98 / 124
7
98
しおりを挟む
発情期でもないのにひとりで慰めてしまった日もあったし、ただ泣いてしまった日もあった。
でもキッチンに行ったって、リビングにいたって、悠真さんを探してしまって、やっぱりさみしくて。
引っ越したらベッドでしか思い出さなくなるかなって思ったけど、やっぱり思い出しちゃう。
夜はだめだな。昼だって思い出すけど、やっぱり夜はだめだ。
暗い部屋で、優しい声を待ってしまう。あたたかい体温を探してしまう。
明るくしても、笑顔を探してしまう。大きな手を探ってしまう。
甘いにおいも、口の中に甘ったるく残るものも、何も見つからなくて、悠真さん、と呟いた言葉がただぽつんと残ってしまうような、そんな虚しさだけが置いていかれてしまう。
慣れてしまうのかな、これ。慣れるのかな。
慣れてくれなきゃ困るな。就職とか、そんなこととか考える前に、おれの体調がおかしくなってしまいそう。
悠真さんから貰った腕時計は外せなくなってしまった。
外すのがこわくなった。
共有していたアプリは消した。新しく違うアプリを入れてみたけど、見慣れなくて少し、いやだ。
後おれに残されたのは、クリスマスプレゼントだっていって渡した下心の塊のあの服だけ。
気持ち悪いって思われそうだから誰にも言えないけど、密封出来る袋に詰めた。
本当はそれに包まれて巣作りとかしたかったけど、そんなことをしたら……悠真さんのにおい、すぐなくなっちゃって、もう次から使えなくなっちゃうから。
もうこれしかないんだから、どうしても我慢出来ないって時の為にとっておくことにした。
それはつまり、もう一生、おれの安心出来る場所は作れないってことなんだけど。
元よりたった数枚の衣服で作るようなものではないのかもしれないけど。
……まあもう今後誰ともしなければ妊娠なんてしないし、必要、ないのだろうけど。
昨夜も眠れなくて、その服の入った袋を抱いて寝た。においは当然しないんだけど。
トータルで寝れたのは二時間くらいだと思う。
「かのんちゃんは仕事、呼ばれちゃって」
「うん……」
「……かのんちゃんに言えないこと、あるんでしょう」
「……」
「だからといって僕には話して、なんて言えないけど」
「……っ、」
枕にかおを埋めたおれの頭を優しい手つきで撫でる。
そこには皆、優しく触れる。
花音の女性的な細い指先での撫で方とも、悠真さんの壊れ物を扱うかのような、でもたまに少しだけ強く感じる撫で方とも違って、千晶くんはおれの撫で方はまるで犬や猫にするような撫で方だな、と思う。
おれを落ち着かせようとする撫で方だ。
「ごめんね……」
「いいよお、気持ちが沈んでしまう時ってあるからね、今日はゆっくりしよ、僕が残りの片付け、してもいいし」
「……いい、ここにいてほしい」
千晶くんが花音の番だってちゃんとわかってる。オメガだって。
誰でもよかった訳じゃない。
でも今は、近くにいる千晶くんが嬉しかった。
悠真さんの代わりじゃない、花音の代わりでもない。
ぎゅうと千晶くんの手を掴んだ。あたたかい。
悠真さんじゃないけど。違うけど。わかってるけど。
安心出来る体温が気持ちよかった。
今は花音であってもアルファの近くにいるのが少し、こわくて。そんなこと、今までなかったのに。花音なら、家族なら大丈夫だったのに。
「……うん、いいよ、かずねくんが起きるまでここにいるから、ゆっくり寝ようね」
「……ん、」
ベッドに腰掛けて、おれの目元を優しく撫でる。
丁度良かった、と言ったら失礼かもしれない。
ひとりになりたいのに、ひとりになりたくなかった。
千晶くんはおれにぐいぐいと来ないし、でも寄り添ってくれる。
あたたかくて、でもアルファを感じないことに安心する。
花音のにおいもほんのり混じって、それも少し、すき。花音本人より、柔らかくて……なんというか、今のおれには花音であっても両親であっても少し、アルファはこわかった。
悠真さんが良くて、悠真さんしかいやで、まるで躰が拒絶してるかのようで。
悠真さんのこと、忘れたい。
知らなかった時に戻りたい。
知ってしまったから、きっともう、ずっとほしがってしまう。
そんな自分がいやで、このまま消えてなくなればいいのにと思ってしまう。
オメガになんてなりたくなかった。
あのひとの運命になれないのなら、こんな性、邪魔でしかないのに。
◇◇◇
「ンー……」
「あ、起きた?どう?まだ眠たい?」
起き抜けに柔らかい声が降ってきた。
少し薄暗くなった部屋、電気も点けずに見下ろすのは千晶くんで、少し頭を整理する。
……ああそうだ、多分おれの昨日の態度が気になって……花音の出勤後、わざわざ来てくれたんだった。
それなのにおれはベッドから出ないどころか、寝るから傍にいろと強要してしまった。
「……ごめん」
「いいよお、僕が勝手に来たんだし。ね、お腹空いた?夕飯作ってくよ、何が食べたい?」
ここまで来て、それでもおれの不調の原因を訊いてはこない。
おれが自分で言うまで、話すことがあるまで待ってくれてるんだと思う。
……でも言ったって何も変わらないし。
逃げてきたくせに、さみしいなんて言えないし。
どうやったら忘れられるかなんて、千晶くんもわからないよね。
でもキッチンに行ったって、リビングにいたって、悠真さんを探してしまって、やっぱりさみしくて。
