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大丈夫?ここでいい?そう和音に訊くと、ん、と小さく頷く。
危ないからじっとしててね、と頬を撫で、額に唇を落とし……いや、包丁や火を使うとはいえあまりにもこども扱いが過ぎるか、と思ったのだけれど、見下ろした和音はぽわぽわしたような、そんな表情だったから、まあいいかとそのまま背を向けて冷蔵庫を開けた。
「ねえ」
「うん?」
「作りながらでいいから、色々訊いてもいい?」
「何を?」
珍しいなと思った。
落ち着いてる時の和音があまりに俺にべったりなのも、そんなことを訊くのも。
どういうことだろうと思いながらいいよ、と冷蔵庫の中を確認しながら軽く返すと、一瞬躊躇った後、悠真さんの番って、どういうひと、と掠れた声で訊かれた。
つい動揺してしまい、動きが止まる。
冷蔵庫の扉越しに、それ訊くの、と和音の方を見ると、本人は至って真剣なかおで、唇をきゅっと噛み締めてこちらを見ていた。
「なんにんいるの?」
「いや、一夫多妻制じゃあるまいし、そんな何人も……ひとりだよ」
冷蔵庫を閉め、なんでもないように取り繕う。
そう、番はひとりだけ。
冷たい牛乳をマグカップに注ぎ、レンジにかける。
和音は抱えた膝に顎を置き、視線を床に向けたまま、どういうひと、とまだ訊いてくる。
優しくていいこだよ、と返しながら、玉葱をひとつ皮を剥く。
レンジからカップを取り出し、蜂蜜を入れてよく混ぜ、くしゃみをした和音にそれを渡すと、ひとくち啜り、それからぽつりとココアが良かった、と零すと、またふうふうとホットミルクを冷まし出す。
使わない野菜を冷蔵庫に戻し、玉葱をみじん切りにし、鍋を出して火にかける。合間にずず、と和音がミルクを啜る音と、ほう、と息を吐く声が聞こえた。
質問は終わりかなと油断をしていたら、幾つ、とまた質問が飛んでくる。
……終わってなかったようだ。
「ひとつした」
「かわいい?」
「かわいいよ、そりゃ俺はね。どちらかというと綺麗な子かな」
「どんなとこがすき?なんで番になったの?」
設定として、律稀のことを上げるつもりだった。
でも和音だってひとつしたで、俺にとってはかわいくて堪らない相手だ。口を開けば少しこどもっぽいけれど、周りから見るととても綺麗な子。
番は君しかいない。
どうしても噛みたいと、俺のものにしたいと思ったひと。
そんな彼に……そのことは嘘が吐けなくて、和音のことを考えながら話してしまう。
和音、と呼ぶ声と、悠真さん、と呼んだ声が重なる。
視線が合って、あ、と声が漏れた。
眉の下がった、不安そうな表情だった。
なあに、と和音に譲ると、口を開きかけて、またきゅうと下唇を噛む彼に、何か言いたいんでしょうと振ると、視線を泳がせて、マグカップ、床、それから俺の足元を見ながら、悠真さんの話も聞きたい、と呟く。
俺は自分と花音のことを知ってるのに、自分は俺のことを殆ど知らない、知りたい、と空のカップを見つめながら言う。
そのカップを取り上げシンクに置き、じゃあ食べながらあっちで話そうか、とまた和音を抱え上げた。
危ない、かおに出るところだった。
にやけてしまいそうで、でも少し、泣きたい気持ちにもなる。
もう全て話してしまおうか、嫌だ、まだこわい。
地獄だと言われてからふたつきも経ってない。
昨日久し振りに会って、この、たったいちにちでそれをどうにか挽回出来たなんて思えない。
もっと気を惹きたい、もっと、こっちを見てもらわなくちゃ。
これは絶対に失敗してはいけない駆け引きなのだ。
和音をソファに置いて、熱いリゾットを冷ましながら少しずつスプーンを口に運ぶ。
思ったりよりは口にしてくれてほっとした。
骨が浮く程の薄い躰に普段より高い体温、荒い呼吸に蕩けた目元、紅い頬。
体調不良とは違うが似たようなものだ。
発情期の間は食欲がない、それより性欲、睡眠欲を優先してしまう。
喉を通らない、食べたいと思わない。
それはわかった。
ただでさえ細い躰は数日の発情期でどれだけ体重を落とすのだろう。次までにどれだけ戻せるのだろう。
その内躰を壊してしまうんじゃないか、もうぼろぼろなんじゃないか、もっと、ちゃんと食べさせなきゃ、肉も野菜も果物も。
でも今は少しでも食べられるものを……
「ん……」
口元を押さえて首を振る和音に、もういっぱい?と訊く。
残り三分の一くらいだ、こんなものか、ううん、無理はしてほしくない、だってこの後も和音は抱いてほしいと躰を預けるだろう。
そうなると食べ過ぎだと吐くかもしれない。
まだ二日目だ、まだ和音に食べさせる機会はある。
「悠真さんは食べないの」
「んー……そうだな、俺も今の内にちょっと食べようかな」
「んっ」
残しても勿体ない、皿に残りを全部移し、シンクに鍋を浸けておく。
片付けは和音が寝てからでいい。
ソファに戻った俺の皿をじい、と見る和音にまだ食べるか訊くと、慌てたように首を振った。
……食べてるところを見られてるのって、結構居心地悪かもしれない。
「ね、きょうだいっている?」
そういえば食べながら話そうかと言ったのだった、と思い出す。
口の中のものを嚥下して、弟と妹がいると答えると、へえ、と頷き、親戚は?多い?かわいい?家族仲は良い?矢継ぎ早に訊いてくる。
それに答えながら、踏み込んだところまでは訊いてこないんだな、と思った。
