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話してる間に、擦れ違いがあるのにすぐ気付いた。
仕事終わってから夜来ない?だめ?と訊く和音に驚く。
どうしたんだろう、その手のお強請りはあまりしてくれなかったのに。発情期だからだろうか。
正直、嬉しいと思った。けれどその声が余りにも不安そうだったものだから、早く誤解は解いてあげなくちゃと、寝室の扉を開けて、帰ってない、まだいるよと示す。
驚きながらスマホをベッドに落とした和音に、何か食べる?と訊きながら、通話状態だった画面に触れる。
和音は食べたくない、食べられないと首を横に振った。
その気持ちはわからないではないのだけれど、体調不良で吐く、とかでないのなら食べてほしい。
寝たきりではないんだ、あれだけ体力を使うのだから……まだこれからも使うのだから、ちゃんと、は無理でも少しくらい口にしてほしい。
「そうだ、プリン、プリンなら食べられない?あれなら喉、通るでしょ」
ぼんやりした瞳で俺を見上げていた和音は、少し考えて、それからうん、と頷いた。
待ってて、と気が変わる前に寝室を出る。良かった、買ってきてて。
冷蔵庫から取り出すと、すぐに和音の元へ戻る。
差し出された指先が少し震えていて、ああ、やっぱり無茶させてるんだな、と思った。
そうだよなあ、気を飛ばすまで揺さぶってたんだ、体力だって限界にもなる。
自分もベッドに上がり、おいでと和音の腰を引く。
腕の中に収まった和音が想像以上にかわいくて、にやけてしまいそうになるのを我慢するのが大変だった。
食べさせてあげる、ほら手も震えてるでしょ、と言う俺に、誰のせいで、と唇を尖らせる。
そんな悪態すらかわいらしいものだった。
「俺のせいだよ、無理させてごめんね」
「へっ……」
「でも和音も煽るからさ」
「煽っ、てない!」
「いやあ、もっともっと、ってお強請りがかわいくて」
「言ってない!」
「言いましたあ」
「ゆってない!」
そんな言い合いにほっとしてしまう。
良かった、和音がそう返してくれて。俺に怯えないでくれて、塞ぎ込まないでくれて、良かった。
視線が合って、頬を染めた和音がすぐに逸らす。
発情期だから仕方がない。少しの刺激でも躰が反応してしまうんだよね。
でもそれはこれを食べてからにしよう、先に栄養を少しでも摂ってから。始めちゃったら君、落ちるまで躰が疼いたまんまでしょ、また起きるまで待つのはちょっと間が開き過ぎる。
ね、と和音にプリンを見せると、むう、としたように眉を寄せ、また唇を尖らせた。
それはちょっと拗ねた、というよりは、これは嫌だ、というようなかおだった。
以前買った、そこそこ有名店のプリンだった。
和音もすきだと言っていたとろとろのプリンだけれど、口に合わなかったのだろうか。
そりゃわざわざ差し入れした相手にあれ不味かった、なんて言いやしないだろうけれど、そんなかおをする程口に合わないプリンってそんなにある?
このプリン美味しくなかった?と訊くと、知らない、とぷいとそっぽを向かれてしまった。
それはそれでかわいいのだけれど、今はそれに悶えてる場合ではない。
「食べて、ない」
「……あ、食べる気にならなかった?ごめんね、プリンならって」
「れいぞーこまで!行けない!」
「えっ」
「動けないの!わかるでしょ、ベッドからおっ、降りれないの、頑張ってトイレに行くのがやっと、なの、食べられる気がしないのに……れいぞーこになんていかない、発情期終わったらっ、しょーみきげん、切れてんのっ」
堰を切ったように言葉が出る。
それはきっと我慢をしていたからだ。だから堪えきれなくなった時、ひとことふたことでは済まずに、ぶわ、と纏まりがないまま言葉にしてしまう。
「た、食べらんない、よ、れいぞーこに入ってたって、いけない、し、ケーキとか、いらない、から、そんな寄り道、する暇あるなら早く……来てほしかった、し、らっ、だっ、て、発情期、だから、悠真さん、来て、くれるのにっ」
……いつも言われないと気付かない。
なんて配慮が足りなかったんだろう。
気にしていた、つもり、だった。
すきなものを用意して、栄養のあるものを用意して、冷蔵庫に入れてあるからね、食べてね、なんて、そんなことで気を遣っていたつもりだった。
そうか、発情期にベッドの上以外の居場所なんてないんだ。
だからこんなにいつも、水やゼリー飲料やタオルなんかがそこら辺に投げてあるんだ。
そんな中、俺は少しでも俺がいないことで苦しんでほしいと和音を置いて帰っていたんだ。
堪らなくなって、ぎゅうと和音を抱き締めた。
我に返ったのか、慌てるように文句ばかり言ってごめんと謝る和音に、違うと、悪いのは自分だと、痛む自分の胸を押さえられないから、かわりに和音を強く抱き締める。
「こっちがごめん、ごめんね、そっか、冷蔵庫まで行けないか、そんなことまで考えてなかった……」
ケーキ屋に並ぶ暇があるのならその分早く会いに来いと言う和音に、その通りだけど、そう口にしてくれることに、無性に胸が締め付けられるような、嬉しいような、苦しいような、そんな気持ちになった。
