上 下
95 / 124
7

95

しおりを挟む
 ただ完全に、そのひとだけが悪いことって、そうそうないんじゃないかなって思う。
 色々な原因やタイミングが重なって、悪いことがおきちゃったり、悪い方にいっちゃうの。
 あの時ああしていればあの悲劇はおこらなかった、誰かが注意してれば、引き止めてれば。
 あの時ちゃんと話していれば性格は捻じ曲がらなかった、叱っていれば、ううん、産まなければ。

 そんな風になんにでもこじつけることだって出来るし、やっぱりそうすることが正しかったという場合だってある。
 今回は?誰が悪い?
 番を増やした悠真さんが悪い。
 それを許した番が悪い。

 でもいちばん悪いのは、番がいることを知って、それから番になることを望んだおれだ。
 ちゃんと断っていれば。
 あの日会わなければ。抑制剤が効いていれば。皆が止める中ばかみたいに乱用していた抑制剤を規定通りにしていれば。ちゃんと自分の性に向き合っていれば。おれがオメガじゃなければ。
 おれが、ちゃんとしてれば、おれはあんなことにならなかったのに。
 誰かをかなしませたり、いやな思いをさせたりしないですんだのに。


 あの日、悠真さんが帰って、数日ぶりにひとりきりになった。
 正直さみしかった。
 でも悠真さんはちゃんと発情期、一緒にいてくれた。
 その間おれは迷惑しかかけてない。
 家事も、おれの面倒も……ベッドの上で腰を振るか寝るかしかしてないおれのことを、ちゃんとみてくれた。
 おれ、本当になんにも出来てない。風呂にひとりで入ることすら出来ない。
 幻滅されなかったかな、発情期の間は碌に風呂も入ってなかったのかよって。
 いや、もうそれは気にしなくてもいいのか。
 ご飯も何回も作ってくれた。あったかいご飯、プリンだっておれが強請ったとおり。

 なのにおれは文句を言った。
 ケーキ屋になんて行かなくていい、早く来い、プリンなんか買ってきても発情期に冷蔵庫まで行ける訳ないだろ、
 そんなかわいげのないことを。賞味期限過ぎたから食べてない、捨てた、なんて。
 折角してやったのにって、見限られたっておかしくない。なのに反省してると、ごめんねと言ってくれた。

 その後だって、食べたくない、コーヒーくさい、ココアがよかった、そんなことばっかり言っちゃうし、悠真さんは色々してくれるのに、疲れてだっているかもしんないのに、おれは、自分が辛いからって早く触ってほしいって、そんなことばっかり。

 悠真さんはいっぱい優しくしてくれた。
 今までのことだって、謝ってくれた。
 本当にずっと優しくて、ご飯を食べさせてくれたり、着替えとか、シーツの交換とか、そんなことまでさせてしまった。
 起きたら綺麗な寝巻きで、シーツで、水を飲まされ、食事を摂らされ、頭を撫で、いっぱい、話もしてくれた。
 嬉しいことしかなかったよ、文句ばっかり言っちゃったけど、でもあの四日間、あんなに嬉しいって思ったこと、なかったかも。

 花音だって家族だって、皆優しくてだいすきだけど、安心するけど、それとはまた違うもの。
 言葉にすると同じに見えてしまうけれど、心がふわふわする感じが全然違う。
 家族じゃないから、だからこそのしあわせというか。
 あったかくて、擽ったくて、ぎゅうってなって、発情期なんて辛くて早く終われって、そんなことしか思ったことなかったのに、なのに、もうちょっとなら続いてもいいと思ってしまうくらい。
 なんでおれ、発情期四日五日しかないんだろう、平均的な、一週間とかあれば、あとふつかは一緒にいれたのに。そう思ってしまうくらい。

 甘えたって、怒られなかった。
 苦笑いしたり、ちょっと意地悪なこと言ったりはしたけど、受け入れてくれた。
 甘ったれたことを言っても受け止めてくれた。嫌がらなかった。

 悠真さんが瞳を細めて笑うのがすきだなと思った。
 胸がぎゅうってなって、なんでそんな、愛しいものを見るような瞳で見てくれるんだろうって。
 もしかしたら、おれのこと、そんなに悪くは思ってないんじゃないかって。それなりにはすきでいてくれるんじゃないかって。
 優しい声も、触り方も、かわいいとか、そういうの、何回も言ってくれるところも、ちゃんとおれの名前、呼んでくれるところも。

 すきになっちゃった。
 本当は、もっと前からそうだったのかもしれないけど。
 気付かなかったらよかったのに。そしたら番の特権だけ甘受出来てたかもしれないのに。
 気付いてしまったら、そのままでいられなかった。

 だっておれが悪い。
 おれが、おれがあのひとの番から、悠真さんの時間を貰ってる。
 その間、番はひとり。
 おれがいやだったことを、辛かったことを、誰かにしてしまう。
 しょうがないじゃん、オメガなんだもん、番なんだもん、許したのはそっちじゃないか、こうなることくらいわかるだろって、そんなの、おれだってわかってた筈じゃないか。
 番になったら、……既に番のいる悠真さんの番になったら、お互いさみしい思いもいやな思いもするって。
 そんなのちゃんと、わかってたじゃんか。

 なのにおれは泣いた。
 風邪なんかより、発情期の方がひとりはやだって。
 優しいひとの罪悪感とか、親切心とかにつけこんだ。
 おれが弱ってたら、優しくしてくれるって。
 その通りになった。優しくしてくれた。
 だからこれ以上はだめだって思った。

 すきになってしまったら、おわり。
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...