【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◆◆◆

 和音を抱いた翌日、また後ろ髪を引かれる思いで彼の家を後にした。
 律稀の言葉がぐるぐる頭を回る。
 いちにち抱かれたからって発情期が治まる訳じゃない。
 却って抱かれない方がましだったってくらい苦しい。
 後悔する。

 それでいいんだ、そうさせたいんだ。
 和音が辛くて、苦しくて、さみしくて、早く俺しかいないって気付くように。求めてもらうように。
 ……なんですきな子を、たいせつな子を、そんなに悲しませないといけないんだろう。まだ十分じゃないのか。

 後悔なら俺だってしてる。
 けれどこれから先を決めることだから。一生に関わることだから。
 どれだけ汚い手を使ったって、和音を手離したくない、俺のものにしたい、一生を共にしたい。
 だから、もう少し。
 もう少しだけ、和音の出方を見たい。


 和音の家へ訪問してから五日、またアプリが反応しない。
 腕時計はつけてあげた筈だ。
 発情期は終わってる頃だけれど、もう腕時計を外した?出来れば毎日つけてほしいとは言ったのに。そんなに外したかった?
 いや壊れた?おかしくなった?不具合?
 別にそれならそれでいい、発情期前につけてくれたらそれでもいい。
 でもそれなら教えてほしい。
 腕時計を外したのかメッセージでも送ってみたけれど、返信がない。
 少し迷って電話もした、出ない。数時間開けたが、それでも出なかった。

 ……何かあればきっと花音に連絡を取ってるだろう、和音からの連絡がなければ花音が訪問してるだろう。
 そうは思うけれど。
 電話まで出ないんじゃ、やっぱり不安だった。
 俺が怒らせたのかもしれない、わざと電話に出ないのかもしれない。
 充電が切れてるだけかも。
 でも万が一にでも何かがあったとしたら。
 そう思ったらもういてもたってもいられなかった。

 無理矢理早退をして、スーツのまま、真っ直ぐ和音の家に向かう。
 合鍵を使うか、インターフォンを鳴らすか迷い、もし何でもなかったら、花音がいたら、合鍵を使うにはちょっと……そう考えて取り敢えず先にインターフォンを鳴らした。
 すぐに、はあい、と和音でも花音でもない声がする。
 ……誰だお前、そんなかおで見てしまった。

『どちらさまですかー……あっ』
「あ……?」
『もしかして!』
「……あの、和音……くん、の様子をみに」
『やっぱり~!鍵開けますね、ちょっと待って』

 すぐにがちゃりと扉が開けられ、そこから笑顔の青年が顔を出した。
 玄関に入れられ、にこにこしたまま、かずねくんの番さんですか、と尋ねられる。

「はあ、まあ……」
「良かった~、かずねくん、仕事に行ったって言ってたから。そうですよね、心配しますよね、あ、えっと、今日はどれくらい……?」
「どれくらい?」
「かおを見たら帰る予定でした?それとも泊まっていきます?泊まっていくなら僕、色々買い込んで来てるので、冷蔵庫……中、使ってもらって……ええと、ほら、ひとり置いて買い物行くの、心配でしょ」

 冷却シートと薬は冷蔵庫と寝室に置いてます、それから、ああ、風邪の時はあんまり食べないんで少しずつ出してあげて下さい、
 俺の答えを待たず、ずらずらと言葉を並べる。お陰で訊く前に風邪だとわかってしまった。
 ……ひとの好いかおはしてるが、誰だろう、友人?お手伝いさん?
 オメガのようだが、俺より先に彼に頼ったということか。
 ほんの少しむっとしたが、それは俺が怒るようなことではない。
 和音からしたら先に頼る相手がいたということ。
 俺はその優先順位がまだ低いということだ。

「宜しくお願いしますね、あ、そうだ、一応これ、連絡先です、もし何かあったら連絡下さい、かかりつけ医とか……」

 少し説明をすると小さなメモ紙に電話番号を残し、玄関に置いたままの鞄を手に取ると、彼は直ぐに出て行ってしまった。
 大して俺の話も聞かずに。
 ……ひとにすぐ騙されそうな青年だ、と思った。

 あの様子じゃあ風邪も重くはないのだろう。
 予想通り、寝室を開けると、ベッドの上で躰を起こした和音が大きな瞳を丸くさせ、なんでゆーまさん?と間の抜けたような声で俺を迎えた。
 ベッドに腰掛けてよく彼のかおを見る。
 うん、確かに熱はあるみたいだけど、もうある程度下がったのかな、高熱という訳ではないようだ。
 寝起きというのもあるのだろう、まだぼんやりしてるし、声は掠れているけれど。

 先程までいた青年のことを訊くと、彼は花音の番だと言う。それに少しほっとしたけれど、やっぱりその、どうしてももやもやはしてしまって。

「……俺を呼べばいいでしょ」

 つい、そう言ってしまった。そしてしまったと思った。
 だって、驚いたようなかおをするから。
 どうせ呼んだって来ない、俺は仕事を休まないだろう、そう思ったんだろうな。

「休むよ、……番なんだし。体調悪い時くらい」
「ただの風邪だよ」
「でも辛いでしょ」

 そうだよ、ただの風邪なんて寝てれば治る。
 そうわかっちゃいるけれど、心配するんだよ、したいんだよ、俺にその権利はないのかもしれないけど、でも、やっぱりだいじなひとだから、心配したい。
 帰っていいよ、こんなのただの風邪だ、そう言うけれど。

「でも熱あるんでしょ、苦しく……」
「発情期の方がつらい……!」
「え」

 和音の声が荒くなる。本人も驚いたかおをしていた。
 ……でも止まらないのだ、一度出た不満というものは。
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