危ないからじっとしててね、と頬を撫で、額に唇を落とし……いや、包丁や火を使うとはいえあまりにもこども扱いが過ぎるか、と思ったのだけれど、見下ろした和音はぽわぽわしたような、そんな表情だったから、まあいいかとそのまま背を向けて冷蔵庫を開けた。
「ねえ」
「うん?」
「作りながらでいいから、色々訊いてもいい?」
「何を?」
珍しいなと思った。
落ち着いてる時の和音があまりに俺にべったりなのも、そんなことを訊くのも。
どういうことだろうと思いながらいいよ、と冷蔵庫の中を確認しながら軽く返すと、一瞬躊躇った後、悠真さんの番って、どういうひと、と掠れた声で訊かれた。
つい動揺してしまい、動きが止まる。
冷蔵庫の扉越しに、それ訊くの、と和音の方を見ると、本人は至って真剣なかおで、唇をきゅっと噛み締めてこちらを見ていた。
「なんにんいるの?」
「いや、一夫多妻制じゃあるまいし、そんな何人も……ひとりだよ」
冷蔵庫を閉め、なんでもないように取り繕う。
そう、番はひとりだけ。
冷たい牛乳をマグカップに注ぎ、レンジにかける。
和音は抱えた膝に顎を置き、視線を床に向けたまま、どういうひと、とまだ訊いてくる。
優しくていいこだよ、と返しながら、玉葱をひとつ皮を剥く。
レンジからカップを取り出し、蜂蜜を入れてよく混ぜ、くしゃみをした和音にそれを渡すと、ひとくち啜り、それからぽつりとココアが良かった、と零すと、またふうふうとホットミルクを冷まし出す。
使わない野菜を冷蔵庫に戻し、玉葱をみじん切りにし、鍋を出して火にかける。合間にずず、と和音がミルクを啜る音と、ほう、と息を吐く声が聞こえた。
質問は終わりかなと油断をしていたら、幾つ、とまた質問が飛んでくる。
……終わってなかったようだ。
「ひとつした」
「かわいい?」
「かわいいよ、そりゃ俺はね。どちらかというと綺麗な子かな」
「どんなとこがすき?なんで番になったの?」
設定として、律稀のことを上げるつもりだった。
でも和音だってひとつしたで、俺にとってはかわいくて堪らない相手だ。口を開けば少しこどもっぽいけれど、周りから見るととても綺麗な子。
番は君しかいない。
どうしても噛みたいと、俺のものにしたいと思ったひと。
そんな彼に……そのことは嘘が吐けなくて、和音のことを考えながら話してしまう。
和音、と呼ぶ声と、悠真さん、と呼んだ声が重なる。
視線が合って、あ、と声が漏れた。
眉の下がった、不安そうな表情だった。
なあに、と和音に譲ると、口を開きかけて、またきゅうと下唇を噛む彼に、何か言いたいんでしょうと振ると、視線を泳がせて、マグカップ、床、それから俺の足元を見ながら、悠真さんの話も聞きたい、と呟く。
俺は自分と花音のことを知ってるのに、自分は俺のことを殆ど知らない、知りたい、と空のカップを見つめながら言う。
そのカップを取り上げシンクに置き、じゃあ食べながらあっちで話そうか、とまた和音を抱え上げた。
危ない、かおに出るところだった。
にやけてしまいそうで、でも少し、泣きたい気持ちにもなる。
もう全て話してしまおうか、嫌だ、まだこわい。
地獄だと言われてからふたつきも経ってない。
昨日久し振りに会って、この、たったいちにちでそれをどうにか挽回出来たなんて思えない。
もっと気を惹きたい、もっと、こっちを見てもらわなくちゃ。
これは絶対に失敗してはいけない駆け引きなのだ。
和音をソファに置いて、熱いリゾットを冷ましながら少しずつスプーンを口に運ぶ。
思ったりよりは口にしてくれてほっとした。
骨が浮く程の薄い躰に普段より高い体温、荒い呼吸に蕩けた目元、紅い頬。
体調不良とは違うが似たようなものだ。
発情期の間は食欲がない、それより性欲、睡眠欲を優先してしまう。
喉を通らない、食べたいと思わない。
それはわかった。
ただでさえ細い躰は数日の発情期でどれだけ体重を落とすのだろう。次までにどれだけ戻せるのだろう。
その内躰を壊してしまうんじゃないか、もうぼろぼろなんじゃないか、もっと、ちゃんと食べさせなきゃ、肉も野菜も果物も。
でも今は少しでも食べられるものを……
「ん……」
口元を押さえて首を振る和音に、もういっぱい?と訊く。
残り三分の一くらいだ、こんなものか、ううん、無理はしてほしくない、だってこの後も和音は抱いてほしいと躰を預けるだろう。
そうなると食べ過ぎだと吐くかもしれない。
まだ二日目だ、まだ和音に食べさせる機会はある。
「悠真さんは食べないの」
「んー……そうだな、俺も今の内にちょっと食べようかな」
「んっ」
残しても勿体ない、皿に残りを全部移し、シンクに鍋を浸けておく。
片付けは和音が寝てからでいい。
ソファに戻った俺の皿をじい、と見る和音にまだ食べるか訊くと、慌てたように首を振った。
……食べてるところを見られてるのって、結構居心地悪かもしれない。
「ね、きょうだいっている?」
そういえば食べながら話そうかと言ったのだった、と思い出す。
口の中のものを嚥下して、弟と妹がいると答えると、へえ、と頷き、親戚は?多い?かわいい?家族仲は良い?矢継ぎ早に訊いてくる。
それに答えながら、踏み込んだところまでは訊いてこないんだな、と思った。
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