96 / 124
7
96
しおりを挟む
引越しなんていってもどこか遠くに行ける訳じゃない。
悠真さんの番になって、もうフェロモンのことで迷惑をかける心配はないけれど、まあおれ無職だし。発情期もまだ二ヶ月前後をうろうろしてるし。すぐに就職なんて出来ないし。
今まですぐにクビになってるから職歴もよくない。
そんなおれを縁故以外で採用してくれるとは思えないし、そりゃあお金の心配はないけど、でもだからといってそれに甘える訳にも……
いや甘えてる、結局家族から離れることがこわくて、誰も知らない土地になんか飛び込めなくて、花音たちの家から遠くにも行きたくなくって、引越し先なんてすぐ近く、同じマンション。そんな近場に逃げた。
本当は鍵を付け替えるだけでもいいかなと思ったんだけど、隣の部屋のひととか、他人を巻き込まれても困るし、何よりおれが扉一枚しか隔ててない状態で悠真さんを我慢出来る自信がなかった。
意思も弱いし、なにより躰がもう、悠真さんのこと、覚えちゃってるし。
無理だ、無理、すぐ甘えてしまう。
だから引っ越した。
家族皆、わざわざ?と不思議そうなかおをしていたけど、花音の近くの部屋を選ぶことで、まあ近くがいいと言うなら、と納得はしていた。
手続きをして、あまり他人を入れたくないから自分で荷造りして、引越し当日だけ、業者を呼んで。
ソファは勿論捨てた。汚れてるから。
でも新しいものは買えなかった。
……別に悠真さんと買いに行く約束をしたからじゃない。別に急いでは必要ない、からだ。
調味料なんかは全部、適当に詰めて新居に持っていった。
花音や千晶くんが家事をしにきてくれるとはいえ、やっぱりおれももう少しくらい、料理出来るようになった方がいいかな。
そう思って綺麗に並べ直してる時に見慣れない小瓶と木の枝みたいなものを見つけてしまった。
これなに、と花音に訊いてわかった。
バニラエッセンスとバニラビーンズ。
何アンタ、お菓子作りでもしようとしたの?あらこれ開いてるじゃない、使ったの?
そう花音に言われて、お菓子作り、プリン、と気付いたのだ。
悠真さんが、……本当に練習したんだって、おれの為に、ちゃんと。
泣くかと思った。
適当に言い訳をつけて、奥にしまい込んだ。
捨てるのは後からだって出来る。でも捨てたら終わりだから。だからもうちょっと、考えたくて。
◇◇◇
「はー、綺麗になった、かな」
「手伝ってくれてありがと」
「荷解きかずねに任せてたら暫く使わないからってほっときそうなんだもん」
「はは……ご飯どーしよっか、食べに行く?頼む?」
「頼みましょ、外行くのしんどいし」
引越し後の荷解きを手伝いに来てくれた花音が、ぐで、とおれに凭れかかって呟く。
僕作ろうか、と言う千晶くんに、流石に今日はいいよ、とふたりして首を振った。
「ピザにしよ、ピザ、最近ピザ頼んでないかも。今日は片手でさっと食べれるのがいいわー」
「花音ちゃん最近は和食ブームだったもんね」
「正月太りがまだ気になってて……今日は動いたからいいよね」
「もう三月だぞ」
「煩い、ね、どれにする?」
ひとのタブレットを断り入れず花音は操作する。
別に疚しいものはないからいいけど。
これとこれと、と指を差す花音に、太るぞと突っ込むと脇腹を突っつかれた。あんたもいっぱい食べんのよ、と。
もう頼んじゃうからね、とボタンを押して終わり。
タブレットをついと指先で奥に滑らせると、テーブルの上にお行儀悪く頬をつき、ねえソファは?持ってこなかったの、と花音が訊いてきた。
「あー……汚れたし、引越しついでに捨てた」
「買いなよ、一緒に行こうか?」
「ん、いい、その内……気に入るのがあったら」
そう、と頷いたかと思うと、暫くして、名前なんだっけ、あの、かずねの番、と放り込まれた。
……今日の花音は、いや今日だけではないけど、変なところ鋭い。
「……ゆーまさん」
「そう、その悠真さんは?」
「仕事……出張だって」
「なんでこんな日にまあ」
「しゅ、出張の方が急に決まったんだから仕方ないだろ」
土曜日に来ない理由を思いつきで答える。
花音に言えない秘密が増えていく。
「ねえ、なんで引っ越したの、一緒に住まないの?」
「えー……花音たちと同じマンションの方が安心かなって……いっ、いっしょには……」
「一緒には?」
「ほら、えっと、おれ、まだ働いてないし……その、プライドとか……ねっ、劣等感とか、さあ」
「別に働かなくてもいいでしょ、主夫でもいいじゃない、稼いでくるでしょ、穂高グループの長男なんだから」
「やだ働く」
「なんでそこは頑固なのかなあ」
じゃあうちで働きなさいよ、と唇を尖らせる花音を、千晶くんがまあまあ、と宥めてくれる。
あのね、今まで隠してたオメガが働くとなったら白い目で見られるのおれだけじゃないんだからね、花音も父さんもなんだから。
まあふたりとも、そんなこと言っても気にしないって返してくるのがわかってるから言わないけど。
「でも挨拶くらいはさせなさいよ、うちのかずねを持ってくんだから挨拶くらいは当然でしょ」
「……結婚とかじゃないんだけど」
「番にしてんだから一緒よ」
しまったなあ、そこまでは考えてなかった。花音たちの近くに越してきたのは自分の為だったのだけど、深く突っ込まれることまで考えてなかった。
ちょっと考えればこうなるのはわかってた筈なのに、本当におれは詰めが甘い。
悠真さんの番になって、もうフェロモンのことで迷惑をかける心配はないけれど、まあおれ無職だし。発情期もまだ二ヶ月前後をうろうろしてるし。すぐに就職なんて出来ないし。
