【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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「そんなのに僕を巻き込まないでよ」

 指先でリングを弄りながら律稀りつきが顰めっ面を見せる。
 仕事を早目に終わらせ、和音の家に行く前に彼と会う約束をした。
 話さなきゃ、返さなきゃいけないんだったと急に思い出したのと、今日じゃなきゃ無理、そろそろ自分も発情期だから、と律稀が譲らなかったから。

「止めてよね、僕だって知ってたらオッケー出さなかったんだから」

 そう拗ねたように唇を尖らせる表情はどこか和音に似ている。
 それは初めて会った時も思ったことだった。
 律稀は大学の後輩、ひとつ下のオメガだ。
 大学で交友関係は多少広がったが、特にサークル等には興味がなく入ることはなかった。
 どうせ父の会社に入ることは決まっている、人間関係よりも勉強の方が優先だった。
 律稀はそんな俺でも知ってるくらいの、ちょっとした有名人だった。

 オメガであるにも関わらず、どこか飄々とした子で、アルファにも構わず声を掛ける。
 最初はいつものか、と思った。手当り次第にアルファに粉を掛けるオメガかと。
 社会に出る前に学生時代に番を見つけておいた方が楽だもんな、と冷めた目で見ていた。
 そんな俺にも律稀は話し掛けて来た。
 くりくりとした瞳の、人懐こい少年。顔立ちは別に和音にも花音にも似ていない、なのに和音を思い出してしまったのは、髪型、髪色、身長、そして少し声が似ていたからだろう。

 ゆうま先輩、と少し舌っ足らずに声を掛ける姿が、かのん、と呼ぶ和音に被った。
 かわいらしい顔立ちと、少し甘えたような話し方。
 それは相手が誰でも変わることはなかった。ベータにもオメガにも、態度を変えることなく甘える彼はかわいい後輩として名前が上がることが多い。
 本来なら俺と関わることはなかったけれど、友人のかわいがる後輩として出会ってしまった。

 悪びれることもなく、自販機のジュース奢って下さい、と言うかと思えば、こないだはありがとうございます、財布忘れちゃってて困ってたんです、これお礼です!とコンビニ菓子を手渡すような、良い意味で普通の子で、それが珍しかった。
 一度、お前その首輪ひとつでアルファに近付いて怖くねえの、と訊いたことがある。
 何でもないかおで、僕フェロモン弱いんで結構平気です!と胸を張る律稀に危ないだろ、と言うと、ほんの少しだけ、いつもと違うかおで、大丈夫ですよ、と返してきた。
 それだけの関係だった。
 律稀は交友関係は広かったようだが、意外にも身持ちは堅いようで、そういう浮いた話も聞かなかったし、俺自身も粉を掛けられたことはない。

 そんな彼と再会することになったのは見合いのひとつだった。
 例の如く、どうせお断りするのだと確認することもなく出向いた先にいたのは、ゆうま先輩、と変わらない笑顔の律稀だった。
 ふたりになった時に、お前、俺だとわかってて来たのかと問うと、うん、と頷いた。

「ゆうま先輩なら断ってくれると思って」
「は?」
「ね、断ってくれるでしょ?」

 学生時代と変わらぬきらきらした瞳で、甘えたように言ってくる。元々断る気しかなかったが、一応理由も聞いておく。
 簡単な話、これは政略結婚のようなものだった。律稀の家にとっては。
 中小企業の息子、オメガを使って大企業との縁がほしい。
 律稀はオメガではあるが、フェロモンは弱い。
 かわいらしい子ではあるし、愛嬌もある。けれど「産む為のオメガ」を望むやつらには受けが悪いらしい。

 けれども父は無理にでも嫁がせようとする。律稀の体質を伏せて。
 そんなんだから、相手に断って貰うのがいちばんなんだ、悪役を押し付けて申し訳ないが、先輩から断ってほしい、と懇願する。
 更に話を聞くと、どうやら意中の相手はいるらしいが、相手はどうやらベータのようで、家柄も平凡な一社員。絶対に許されない相手だと嘆く。
 このご時世に、と少し嫌な気になった。
 見合いは断る、けれど律稀の顔も立てると、取引先として優先する約束をした。
 少しでも彼が望む道に近付ければいいと思って。
 いいじゃないか、相手がベータでも、ふたりがしあわせになるのならそれが運命だといえる。今の段階でそのベータが律稀を受け入れるかはわからないが。

 それから律稀と会うことが多少増えた。見合いは断るけれど、暫くは順調な振りをしていた方が、お互いにとって都合が良かったから。俺は見合い回数が減るし、律稀には自由な時間が増える。
 折を見て俺から断るつもりだった。
 オメガが近くにいるのは苦手だったが、律稀はフェロモンが弱いからだろうか、不思議と嫌悪感はない。
 その意中のベータの話、俺の話。恋バナだと笑う律稀に女子高生かと呆れたこともある。
 その律稀が、今度そのベータと遊びに行く、色々助けてくれたお礼、と差し出してきたのが指輪だった。
 どう見たってファッションリングではないそれに、どういうことだと眉を顰めると、虫除け、と唇を尖らせた。

「そういうの、オメガって結構見てるよ。学生の時より本気が増えるから、予約済ですって見せた方がいい」

 だってゆうま先輩はそういうオメガ、嫌でしょ、そう言って俺の指に指輪を嵌め、ぴったりだと笑う。

「本当に感謝してんの、僕。家のことまで考えてくれて、ありがと」

 そう満面の笑みで言っていた律稀が、冒頭の巻き込まないで発言である。
 ……あの頃はかわいげのある子だと思っていたのに。
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