引っ越したらベッドでしか思い出さなくなるかなって思ったけど、やっぱり思い出しちゃう。
夜はだめだな。昼だって思い出すけど、やっぱり夜はだめだ。
暗い部屋で、優しい声を待ってしまう。あたたかい体温を探してしまう。
明るくしても、笑顔を探してしまう。大きな手を探ってしまう。
甘いにおいも、口の中に甘ったるく残るものも、何も見つからなくて、悠真さん、と呟いた言葉がただぽつんと残ってしまうような、そんな虚しさだけが置いていかれてしまう。
慣れてしまうのかな、これ。慣れるのかな。
慣れてくれなきゃ困るな。就職とか、そんなこととか考える前に、おれの体調がおかしくなってしまいそう。
悠真さんから貰った腕時計は外せなくなってしまった。
外すのがこわくなった。
共有していたアプリは消した。新しく違うアプリを入れてみたけど、見慣れなくて少し、いやだ。
後おれに残されたのは、クリスマスプレゼントだっていって渡した下心の塊のあの服だけ。
気持ち悪いって思われそうだから誰にも言えないけど、密封出来る袋に詰めた。
本当はそれに包まれて巣作りとかしたかったけど、そんなことをしたら……悠真さんのにおい、すぐなくなっちゃって、もう次から使えなくなっちゃうから。
もうこれしかないんだから、どうしても我慢出来ないって時の為にとっておくことにした。
それはつまり、もう一生、おれの安心出来る場所は作れないってことなんだけど。
元よりたった数枚の衣服で作るようなものではないのかもしれないけど。
……まあもう今後誰ともしなければ妊娠なんてしないし、必要、ないのだろうけど。
昨夜も眠れなくて、その服の入った袋を抱いて寝た。においは当然しないんだけど。
トータルで寝れたのは二時間くらいだと思う。
「かのんちゃんは仕事、呼ばれちゃって」
「うん……」
「……かのんちゃんに言えないこと、あるんでしょう」
「……」
「だからといって僕には話して、なんて言えないけど」
「……っ、」
枕にかおを埋めたおれの頭を優しい手つきで撫でる。
そこには皆、優しく触れる。
花音の女性的な細い指先での撫で方とも、悠真さんの壊れ物を扱うかのような、でもたまに少しだけ強く感じる撫で方とも違って、千晶くんはおれの撫で方はまるで犬や猫にするような撫で方だな、と思う。
おれを落ち着かせようとする撫で方だ。
「ごめんね……」
「いいよお、気持ちが沈んでしまう時ってあるからね、今日はゆっくりしよ、僕が残りの片付け、してもいいし」
「……いい、ここにいてほしい」
千晶くんが花音の番だってちゃんとわかってる。オメガだって。
誰でもよかった訳じゃない。
でも今は、近くにいる千晶くんが嬉しかった。
悠真さんの代わりじゃない、花音の代わりでもない。
ぎゅうと千晶くんの手を掴んだ。あたたかい。
悠真さんじゃないけど。違うけど。わかってるけど。
安心出来る体温が気持ちよかった。
今は花音であってもアルファの近くにいるのが少し、こわくて。そんなこと、今までなかったのに。花音なら、家族なら大丈夫だったのに。
「……うん、いいよ、かずねくんが起きるまでここにいるから、ゆっくり寝ようね」
「……ん、」
ベッドに腰掛けて、おれの目元を優しく撫でる。
丁度良かった、と言ったら失礼かもしれない。
ひとりになりたいのに、ひとりになりたくなかった。
千晶くんはおれにぐいぐいと来ないし、でも寄り添ってくれる。
あたたかくて、でもアルファを感じないことに安心する。
花音のにおいもほんのり混じって、それも少し、すき。花音本人より、柔らかくて……なんというか、今のおれには花音であっても両親であっても少し、アルファはこわかった。
悠真さんが良くて、悠真さんしかいやで、まるで躰が拒絶してるかのようで。
悠真さんのこと、忘れたい。
知らなかった時に戻りたい。
知ってしまったから、きっともう、ずっとほしがってしまう。
そんな自分がいやで、このまま消えてなくなればいいのにと思ってしまう。
オメガになんてなりたくなかった。
あのひとの運命になれないのなら、こんな性、邪魔でしかないのに。
◇◇◇
「ンー……」
「あ、起きた?どう?まだ眠たい?」
起き抜けに柔らかい声が降ってきた。
少し薄暗くなった部屋、電気も点けずに見下ろすのは千晶くんで、少し頭を整理する。
……ああそうだ、多分おれの昨日の態度が気になって……花音の出勤後、わざわざ来てくれたんだった。
それなのにおれはベッドから出ないどころか、寝るから傍にいろと強要してしまった。
「……ごめん」
「いいよお、僕が勝手に来たんだし。ね、お腹空いた?夕飯作ってくよ、何が食べたい?」
ここまで来て、それでもおれの不調の原因を訊いてはこない。
おれが自分で言うまで、話すことがあるまで待ってくれてるんだと思う。
……でも言ったって何も変わらないし。
逃げてきたくせに、さみしいなんて言えないし。
どうやったら忘れられるかなんて、千晶くんもわからないよね。
111
お気に入りに追加
3,086
あなたにおすすめの小説


誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中


弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる