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「……まあ、ひとのことなんてわからないわよね」
あまりきょうだいの性事情なんて聞きたくないし、と花音は視線を逸らし、千晶くんを見て瞳を細めた。
それを受けて、千晶くんも微笑む。
「でもだから、話し合いがだいじなんだけど」
「……」
「大丈夫?あんた、すぐに口、閉じちゃうでしょ。たまんなきゃ爆発しないでしょ。ちゃんと話してる?隠してたってわかんないんだからね」
「……」
「双子だからってわたしだってかずねのこと全部わかんないよ。かずねもでしょ、同じだよ、誰も皆、誰かのこと全部わかるひとなんて、家族であったっていないの。ためこんでること、全部」
綺麗に整えられた爪でおれの肩を突く。
まあ喧嘩したとかじゃなければいいのよ、と残し、お茶飲も、と立ち上がった。
……花音も全部わかってる、訳じゃないと思うし、いや、おれと悠真さんのこと、わかってないと思うけど。
でも確かに言ってることは間違ってはいない。
けれど話し合ったってどうしようもないことってのはたくさんあって、話し合う方が傷付くことだってあると思う。
少なくともおれはもう聞きたくなかったし。
……番のこと、訊いたのはおれだけど。
悠真さんが、誰かのこと、優しいかおして話すのがやだ。
知ってるひとでも、知らないひとでも。
想像してしまう、どんなひとかなって。
おれがされたように、そのひとを触るのかなって。
名前を呼んで、視線があって、頭とか頬とか肩とか腰とか触れて、キスをして、抱き締めるのかなって。
どんな話をするのかな、おれの知らない話、いっぱいあるよね。
悠真さんの家族にだって会ったことあるんだろうな。
すきなものもきらいなものも知ってて、どうでもいい話も毎日して、おれに貸しても揺るがない信用とかがあって、帰ってくるって知ってて、それで、それで、それでどうなるの。
おれのこと、なんて言ってるの。
「和音?」
「あっ……」
「……疲れた?」
「あ、う、うん……昨日、あんまり寝てなくて」
「そう、熱はないのよね?食べたらお風呂入ってすぐ寝なさいよ」
「うん……」
花音の淹れた熱いお茶を飲んで、そんなことでも悠真さんを思い出してしまう。
あったかいご飯とか、ただのホットミルクとか、あつくなったお腹とか。
自分で決めて、自分で出した答えなのに、かなしくなるなんて勝手な話だ。
まるで悠真さんを悪者にしたいみたい。
悪いのはおれなのに。
こんな消え方して、あんなメッセージまで送って、きっと悠真さんはびっくりしたと思う。
訳がわかんないと思う。
自分から噛まれることを望んでおいて、逃げて、急にいなくなって、番を解除しろだなんて勝手にも程がある。
不愉快だと思う。勝手過ぎるって。
そんなことをしておいて、嫌われたらやだなあって。
……勝手だよなあ。
「大丈夫?泊まっていこうか?うち来る?」
「や、大丈夫、昨日……ほら、電話してて。それで寝不足っていうか」
「そう……」
自分で言った嘘にもダメージ負うなんて馬鹿だと思う。
悠真さんの声聞いたのっていつが最後だっけ。
十日くらい前かな?まだ十日?もう十日?
これからずっと聞けないのに、こんなんで大丈夫かな。
大丈夫にならないといけないんだけど。
悠真さんに噛まれる前に戻るだけ。
今までだって発情期はひとりで乗り越えてきたし、慣れてるし、悠真さん以外、頼ったこともない。
番の解除をされたっておれのフェロモンはもう誰にも効かないし、自分の体調が悪くなるだけで、誰にも迷惑はかけない。
そりゃ仕事を始めたらヒート休暇で迷惑はかけるけど。
誰にも迷惑を……家族以外に迷惑をかけずに生きていけるかな。番を解除されたら、
解除されたら、……悠真さんとどこかで会っても、フェロモン効かなくなるのかな。おれのこと、もう、わかんなくなっちゃうかな。
それはすごく胸が痛くて、苦しくて、さみしくなるけど、でもそれが本来の、正しい在り方で、ふたりの間を邪魔したのはおれで、だからおれがいなくなれば、それで元に戻るんだ。
さみしいのは最初だけ。
ちょっとだけだ。
元から番なんて作る気なかっただろ。
ほんの少し、良い夢がみられただけだと思えばいい。
◇◇◇
寝れなかったんでしょう、
寝室まで入ってきた千晶くんが眉を顰めて、まだ横になったままのおれの胸をぽんと叩いた。
昨晩、食事を済ませた花音と千晶くんは自分たちの部屋に帰っていき、それを見送ってからベッドに入った。
ここ数日、ちゃんと眠れてないのは本当だった。
ベッドに入って瞳を閉じると少し前のことを思い出すから。
悠真さんが隣で寝てくれたこと、起きた時もいてくれたこと、髪を撫でる仕草も、穏やかな笑い方も、横になってる時の小さな低い声も、ぶつかった足も、首元まで掛ける布団も、おやすみとか、おはようとか、和音、って呼んだ時の口元とか、ちょっと揶揄う時の口調や、何が食べたい?って訊いてきた時とか、かわいいって、言った時、とか、熱っぽくなった瞳とか。
そういうの、どんどんどんどん、溢れてきちゃって。消えなかった。