仕事終わってから夜来ない?だめ?と訊く和音に驚く。
どうしたんだろう、その手のお強請りはあまりしてくれなかったのに。発情期だからだろうか。
正直、嬉しいと思った。けれどその声が余りにも不安そうだったものだから、早く誤解は解いてあげなくちゃと、寝室の扉を開けて、帰ってない、まだいるよと示す。
驚きながらスマホをベッドに落とした和音に、何か食べる?と訊きながら、通話状態だった画面に触れる。
和音は食べたくない、食べられないと首を横に振った。
その気持ちはわからないではないのだけれど、体調不良で吐く、とかでないのなら食べてほしい。
寝たきりではないんだ、あれだけ体力を使うのだから……まだこれからも使うのだから、ちゃんと、は無理でも少しくらい口にしてほしい。
「そうだ、プリン、プリンなら食べられない?あれなら喉、通るでしょ」
ぼんやりした瞳で俺を見上げていた和音は、少し考えて、それからうん、と頷いた。
待ってて、と気が変わる前に寝室を出る。良かった、買ってきてて。
冷蔵庫から取り出すと、すぐに和音の元へ戻る。
差し出された指先が少し震えていて、ああ、やっぱり無茶させてるんだな、と思った。
そうだよなあ、気を飛ばすまで揺さぶってたんだ、体力だって限界にもなる。
自分もベッドに上がり、おいでと和音の腰を引く。
腕の中に収まった和音が想像以上にかわいくて、にやけてしまいそうになるのを我慢するのが大変だった。
食べさせてあげる、ほら手も震えてるでしょ、と言う俺に、誰のせいで、と唇を尖らせる。
そんな悪態すらかわいらしいものだった。
「俺のせいだよ、無理させてごめんね」
「へっ……」
「でも和音も煽るからさ」
「煽っ、てない!」
「いやあ、もっともっと、ってお強請りがかわいくて」
「言ってない!」
「言いましたあ」
「ゆってない!」
そんな言い合いにほっとしてしまう。
良かった、和音がそう返してくれて。俺に怯えないでくれて、塞ぎ込まないでくれて、良かった。
視線が合って、頬を染めた和音がすぐに逸らす。
発情期だから仕方がない。少しの刺激でも躰が反応してしまうんだよね。
でもそれはこれを食べてからにしよう、先に栄養を少しでも摂ってから。始めちゃったら君、落ちるまで躰が疼いたまんまでしょ、また起きるまで待つのはちょっと間が開き過ぎる。
ね、と和音にプリンを見せると、むう、としたように眉を寄せ、また唇を尖らせた。
それはちょっと拗ねた、というよりは、これは嫌だ、というようなかおだった。
以前買った、そこそこ有名店のプリンだった。
和音もすきだと言っていたとろとろのプリンだけれど、口に合わなかったのだろうか。
そりゃわざわざ差し入れした相手にあれ不味かった、なんて言いやしないだろうけれど、そんなかおをする程口に合わないプリンってそんなにある?
このプリン美味しくなかった?と訊くと、知らない、とぷいとそっぽを向かれてしまった。
それはそれでかわいいのだけれど、今はそれに悶えてる場合ではない。
「食べて、ない」
「……あ、食べる気にならなかった?ごめんね、プリンならって」
「れいぞーこまで!行けない!」
「えっ」
「動けないの!わかるでしょ、ベッドからおっ、降りれないの、頑張ってトイレに行くのがやっと、なの、食べられる気がしないのに……れいぞーこになんていかない、発情期終わったらっ、しょーみきげん、切れてんのっ」
堰を切ったように言葉が出る。
それはきっと我慢をしていたからだ。だから堪えきれなくなった時、ひとことふたことでは済まずに、ぶわ、と纏まりがないまま言葉にしてしまう。
「た、食べらんない、よ、れいぞーこに入ってたって、いけない、し、ケーキとか、いらない、から、そんな寄り道、する暇あるなら早く……来てほしかった、し、らっ、だっ、て、発情期、だから、悠真さん、来て、くれるのにっ」
……いつも言われないと気付かない。
なんて配慮が足りなかったんだろう。
気にしていた、つもり、だった。
すきなものを用意して、栄養のあるものを用意して、冷蔵庫に入れてあるからね、食べてね、なんて、そんなことで気を遣っていたつもりだった。
そうか、発情期にベッドの上以外の居場所なんてないんだ。
だからこんなにいつも、水やゼリー飲料やタオルなんかがそこら辺に投げてあるんだ。
そんな中、俺は少しでも俺がいないことで苦しんでほしいと和音を置いて帰っていたんだ。
堪らなくなって、ぎゅうと和音を抱き締めた。
我に返ったのか、慌てるように文句ばかり言ってごめんと謝る和音に、違うと、悪いのは自分だと、痛む自分の胸を押さえられないから、かわりに和音を強く抱き締める。
「こっちがごめん、ごめんね、そっか、冷蔵庫まで行けないか、そんなことまで考えてなかった……」
ケーキ屋に並ぶ暇があるのならその分早く会いに来いと言う和音に、その通りだけど、そう口にしてくれることに、無性に胸が締め付けられるような、嬉しいような、苦しいような、そんな気持ちになった。
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