97 / 124
7
97
しおりを挟む
「……まあ、ひとのことなんてわからないわよね」
あまりきょうだいの性事情なんて聞きたくないし、と花音は視線を逸らし、千晶くんを見て瞳を細めた。
それを受けて、千晶くんも微笑む。
「でもだから、話し合いがだいじなんだけど」
「……」
「大丈夫?あんた、すぐに口、閉じちゃうでしょ。たまんなきゃ爆発しないでしょ。ちゃんと話してる?隠してたってわかんないんだからね」
「……」
「双子だからってわたしだってかずねのこと全部わかんないよ。かずねもでしょ、同じだよ、誰も皆、誰かのこと全部わかるひとなんて、家族であったっていないの。ためこんでること、全部」
綺麗に整えられた爪でおれの肩を突く。
まあ喧嘩したとかじゃなければいいのよ、と残し、お茶飲も、と立ち上がった。
……花音も全部わかってる、訳じゃないと思うし、いや、おれと悠真さんのこと、わかってないと思うけど。
でも確かに言ってることは間違ってはいない。
けれど話し合ったってどうしようもないことってのはたくさんあって、話し合う方が傷付くことだってあると思う。
少なくともおれはもう聞きたくなかったし。
……番のこと、訊いたのはおれだけど。
悠真さんが、誰かのこと、優しいかおして話すのがやだ。
知ってるひとでも、知らないひとでも。
想像してしまう、どんなひとかなって。
おれがされたように、そのひとを触るのかなって。
名前を呼んで、視線があって、頭とか頬とか肩とか腰とか触れて、キスをして、抱き締めるのかなって。
どんな話をするのかな、おれの知らない話、いっぱいあるよね。
悠真さんの家族にだって会ったことあるんだろうな。
すきなものもきらいなものも知ってて、どうでもいい話も毎日して、おれに貸しても揺るがない信用とかがあって、帰ってくるって知ってて、それで、それで、それでどうなるの。
おれのこと、なんて言ってるの。
「和音?」
「あっ……」
「……疲れた?」
「あ、う、うん……昨日、あんまり寝てなくて」
「そう、熱はないのよね?食べたらお風呂入ってすぐ寝なさいよ」
「うん……」
花音の淹れた熱いお茶を飲んで、そんなことでも悠真さんを思い出してしまう。
あったかいご飯とか、ただのホットミルクとか、あつくなったお腹とか。
自分で決めて、自分で出した答えなのに、かなしくなるなんて勝手な話だ。
まるで悠真さんを悪者にしたいみたい。
悪いのはおれなのに。
こんな消え方して、あんなメッセージまで送って、きっと悠真さんはびっくりしたと思う。
訳がわかんないと思う。
自分から噛まれることを望んでおいて、逃げて、急にいなくなって、番を解除しろだなんて勝手にも程がある。
不愉快だと思う。勝手過ぎるって。
そんなことをしておいて、嫌われたらやだなあって。
……勝手だよなあ。
「大丈夫?泊まっていこうか?うち来る?」
「や、大丈夫、昨日……ほら、電話してて。それで寝不足っていうか」
「そう……」
自分で言った嘘にもダメージ負うなんて馬鹿だと思う。
悠真さんの声聞いたのっていつが最後だっけ。
十日くらい前かな?まだ十日?もう十日?
これからずっと聞けないのに、こんなんで大丈夫かな。
大丈夫にならないといけないんだけど。
悠真さんに噛まれる前に戻るだけ。
今までだって発情期はひとりで乗り越えてきたし、慣れてるし、悠真さん以外、頼ったこともない。
番の解除をされたっておれのフェロモンはもう誰にも効かないし、自分の体調が悪くなるだけで、誰にも迷惑はかけない。
そりゃ仕事を始めたらヒート休暇で迷惑はかけるけど。
誰にも迷惑を……家族以外に迷惑をかけずに生きていけるかな。番を解除されたら、
解除されたら、……悠真さんとどこかで会っても、フェロモン効かなくなるのかな。おれのこと、もう、わかんなくなっちゃうかな。
それはすごく胸が痛くて、苦しくて、さみしくなるけど、でもそれが本来の、正しい在り方で、ふたりの間を邪魔したのはおれで、だからおれがいなくなれば、それで元に戻るんだ。
さみしいのは最初だけ。
ちょっとだけだ。
元から番なんて作る気なかっただろ。
ほんの少し、良い夢がみられただけだと思えばいい。
◇◇◇
寝れなかったんでしょう、
寝室まで入ってきた千晶くんが眉を顰めて、まだ横になったままのおれの胸をぽんと叩いた。
昨晩、食事を済ませた花音と千晶くんは自分たちの部屋に帰っていき、それを見送ってからベッドに入った。
ここ数日、ちゃんと眠れてないのは本当だった。
ベッドに入って瞳を閉じると少し前のことを思い出すから。
悠真さんが隣で寝てくれたこと、起きた時もいてくれたこと、髪を撫でる仕草も、穏やかな笑い方も、横になってる時の小さな低い声も、ぶつかった足も、首元まで掛ける布団も、おやすみとか、おはようとか、和音、って呼んだ時の口元とか、ちょっと揶揄う時の口調や、何が食べたい?って訊いてきた時とか、かわいいって、言った時、とか、熱っぽくなった瞳とか。
そういうの、どんどんどんどん、溢れてきちゃって。消えなかった。
