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もう和音も自分も何回達したかわからない。
発情期のオメガも、それにあてられるアルファも、普段と違う躰になってしまうかのように狂ってしまうから。
やっと和音ががくんと気を失った時には、シーツはそれはもうえげつない汚れ方をしていた。
流石に気を失った相手を風呂には入れてやれない。ベッドの上で躰を綺麗に拭いてやり、夏とはいえ冷房で風邪を引かないように寝巻きを着せ、綺麗なシーツに替え、どろどろのシーツは軽く手洗いしてから洗濯機に放り込んだ。
寝室に戻ると、丸くなってくうくう寝ている和音に蹴られたブランケットを掛け、冷房を少し弱めて、自分も端の方に横になる。
後三時間くらいなら寝れるかな、と時間を確認して瞳を閉じた。
◆◆◆
夏の朝は早い。
カーテンから漏れる眩しいくらいの朝日に、アラームより早く目覚めてしまった。
隣の和音は、少しまだ頬は紅い気はするけれど特に寝息も乱れず、すうすうとそれはもうこどものような寝顔だ。
俺が少しばかり動いても起きやしない。
つい数時間までこの細い躰をすきにされていたのだ、そりゃあちょっとやそっとじゃ起きないか。
寝顔かわいいな、成人男性とは思えない程寝顔が幼い。
童顔なのと、ちょっと口が半開きになってるからかな。起きてる時はもうちょっとくらい、きりっとしてるんだけど。……気を張ってそう見せていたのかな。
この寝顔だけで起きるまでずっと時間が潰せそうなくらい。
本当なら発情期は丸々傍にいるものなのだろう。ヒート休暇があるくらいなのだから。
でもそんなもん取ったらすぐに父にばれる。
まだ隠しておきたかった。計画を邪魔されたくない。
和音はまだ俺のものじゃない。
彼にとっては「してもらってる」状態だ。
契約上の番。それをどうにか本物にしないといけない。
その為には和音の意識を変える必要がある。横から余計な茶々は入れさせない。
にばんめやさんばんめでいい、それがいいなんて、そんな、愛人契約のような、そんなの。
馬鹿じゃないのか、家族や友人、愛するひとはたくさんいれど、抱き締めてキスして一緒に寝て共に一生を過ごしたい相手なんて、そんなに多く作れるものか。
和音自身は愛されなくていいということなのか。
まだ、花音さえいればいいと思ってるのか。
思っててもいいよ、でもそれは、これからは花音さえ、ではなく俺さえいればいいと思ってほしい。
その為には和音にはちゃんと俺を見てもらわなければいけない。
きっとこのまま穏やかに過ごしても、彼は本気にしない。
うっかりヒート中にその気になって噛んでしまったから、だから居てくれるだけの男。
和音がその男を気にするには?意識するには?
押してダメなら引いてみろ、そういう言葉があるのだ。
そっと和音の家を出て、車に乗り込み、はあ、と溜息を吐く。
自分で考えておいて、なんて馬鹿な考えで、なんて後ろ髪を引かれるような行為なんだろうと思う。
俺だって本当は発情期の間、ずっと面倒を見てあげたいけれど。
そんな普通のことしたって、発情期が終わればまたいつもの和音に戻ってしまうだろうから。普通じゃないことをして、気を引くのだ、こどものように。
番が予定より少し早く発情期が来てしまったので先に帰ると送ったのは、ちょっとでもさみしいと思って貰いたかったから。俺にいてほしいと思ってもらいたいから。狡いと思ってほしいから。
にばんめがいいなんて言った自分に後悔してほしいから。
また次の発情期にね、という挨拶は、そんな先ではなく直ぐに会いたいと思ってほしいから。
一年かけてでも落とすと決めた。
我慢をしてでも、例え和音が辛いと思っても。
その辛さで、俺しか見えなくなってほしかった。
後悔して苦しくなってさみしくなって、和音の番は俺だけだって理解して、だから俺に助けてって腕を伸ばしてほしい。
にばんめはいやだって。
そうなってくれたら、俺は和音だけを見るから。
◆◆◆
「病んでんじゃん……」
引いたように律稀が言う。普通にすきだよって言えばいいじゃん、と。
「素直なんだよなあ、律稀は」
「それが僕の良いとこでしょ」
「うん」
「……調子くるうなあ、あ、ねえ、このバナナタルトめっちゃ美味しい」
「そう……」
「……」
「うわ、なに」
上の空な俺の口にフォークを突っ込むと、いつもの唇を尖らせ拗ねるようなかおで、呼んだのそっちじゃんか、と律稀は悪態を吐いた。
用事があるなら早く言いなよ、と。
「いや……番の発情期来ちゃったから帰るって送った手前一応」
「やめてよお、ほんとに!うちの会社潰されたら許さないからね」
「和音はそんな子じゃないよ」
「今の惚気けるとこじゃないんですけどお」
ていうか発情期とか二週間前に終わってるし、と律稀。
前回の発情期のタイミングは和音と被っていた。それから二週間。
流石に本当に発情期のオメガに会う訳にはいかないからこちらも敢えて一応、余裕を持ってずらしたんだけど。
「んもー、本当に発情期始まった番の翌日に僕んとこ来てたら蹴り返してたとこだよ」
「ごめん」
「謝るの僕にじゃないでしょ、これ、僕怒ってる理由わかる?番いる設定に僕使ってることじゃないよ」
「……」
「……辛いんだよ、本当に」
アルファやベータが思ってるより、発情期は、ずっと辛いんだからね、僕でさえも、と俯いた。