今まですぐにクビになってるから職歴もよくない。
そんなおれを縁故以外で採用してくれるとは思えないし、そりゃあお金の心配はないけど、でもだからといってそれに甘える訳にも……
いや甘えてる、結局家族から離れることがこわくて、誰も知らない土地になんか飛び込めなくて、花音たちの家から遠くにも行きたくなくって、引越し先なんてすぐ近く、同じマンション。そんな近場に逃げた。
本当は鍵を付け替えるだけでもいいかなと思ったんだけど、隣の部屋のひととか、他人を巻き込まれても困るし、何よりおれが扉一枚しか隔ててない状態で悠真さんを我慢出来る自信がなかった。
意思も弱いし、なにより躰がもう、悠真さんのこと、覚えちゃってるし。
無理だ、無理、すぐ甘えてしまう。
だから引っ越した。
家族皆、わざわざ?と不思議そうなかおをしていたけど、花音の近くの部屋を選ぶことで、まあ近くがいいと言うなら、と納得はしていた。
手続きをして、あまり他人を入れたくないから自分で荷造りして、引越し当日だけ、業者を呼んで。
ソファは勿論捨てた。汚れてるから。
でも新しいものは買えなかった。
……別に悠真さんと買いに行く約束をしたからじゃない。別に急いでは必要ない、からだ。
調味料なんかは全部、適当に詰めて新居に持っていった。
花音や千晶くんが家事をしにきてくれるとはいえ、やっぱりおれももう少しくらい、料理出来るようになった方がいいかな。
そう思って綺麗に並べ直してる時に見慣れない小瓶と木の枝みたいなものを見つけてしまった。
これなに、と花音に訊いてわかった。
バニラエッセンスとバニラビーンズ。
何アンタ、お菓子作りでもしようとしたの?あらこれ開いてるじゃない、使ったの?
そう花音に言われて、お菓子作り、プリン、と気付いたのだ。
悠真さんが、……本当に練習したんだって、おれの為に、ちゃんと。
泣くかと思った。
適当に言い訳をつけて、奥にしまい込んだ。
捨てるのは後からだって出来る。でも捨てたら終わりだから。だからもうちょっと、考えたくて。
◇◇◇
「はー、綺麗になった、かな」
「手伝ってくれてありがと」
「荷解きかずねに任せてたら暫く使わないからってほっときそうなんだもん」
「はは……ご飯どーしよっか、食べに行く?頼む?」
「頼みましょ、外行くのしんどいし」
引越し後の荷解きを手伝いに来てくれた花音が、ぐで、とおれに凭れかかって呟く。
僕作ろうか、と言う千晶くんに、流石に今日はいいよ、とふたりして首を振った。
「ピザにしよ、ピザ、最近ピザ頼んでないかも。今日は片手でさっと食べれるのがいいわー」
「花音ちゃん最近は和食ブームだったもんね」
「正月太りがまだ気になってて……今日は動いたからいいよね」
「もう三月だぞ」
「煩い、ね、どれにする?」
ひとのタブレットを断り入れず花音は操作する。
別に疚しいものはないからいいけど。
これとこれと、と指を差す花音に、太るぞと突っ込むと脇腹を突っつかれた。あんたもいっぱい食べんのよ、と。
もう頼んじゃうからね、とボタンを押して終わり。
タブレットをついと指先で奥に滑らせると、テーブルの上にお行儀悪く頬をつき、ねえソファは?持ってこなかったの、と花音が訊いてきた。
「あー……汚れたし、引越しついでに捨てた」
「買いなよ、一緒に行こうか?」
「ん、いい、その内……気に入るのがあったら」
そう、と頷いたかと思うと、暫くして、名前なんだっけ、あの、かずねの番、と放り込まれた。
……今日の花音は、いや今日だけではないけど、変なところ鋭い。
「……ゆーまさん」
「そう、その悠真さんは?」
「仕事……出張だって」
「なんでこんな日にまあ」
「しゅ、出張の方が急に決まったんだから仕方ないだろ」
土曜日に来ない理由を思いつきで答える。
花音に言えない秘密が増えていく。
「ねえ、なんで引っ越したの、一緒に住まないの?」
「えー……花音たちと同じマンションの方が安心かなって……いっ、いっしょには……」
「一緒には?」
「ほら、えっと、おれ、まだ働いてないし……その、プライドとか……ねっ、劣等感とか、さあ」
「別に働かなくてもいいでしょ、主夫でもいいじゃない、稼いでくるでしょ、穂高グループの長男なんだから」
「やだ働く」
「なんでそこは頑固なのかなあ」
じゃあうちで働きなさいよ、と唇を尖らせる花音を、千晶くんがまあまあ、と宥めてくれる。
あのね、今まで隠してたオメガが働くとなったら白い目で見られるのおれだけじゃないんだからね、花音も父さんもなんだから。
まあふたりとも、そんなこと言っても気にしないって返してくるのがわかってるから言わないけど。
「でも挨拶くらいはさせなさいよ、うちのかずねを持ってくんだから挨拶くらいは当然でしょ」
「……結婚とかじゃないんだけど」
「番にしてんだから一緒よ」
しまったなあ、そこまでは考えてなかった。花音たちの近くに越してきたのは自分の為だったのだけど、深く突っ込まれることまで考えてなかった。
ちょっと考えればこうなるのはわかってた筈なのに、本当におれは詰めが甘い。
106
お気に入りに追加
3,086
あなたにおすすめの小説


誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中


弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる