困る。
千晶くんなら、相談、してもいいかなあ。
いや、相談もなにももうおれは悠真さんから離れるだけなんだから口にするのは愚痴とか、弱音とか、ただ聞いてほしい、というようなことになるんだけれど。
千晶くんなら誰にも喋らない。きっと花音にも。おれと共犯になってくれる。
花音や家族に番の話をする時も、一緒に誤魔化してくれないかな。
そんな下心と、そんなんじゃなくて、ただ誰かに悠真さんの話をしたかったのもある。
ずっとおれの中に置いておいても、多分それを思い出にするとか、忘れるとか、そんなこと出来ない。
誰かに話して、そのもやもやしたものや、感じてしまった好意とか、そういうのを薄くしてしまいたかった。
勘違いだよ、とか、そうじゃないよ、とか、間違ってるよ、とか否定をしてほしかったし、そうだねって共感もしてほしかった。
ひとりだと、悠真さんのこと、考え過ぎて、苦しい。
「……千晶くん、会ったよね、おれ……ほら、風邪、ひいた時」
「……かずねくんの番のひと?」
「ん……」
「そうだねえ、かずねくんから来るなんて聞いてなかったからあの時はびっくりしちゃった」
「ごめんね」
「謝る必要ないでしょ、僕嬉しかったよ、あんなに焦って来てくれたなんて、安心した」
「安心……?」
「かずねくんと連絡取れなくなって慌てて来たんだって。スーツで。時間的には出社後だったでしょ、それでもかずねくんが心配で、夜まで待てなかったんだなあって」
「……心配、だったのかな」
いや、そう言ってたか。心配するでしょって、そう言ってた。
まあ、その……相手が誰だって心配するか、あの状況なら。
「……千晶くんから見て、ゆ……おれの、番、どんな風に見えた?」
「どんな風に?ううん、特に何か言える訳ではないけど、必死だったよ」
「必死?」
「うん、多分僕がいたのも想定外だったんじゃないかな、驚いてたし、でも話、ちゃんと聞いてくれたよ。かずねくんの様子とか、体調不良の時に食べるものとか、ちゃんと覚えようとしてた」
だから僕、任せて大丈夫だなあって思って先に帰ったの、そうおれの方を向いて笑った。
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