あまりきょうだいの性事情なんて聞きたくないし、と花音は視線を逸らし、千晶くんを見て瞳を細めた。
それを受けて、千晶くんも微笑む。
「でもだから、話し合いがだいじなんだけど」
「……」
「大丈夫?あんた、すぐに口、閉じちゃうでしょ。たまんなきゃ爆発しないでしょ。ちゃんと話してる?隠してたってわかんないんだからね」
「……」
「双子だからってわたしだってかずねのこと全部わかんないよ。かずねもでしょ、同じだよ、誰も皆、誰かのこと全部わかるひとなんて、家族であったっていないの。ためこんでること、全部」
綺麗に整えられた爪でおれの肩を突く。
まあ喧嘩したとかじゃなければいいのよ、と残し、お茶飲も、と立ち上がった。
……花音も全部わかってる、訳じゃないと思うし、いや、おれと悠真さんのこと、わかってないと思うけど。
でも確かに言ってることは間違ってはいない。
けれど話し合ったってどうしようもないことってのはたくさんあって、話し合う方が傷付くことだってあると思う。
少なくともおれはもう聞きたくなかったし。
……番のこと、訊いたのはおれだけど。
悠真さんが、誰かのこと、優しいかおして話すのがやだ。
知ってるひとでも、知らないひとでも。
想像してしまう、どんなひとかなって。
おれがされたように、そのひとを触るのかなって。
名前を呼んで、視線があって、頭とか頬とか肩とか腰とか触れて、キスをして、抱き締めるのかなって。
どんな話をするのかな、おれの知らない話、いっぱいあるよね。
悠真さんの家族にだって会ったことあるんだろうな。
すきなものもきらいなものも知ってて、どうでもいい話も毎日して、おれに貸しても揺るがない信用とかがあって、帰ってくるって知ってて、それで、それで、それでどうなるの。
おれのこと、なんて言ってるの。
「和音?」
「あっ……」
「……疲れた?」
「あ、う、うん……昨日、あんまり寝てなくて」
「そう、熱はないのよね?食べたらお風呂入ってすぐ寝なさいよ」
「うん……」
花音の淹れた熱いお茶を飲んで、そんなことでも悠真さんを思い出してしまう。
あったかいご飯とか、ただのホットミルクとか、あつくなったお腹とか。
自分で決めて、自分で出した答えなのに、かなしくなるなんて勝手な話だ。
まるで悠真さんを悪者にしたいみたい。
悪いのはおれなのに。
こんな消え方して、あんなメッセージまで送って、きっと悠真さんはびっくりしたと思う。
訳がわかんないと思う。
自分から噛まれることを望んでおいて、逃げて、急にいなくなって、番を解除しろだなんて勝手にも程がある。
不愉快だと思う。勝手過ぎるって。
そんなことをしておいて、嫌われたらやだなあって。
……勝手だよなあ。
「大丈夫?泊まっていこうか?うち来る?」
「や、大丈夫、昨日……ほら、電話してて。それで寝不足っていうか」
「そう……」
自分で言った嘘にもダメージ負うなんて馬鹿だと思う。
悠真さんの声聞いたのっていつが最後だっけ。
十日くらい前かな?まだ十日?もう十日?
これからずっと聞けないのに、こんなんで大丈夫かな。
大丈夫にならないといけないんだけど。
悠真さんに噛まれる前に戻るだけ。
今までだって発情期はひとりで乗り越えてきたし、慣れてるし、悠真さん以外、頼ったこともない。
番の解除をされたっておれのフェロモンはもう誰にも効かないし、自分の体調が悪くなるだけで、誰にも迷惑はかけない。
そりゃ仕事を始めたらヒート休暇で迷惑はかけるけど。
誰にも迷惑を……家族以外に迷惑をかけずに生きていけるかな。番を解除されたら、
解除されたら、……悠真さんとどこかで会っても、フェロモン効かなくなるのかな。おれのこと、もう、わかんなくなっちゃうかな。
それはすごく胸が痛くて、苦しくて、さみしくなるけど、でもそれが本来の、正しい在り方で、ふたりの間を邪魔したのはおれで、だからおれがいなくなれば、それで元に戻るんだ。
さみしいのは最初だけ。
ちょっとだけだ。
元から番なんて作る気なかっただろ。
ほんの少し、良い夢がみられただけだと思えばいい。
◇◇◇
寝れなかったんでしょう、
寝室まで入ってきた千晶くんが眉を顰めて、まだ横になったままのおれの胸をぽんと叩いた。
昨晩、食事を済ませた花音と千晶くんは自分たちの部屋に帰っていき、それを見送ってからベッドに入った。
ここ数日、ちゃんと眠れてないのは本当だった。
ベッドに入って瞳を閉じると少し前のことを思い出すから。
悠真さんが隣で寝てくれたこと、起きた時もいてくれたこと、髪を撫でる仕草も、穏やかな笑い方も、横になってる時の小さな低い声も、ぶつかった足も、首元まで掛ける布団も、おやすみとか、おはようとか、和音、って呼んだ時の口元とか、ちょっと揶揄う時の口調や、何が食べたい?って訊いてきた時とか、かわいいって、言った時、とか、熱っぽくなった瞳とか。
そういうの、どんどんどんどん、溢れてきちゃって。消えなかった。
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