あまりきょうだいの性事情なんて聞きたくないし、と花音は視線を逸らし、千晶くんを見て瞳を細めた。
それを受けて、千晶くんも微笑む。
「でもだから、話し合いがだいじなんだけど」
「……」
「大丈夫?あんた、すぐに口、閉じちゃうでしょ。たまんなきゃ爆発しないでしょ。ちゃんと話してる?隠してたってわかんないんだからね」
「……」
「双子だからってわたしだってかずねのこと全部わかんないよ。かずねもでしょ、同じだよ、誰も皆、誰かのこと全部わかるひとなんて、家族であったっていないの。ためこんでること、全部」
綺麗に整えられた爪でおれの肩を突く。
まあ喧嘩したとかじゃなければいいのよ、と残し、お茶飲も、と立ち上がった。
……花音も全部わかってる、訳じゃないと思うし、いや、おれと悠真さんのこと、わかってないと思うけど。
でも確かに言ってることは間違ってはいない。
けれど話し合ったってどうしようもないことってのはたくさんあって、話し合う方が傷付くことだってあると思う。
少なくともおれはもう聞きたくなかったし。
……番のこと、訊いたのはおれだけど。
悠真さんが、誰かのこと、優しいかおして話すのがやだ。
知ってるひとでも、知らないひとでも。
想像してしまう、どんなひとかなって。
おれがされたように、そのひとを触るのかなって。
名前を呼んで、視線があって、頭とか頬とか肩とか腰とか触れて、キスをして、抱き締めるのかなって。
どんな話をするのかな、おれの知らない話、いっぱいあるよね。
悠真さんの家族にだって会ったことあるんだろうな。
すきなものもきらいなものも知ってて、どうでもいい話も毎日して、おれに貸しても揺るがない信用とかがあって、帰ってくるって知ってて、それで、それで、それでどうなるの。
おれのこと、なんて言ってるの。
「和音?」
「あっ……」
「……疲れた?」
「あ、う、うん……昨日、あんまり寝てなくて」
「そう、熱はないのよね?食べたらお風呂入ってすぐ寝なさいよ」
「うん……」
花音の淹れた熱いお茶を飲んで、そんなことでも悠真さんを思い出してしまう。
あったかいご飯とか、ただのホットミルクとか、あつくなったお腹とか。
自分で決めて、自分で出した答えなのに、かなしくなるなんて勝手な話だ。
まるで悠真さんを悪者にしたいみたい。
悪いのはおれなのに。
こんな消え方して、あんなメッセージまで送って、きっと悠真さんはびっくりしたと思う。
訳がわかんないと思う。
自分から噛まれることを望んでおいて、逃げて、急にいなくなって、番を解除しろだなんて勝手にも程がある。
不愉快だと思う。勝手過ぎるって。
そんなことをしておいて、嫌われたらやだなあって。
……勝手だよなあ。
「大丈夫?泊まっていこうか?うち来る?」
「や、大丈夫、昨日……ほら、電話してて。それで寝不足っていうか」
「そう……」
自分で言った嘘にもダメージ負うなんて馬鹿だと思う。
悠真さんの声聞いたのっていつが最後だっけ。
十日くらい前かな?まだ十日?もう十日?
これからずっと聞けないのに、こんなんで大丈夫かな。
大丈夫にならないといけないんだけど。
悠真さんに噛まれる前に戻るだけ。
今までだって発情期はひとりで乗り越えてきたし、慣れてるし、悠真さん以外、頼ったこともない。
番の解除をされたっておれのフェロモンはもう誰にも効かないし、自分の体調が悪くなるだけで、誰にも迷惑はかけない。
そりゃ仕事を始めたらヒート休暇で迷惑はかけるけど。
誰にも迷惑を……家族以外に迷惑をかけずに生きていけるかな。番を解除されたら、
解除されたら、……悠真さんとどこかで会っても、フェロモン効かなくなるのかな。おれのこと、もう、わかんなくなっちゃうかな。
それはすごく胸が痛くて、苦しくて、さみしくなるけど、でもそれが本来の、正しい在り方で、ふたりの間を邪魔したのはおれで、だからおれがいなくなれば、それで元に戻るんだ。
さみしいのは最初だけ。
ちょっとだけだ。
元から番なんて作る気なかっただろ。
ほんの少し、良い夢がみられただけだと思えばいい。
◇◇◇
寝れなかったんでしょう、
寝室まで入ってきた千晶くんが眉を顰めて、まだ横になったままのおれの胸をぽんと叩いた。
昨晩、食事を済ませた花音と千晶くんは自分たちの部屋に帰っていき、それを見送ってからベッドに入った。
ここ数日、ちゃんと眠れてないのは本当だった。
ベッドに入って瞳を閉じると少し前のことを思い出すから。
悠真さんが隣で寝てくれたこと、起きた時もいてくれたこと、髪を撫でる仕草も、穏やかな笑い方も、横になってる時の小さな低い声も、ぶつかった足も、首元まで掛ける布団も、おやすみとか、おはようとか、和音、って呼んだ時の口元とか、ちょっと揶揄う時の口調や、何が食べたい?って訊いてきた時とか、かわいいって、言った時、とか、熱っぽくなった瞳とか。
そういうの、どんどんどんどん、溢れてきちゃって。消えなかった。
109
お気に入りに追加
3,085
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる