【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◆◆◆

 十二月も半ば。
 どこもかしこもクリスマスムードの中、俺は仕事に家族間のことに、それなりに毎日を忙しく過ごしていた。
 その合間を縫って、和音と連絡を取ろうと心掛けている。出来るだけ、メッセージで済ませず電話で。
 内容なんて当たり障りないようなものばかりだ。
 何を食べたとか、体調は大丈夫か、また崩してないか、明日は何するの?とか、そんな雑談ばかり。
 和音は最初こそ怪訝そうな態度を取っていたが、その内対面の時のように冗談や笑い声を聞かせてくれるようになってきたのが嬉しかった。

 反省したのだ、これでも。
 あんな風に泣かれるとは思ってなかった、風邪なんかより発情期の方が辛いなんて言われると思ってなかった。
 いやわかっていた筈だ、律稀だって言っていた。
 でも体調不良より辛いだなんて、そこまでとは思ってなかったんだ、そういうところは何もわかってない。

 和音が落ちる前に嫌われてしまっては意味がない、和音にはずっと俺のこと、意識してもらわなきゃいけないのに。
 だから暫くはちゃんと和音のことを見ていよう、そう思ったのだ。
 和音にとって、今のところ俺はそんなに離れたい相手ではないと思う。
 そう思いたい。
 甘える声も、笑う声も、ちゃんと俺に向けられたものだと。

 少し前まで崩していた体調も、前に比べたら元気になっているようだと、和音自身の会話でも、腕時計から送られてくる、共有しているアプリの通知も教えてくれる。
 だから安心したんだ、年末年始、和音は元気に過ごせるようだと。

 それが朝っぱら、いきなり乱れたのだ。
 所詮アプリ通知、そろそろ発情期かもしれないという予想は立ててくれても、実際の体調がどんなものか、脈拍や呼吸等汲んで風邪です、なんて答えまでは出してくれない。
 だからその与えられたヒントで、発情期ではなくただの体調不良では、とこちらで判断するしかないのだ。
 一応また、電話もしたのだがすぐに切られてしまった。
 ……間違えて切ったとか、折り返しの電話もメッセージも届かない。
 もしかしたらなんかあったのかもって、思うじゃないか。

「……悠真さん?」

 前回のように花音たちがいるかも、なんてことまで考える余裕はなかった。
 インターフォンも鳴らさず、合鍵で玄関の扉を開いた俺を、驚いたようなかおの和音と、小さな女の子がじっと見た。
 腕に抱えられた女の子は急に現れた俺に怯えることもなく、……走り回ってでもいたのだろうか、頬を林檎のように紅くしてきょとんと見上げている。

 和音とそっくりだった訳ではない。でも同じように大きな瞳を丸くした表情がどことなく似ている気がして、つい、いつの子、と言いかけて、慌ててそんな訳はないと、誰の子、と訊きなおした。
 反応からして和音もそれを感じ取ったのだろうな、呆れたように従姉妹ですよ、と答える。
 俺が訊く前に口の横で三本指を立てる子に、三歳じゃなくて四歳でしょ、と和音はその小さな指を一本追加させた。そうだよな、どうみたって産まれたばかりの赤ちゃんではない。

 玄関に立ったままだとふたりも寒いだろうと、部屋に入れてくんない、と言うと、ああ、と気付いたように招いてくれた。
 腕時計の反応の話をすると、朝から鬼ごっこしてたから脈とか早くなっちゃったかな、と恥ずかしそうに笑い、次いで電話を切られた話をすると、ままかと思った、と従姉妹の芽依が悪びれなく口を開く。
 俺も和音も彼女を責めることは出来ず、彼女にそうかあ、と納得する振りを見せることしか出来なかった。
 ……まあ、いいんだ、うん、和音に何かあった訳じゃないのなら。

 それで帰ろうと思ったんだ。
 でも買い物に行くと言うから、土曜だし仕事も休みだし送っていくよ、と言うと、和音は明らかに遠慮するものだから、芽依に確認をすると、いいよ!と笑顔が返された。
 更にお昼は何を食べたいかと訊くと、ぱあっと笑顔になった彼女は、どーぶつえん!と答えたものだから。
 いいじゃん動物園、行こうよとその案に乗ったのだ。

 動物園なんていつぶりだろう、こどもの頃に行ったっきりだ。
 幼い無邪気な笑顔を向ける彼女に感謝をした。まさかこんなタイミングで一緒に出掛けることが出来るだなんて。
 まるで親子のように昼食を済ませ、動物園に向かう。
 その動物園も彼女のお陰で、ぎくしゃくすることもなく存分に楽しめたと思う。
 どちらかと言うともうこの歳だと、動物に、というよりも、ふたりの反応が楽しかった。

 うさぎさんかわいいねえ、ライオンさん怖かった?こっちに来れないから大丈夫だよ、鳥さん触ったら駄目だよびっくりしちゃうでしょ、ソフトクリーム食べたい?何味にしようか、お姉ちゃんのお土産はぬいぐるみにしない?

 喜んだり泣いたり笑ったりと忙しい芽依に付き合う和音が新鮮だった。
 高校の時はすんとしたよそ行きの表情か、影で花音に甘える和音しか知らなかった。
 大人になって再会してからも、強がったり、泣いたり、蕩けたりと色々な表情は見れたけど、こんな、こどもに優しくする和音を見られるとは思わなかった。

 ……やっぱりこどもを先に作ってしまえば、和音は簡単に落ちるのではないか。
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