【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 引越しなんていってもどこか遠くに行ける訳じゃない。
 悠真さんの番になって、もうフェロモンのことで迷惑をかける心配はないけれど、まあおれ無職だし。発情期もまだ二ヶ月前後をうろうろしてるし。すぐに就職なんて出来ないし。
 今まですぐにクビになってるから職歴もよくない。
 そんなおれを縁故以外で採用してくれるとは思えないし、そりゃあお金の心配はないけど、でもだからといってそれに甘える訳にも……
 いや甘えてる、結局家族から離れることがこわくて、誰も知らない土地になんか飛び込めなくて、花音たちの家から遠くにも行きたくなくって、引越し先なんてすぐ近く、同じマンション。そんな近場に逃げた。

 本当は鍵を付け替えるだけでもいいかなと思ったんだけど、隣の部屋のひととか、他人を巻き込まれても困るし、何よりおれが扉一枚しか隔ててない状態で悠真さんを我慢出来る自信がなかった。
 意思も弱いし、なにより躰がもう、悠真さんのこと、覚えちゃってるし。
 無理だ、無理、すぐ甘えてしまう。
 だから引っ越した。
 家族皆、わざわざ?と不思議そうなかおをしていたけど、花音の近くの部屋を選ぶことで、まあ近くがいいと言うなら、と納得はしていた。

 手続きをして、あまり他人を入れたくないから自分で荷造りして、引越し当日だけ、業者を呼んで。
 ソファは勿論捨てた。汚れてるから。
 でも新しいものは買えなかった。
 ……別に悠真さんと買いに行く約束をしたからじゃない。別に急いでは必要ない、からだ。

 調味料なんかは全部、適当に詰めて新居に持っていった。
 花音や千晶くんが家事をしにきてくれるとはいえ、やっぱりおれももう少しくらい、料理出来るようになった方がいいかな。
 そう思って綺麗に並べ直してる時に見慣れない小瓶と木の枝みたいなものを見つけてしまった。
 これなに、と花音に訊いてわかった。
 バニラエッセンスとバニラビーンズ。
 何アンタ、お菓子作りでもしようとしたの?あらこれ開いてるじゃない、使ったの?
 そう花音に言われて、お菓子作り、プリン、と気付いたのだ。
 悠真さんが、……本当に練習したんだって、おれの為に、ちゃんと。
 泣くかと思った。
 適当に言い訳をつけて、奥にしまい込んだ。
 捨てるのは後からだって出来る。でも捨てたら終わりだから。だからもうちょっと、考えたくて。


 ◇◇◇

「はー、綺麗になった、かな」
「手伝ってくれてありがと」
「荷解きかずねに任せてたら暫く使わないからってほっときそうなんだもん」
「はは……ご飯どーしよっか、食べに行く?頼む?」
「頼みましょ、外行くのしんどいし」

 引越し後の荷解きを手伝いに来てくれた花音が、ぐで、とおれに凭れかかって呟く。
 僕作ろうか、と言う千晶くんに、流石に今日はいいよ、とふたりして首を振った。

「ピザにしよ、ピザ、最近ピザ頼んでないかも。今日は片手でさっと食べれるのがいいわー」
「花音ちゃん最近は和食ブームだったもんね」
「正月太りがまだ気になってて……今日は動いたからいいよね」
「もう三月だぞ」
「煩い、ね、どれにする?」

 ひとのタブレットを断り入れず花音は操作する。
 別に疚しいものはないからいいけど。
 これとこれと、と指を差す花音に、太るぞと突っ込むと脇腹を突っつかれた。あんたもいっぱい食べんのよ、と。
 もう頼んじゃうからね、とボタンを押して終わり。
 タブレットをついと指先で奥に滑らせると、テーブルの上にお行儀悪く頬をつき、ねえソファは?持ってこなかったの、と花音が訊いてきた。

「あー……汚れたし、引越しついでに捨てた」
「買いなよ、一緒に行こうか?」
「ん、いい、その内……気に入るのがあったら」

 そう、と頷いたかと思うと、暫くして、名前なんだっけ、あの、かずねの番、と放り込まれた。
 ……今日の花音は、いや今日だけではないけど、変なところ鋭い。

「……ゆーまさん」
「そう、その悠真さんは?」
「仕事……出張だって」
「なんでこんな日にまあ」
「しゅ、出張の方が急に決まったんだから仕方ないだろ」

 土曜日に来ない理由を思いつきで答える。
 花音に言えない秘密が増えていく。

「ねえ、なんで引っ越したの、一緒に住まないの?」
「えー……花音たちと同じマンションの方が安心かなって……いっ、いっしょには……」
「一緒には?」
「ほら、えっと、おれ、まだ働いてないし……その、プライドとか……ねっ、劣等感とか、さあ」
「別に働かなくてもいいでしょ、主夫でもいいじゃない、稼いでくるでしょ、穂高グループの長男なんだから」
「やだ働く」
「なんでそこは頑固なのかなあ」

 じゃあうちで働きなさいよ、と唇を尖らせる花音を、千晶くんがまあまあ、と宥めてくれる。
 あのね、今まで隠してたオメガが働くとなったら白い目で見られるのおれだけじゃないんだからね、花音も父さんもなんだから。
 まあふたりとも、そんなこと言っても気にしないって返してくるのがわかってるから言わないけど。

「でも挨拶くらいはさせなさいよ、うちのかずねを持ってくんだから挨拶くらいは当然でしょ」
「……結婚とかじゃないんだけど」
「番にしてんだから一緒よ」

 しまったなあ、そこまでは考えてなかった。花音たちの近くに越してきたのは自分の為だったのだけど、深く突っ込まれることまで考えてなかった。
 ちょっと考えればこうなるのはわかってた筈なのに、本当におれは詰めが甘い。
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