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六
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和音を抱いた翌日、また後ろ髪を引かれる思いで彼の家を後にした。
律稀の言葉がぐるぐる頭を回る。
いちにち抱かれたからって発情期が治まる訳じゃない。
却って抱かれない方がましだったってくらい苦しい。
後悔する。
それでいいんだ、そうさせたいんだ。
和音が辛くて、苦しくて、さみしくて、早く俺しかいないって気付くように。求めてもらうように。
……なんですきな子を、たいせつな子を、そんなに悲しませないといけないんだろう。まだ十分じゃないのか。
後悔なら俺だってしてる。
けれどこれから先を決めることだから。一生に関わることだから。
どれだけ汚い手を使ったって、和音を手離したくない、俺のものにしたい、一生を共にしたい。
だから、もう少し。
もう少しだけ、和音の出方を見たい。
和音の家へ訪問してから五日、またアプリが反応しない。
腕時計はつけてあげた筈だ。
発情期は終わってる頃だけれど、もう腕時計を外した?出来れば毎日つけてほしいとは言ったのに。そんなに外したかった?
いや壊れた?おかしくなった?不具合?
別にそれならそれでいい、発情期前につけてくれたらそれでもいい。
でもそれなら教えてほしい。
腕時計を外したのかメッセージでも送ってみたけれど、返信がない。
少し迷って電話もした、出ない。数時間開けたが、それでも出なかった。
……何かあればきっと花音に連絡を取ってるだろう、和音からの連絡がなければ花音が訪問してるだろう。
そうは思うけれど。
電話まで出ないんじゃ、やっぱり不安だった。
俺が怒らせたのかもしれない、わざと電話に出ないのかもしれない。
充電が切れてるだけかも。
でも万が一にでも何かがあったとしたら。
そう思ったらもういてもたってもいられなかった。
無理矢理早退をして、スーツのまま、真っ直ぐ和音の家に向かう。
合鍵を使うか、インターフォンを鳴らすか迷い、もし何でもなかったら、花音がいたら、合鍵を使うにはちょっと……そう考えて取り敢えず先にインターフォンを鳴らした。
すぐに、はあい、と和音でも花音でもない声がする。
……誰だお前、そんなかおで見てしまった。
『どちらさまですかー……あっ』
「あ……?」
『もしかして!』
「……あの、和音……くん、の様子をみに」
『やっぱり~!鍵開けますね、ちょっと待って』
すぐにがちゃりと扉が開けられ、そこから笑顔の青年が顔を出した。
玄関に入れられ、にこにこしたまま、かずねくんの番さんですか、と尋ねられる。
「はあ、まあ……」
「良かった~、かずねくん、仕事に行ったって言ってたから。そうですよね、心配しますよね、あ、えっと、今日はどれくらい……?」
「どれくらい?」
「かおを見たら帰る予定でした?それとも泊まっていきます?泊まっていくなら僕、色々買い込んで来てるので、冷蔵庫……中、使ってもらって……ええと、ほら、ひとり置いて買い物行くの、心配でしょ」
冷却シートと薬は冷蔵庫と寝室に置いてます、それから、ああ、風邪の時はあんまり食べないんで少しずつ出してあげて下さい、
俺の答えを待たず、ずらずらと言葉を並べる。お陰で訊く前に風邪だとわかってしまった。
……ひとの好いかおはしてるが、誰だろう、友人?お手伝いさん?
オメガのようだが、俺より先に彼に頼ったということか。
ほんの少しむっとしたが、それは俺が怒るようなことではない。
和音からしたら先に頼る相手がいたということ。
俺はその優先順位がまだ低いということだ。
「宜しくお願いしますね、あ、そうだ、一応これ、連絡先です、もし何かあったら連絡下さい、かかりつけ医とか……」
少し説明をすると小さなメモ紙に電話番号を残し、玄関に置いたままの鞄を手に取ると、彼は直ぐに出て行ってしまった。
大して俺の話も聞かずに。
……ひとにすぐ騙されそうな青年だ、と思った。
あの様子じゃあ風邪も重くはないのだろう。
予想通り、寝室を開けると、ベッドの上で躰を起こした和音が大きな瞳を丸くさせ、なんでゆーまさん?と間の抜けたような声で俺を迎えた。
ベッドに腰掛けてよく彼のかおを見る。
うん、確かに熱はあるみたいだけど、もうある程度下がったのかな、高熱という訳ではないようだ。
寝起きというのもあるのだろう、まだぼんやりしてるし、声は掠れているけれど。
先程までいた青年のことを訊くと、彼は花音の番だと言う。それに少しほっとしたけれど、やっぱりその、どうしてももやもやはしてしまって。
「……俺を呼べばいいでしょ」
つい、そう言ってしまった。そしてしまったと思った。
だって、驚いたようなかおをするから。
どうせ呼んだって来ない、俺は仕事を休まないだろう、そう思ったんだろうな。
「休むよ、……番なんだし。体調悪い時くらい」
「ただの風邪だよ」
「でも辛いでしょ」
そうだよ、ただの風邪なんて寝てれば治る。
そうわかっちゃいるけれど、心配するんだよ、したいんだよ、俺にその権利はないのかもしれないけど、でも、やっぱりだいじなひとだから、心配したい。
帰っていいよ、こんなのただの風邪だ、そう言うけれど。
「でも熱あるんでしょ、苦しく……」
「発情期の方がつらい……!」
「え」
和音の声が荒くなる。本人も驚いたかおをしていた。
……でも止まらないのだ、一度出た不満というものは。
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