……その発情期の話を聞きたかった。
発情期のオメガも、それにあてられるアルファも、普段と違う躰になってしまうかのように狂ってしまうから。
やっと和音ががくんと気を失った時には、シーツはそれはもうえげつない汚れ方をしていた。
流石に気を失った相手を風呂には入れてやれない。ベッドの上で躰を綺麗に拭いてやり、夏とはいえ冷房で風邪を引かないように寝巻きを着せ、綺麗なシーツに替え、どろどろのシーツは軽く手洗いしてから洗濯機に放り込んだ。
寝室に戻ると、丸くなってくうくう寝ている和音に蹴られたブランケットを掛け、冷房を少し弱めて、自分も端の方に横になる。
後三時間くらいなら寝れるかな、と時間を確認して瞳を閉じた。
◆◆◆
夏の朝は早い。
カーテンから漏れる眩しいくらいの朝日に、アラームより早く目覚めてしまった。
隣の和音は、少しまだ頬は紅い気はするけれど特に寝息も乱れず、すうすうとそれはもうこどものような寝顔だ。
俺が少しばかり動いても起きやしない。
つい数時間までこの細い躰をすきにされていたのだ、そりゃあちょっとやそっとじゃ起きないか。
寝顔かわいいな、成人男性とは思えない程寝顔が幼い。
童顔なのと、ちょっと口が半開きになってるからかな。起きてる時はもうちょっとくらい、きりっとしてるんだけど。……気を張ってそう見せていたのかな。
この寝顔だけで起きるまでずっと時間が潰せそうなくらい。
本当なら発情期は丸々傍にいるものなのだろう。ヒート休暇があるくらいなのだから。
でもそんなもん取ったらすぐに父にばれる。
まだ隠しておきたかった。計画を邪魔されたくない。
和音はまだ俺のものじゃない。
彼にとっては「してもらってる」状態だ。
契約上の番。それをどうにか本物にしないといけない。
その為には和音の意識を変える必要がある。横から余計な茶々は入れさせない。
にばんめやさんばんめでいい、それがいいなんて、そんな、愛人契約のような、そんなの。
馬鹿じゃないのか、家族や友人、愛するひとはたくさんいれど、抱き締めてキスして一緒に寝て共に一生を過ごしたい相手なんて、そんなに多く作れるものか。
和音自身は愛されなくていいということなのか。
まだ、花音さえいればいいと思ってるのか。
思っててもいいよ、でもそれは、これからは花音さえ、ではなく俺さえいればいいと思ってほしい。
その為には和音にはちゃんと俺を見てもらわなければいけない。
きっとこのまま穏やかに過ごしても、彼は本気にしない。
うっかりヒート中にその気になって噛んでしまったから、だから居てくれるだけの男。
和音がその男を気にするには?意識するには?
押してダメなら引いてみろ、そういう言葉があるのだ。
そっと和音の家を出て、車に乗り込み、はあ、と溜息を吐く。
自分で考えておいて、なんて馬鹿な考えで、なんて後ろ髪を引かれるような行為なんだろうと思う。
俺だって本当は発情期の間、ずっと面倒を見てあげたいけれど。
そんな普通のことしたって、発情期が終わればまたいつもの和音に戻ってしまうだろうから。普通じゃないことをして、気を引くのだ、こどものように。
番が予定より少し早く発情期が来てしまったので先に帰ると送ったのは、ちょっとでもさみしいと思って貰いたかったから。俺にいてほしいと思ってもらいたいから。狡いと思ってほしいから。
にばんめがいいなんて言った自分に後悔してほしいから。
また次の発情期にね、という挨拶は、そんな先ではなく直ぐに会いたいと思ってほしいから。
一年かけてでも落とすと決めた。
我慢をしてでも、例え和音が辛いと思っても。
その辛さで、俺しか見えなくなってほしかった。
後悔して苦しくなってさみしくなって、和音の番は俺だけだって理解して、だから俺に助けてって腕を伸ばしてほしい。
にばんめはいやだって。
そうなってくれたら、俺は和音だけを見るから。
◆◆◆
「病んでんじゃん……」
引いたように律稀が言う。普通にすきだよって言えばいいじゃん、と。
「素直なんだよなあ、律稀は」
「それが僕の良いとこでしょ」
「うん」
「……調子くるうなあ、あ、ねえ、このバナナタルトめっちゃ美味しい」
「そう……」
「……」
「うわ、なに」
上の空な俺の口にフォークを突っ込むと、いつもの唇を尖らせ拗ねるようなかおで、呼んだのそっちじゃんか、と律稀は悪態を吐いた。
用事があるなら早く言いなよ、と。
「いや……番の発情期来ちゃったから帰るって送った手前一応」
「やめてよお、ほんとに!うちの会社潰されたら許さないからね」
「和音はそんな子じゃないよ」
「今の惚気けるとこじゃないんですけどお」
ていうか発情期とか二週間前に終わってるし、と律稀。
前回の発情期のタイミングは和音と被っていた。それから二週間。
流石に本当に発情期のオメガに会う訳にはいかないからこちらも敢えて一応、余裕を持ってずらしたんだけど。
「んもー、本当に発情期始まった番の翌日に僕んとこ来てたら蹴り返してたとこだよ」
「ごめん」
「謝るの僕にじゃないでしょ、これ、僕怒ってる理由わかる?番いる設定に僕使ってることじゃないよ」
「……」
「……辛いんだよ、本当に」
アルファやベータが思ってるより、発情期は、ずっと辛いんだからね、僕でさえも、と俯いた。
……その発情期の話を聞きたかった。
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