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六
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……いや、このままじゃただ擦れ違ってしまう。
なにか、なにか話が出来れば。
共通の話題がない。
同じ高校だったよね、なんて向こうからしたらきっと気持ちが悪い。
なにか気の利いた台詞は……
焦る。
他人相手になら出るような言葉がなにひとつ思い浮かばなかった。
……言葉が出ないなら、動くしかない。
「あ、す、すみません……」
少しふらついた和音がぶつかり、慌てたように、俺の落とした鞄を手にする。
俺がぶつかるくらいの距離をわざと歩いていただけだ、和音は悪くない。でも、ただぼんやりし過ぎだとは思う。
オメガなんだから、もうちょっと気にしてくれなきゃ。
ほら、ぶつかっただけなのに、もう効いてしまってる。
「……ッ!?」
その鞄をずいと押し付けると、距離を取る。
そう、俺はアルファだから、適切な距離を保たなきゃね、もう遅いみたいだけど。
大きな瞳が揺れる。動揺が手に取るようにわかる。
口をぱくぱくさせて、出ない言葉を必死に探している。
力が抜けたように地面にへたりこんで、頬を紅潮させて、逃げ道を探している。あの時君が薬をあげた女子みたいに。
……アルファは独占欲も執着心も強い。
ごめん、やっぱり俺、君に強い執着心があったみたいだ、思っていたよりも、ずっと。
このままどこかに隠してしまいたい、そう思った。
半ば無理矢理、送っていくと高校の頃から変わらないんじゃないかというような細い躰を抱き上げた。
甘いにおいが強くなる。
きっと和音は俺のアルファ性を感じ取っている。普段なら嫌悪するそのフェロモンも、和音に伝わるなら良かった。
どうしよう、送って行って、名刺でも置いてくるか。この状態で話は出来ないだろう。
俺だって持たない。
ここで襲ってしまうのは簡単だけど、それならなんの為の数年だったのかと思う。
耐えろ、次に繋げろ、怯えさせるんじゃない、信頼させ、依存させるのだ、花音にしていたように。
「噛まれた方、が、楽、かも……」
それなのに、歯を食いしばって耐えているのに、そんなことを和音は漏らすから。この子は危ない、そう思った。
──早く、噛んでしまわないと。
◆◆◆
抑制剤が効かない、コントロールしてくれる番がほしい、普通になりたい、だから番がほしい。
ぽろぽろと零す和音に、こんなのもう噛んでと言ってるようなものだろ、と思う。
噛みたい、俺のものにしたい。
和音は知らない、でも俺は十分待った。
いやだめだ、了承がなくの番契約はオメガの、和音の負担になる。
噛みたい、噛みたい、いいにおいがする、甘い、懐かしくて、でももう違うにおい、和音の、甘いにおい。
かわいい。こんなに近くで見たのは初めてだ。
幻滅なんてしなかった、思ってたのと違うなんてがっかりもしなかった、美化していただけでもなかった、本物の方がずっとかわいい。
伏し目がちな震える睫毛も、躊躇うように小さく開く唇も、ぎゅうと握りしめた拳も、揺れる華奢な肩も。
抱き締めて、和音がいいと言いたかった。
でも彼は俺のことを知らないから。
「にばんめとか、さんばん、め、っ……とか、でいいのに、都合のいい、時、だけで」
コントロールしてくれれば誰でもいい。
恐ろしいことを言う子だな、と思った。
悠長にしてる場合じゃない、早く自分のものにしておかないと。
例えそれが狡い考えであっても。
「じゃあ丁度いいじゃん」
ほら、と指輪を見せる。他に番いた方がいいんでしょ、と。
完全に嘘ではない、これは確かにあの子に貰ったものだ。和音に似たあの子に。
「誰かにばらされたくないんでしょ?番になったら共犯になれるよ」
狡くてもいい、この甘い空気の中、和音を自分のものにすることだけを考えていた。
白い肌が紅くなって、息が荒くなる。ビー玉のような瞳は潤んで、強く噛み締めるものだから唇は色付いていた。
甘ったるいキスに、自分の名前を呼ぶよう教え込む。
ゆうまさん、と呼ぶ少し舌っ足らずな声に、小さく漏れる喘ぎ声はかわいらしい。
完全にヒートに入った躰は心配になる程あつくて敏感で単純。
触れるだけでびくびくして、すぐに下着を汚した。
かわいい。
「外せる?」
首輪を引いて、和音に訊く。
取ってえ、と甘えたような声にぞくりとした。
花音にしていたような、いや、流石にこんな性的なものではなかったけれど、それでもほしかった甘い声だった。
「和音が外して。自分で。俺に噛まれる準備、自分でして」
今ならまだ逃がしてあげられる。
あんたじゃやだって言われたら。
ううん、無理だな。押さえ付けて無理矢理噛んじゃうかも。閉じ込めてしまうかも。
駄目、自分で外して。和音が自分で。
悠真さん、噛んで、って言って。
和音から望んでほしい。
それが今は心の底からの本心でなかったとしても。
「……っ、はず、れたあっ……」
震える指先で、何回も失敗して、泣きそうになりながら外した首輪を、まるで仔犬のように差し出してくる。
よく出来たね、と言うと、彼は笑った。
ふにゃあと、蕩けたようなかおで。
もう駄目だった。
早く挿入てよ、噛んで、と強請るあつい躰に触れる。
保険のように、本当に番になっちゃってもいいの、なんて確認するけど、もう止められる訳はないし、この状況で和音だって今更嫌だとは言えない。
それでも和音から言わせたかった。これは和音が望んだことだと。
逃がすつもりはなかったから。
「いい、から、噛んで、早くっ……噛んで、え」
俺の手に額を擦り付け、懇願するような甘えに、胸の奥がぎゅっとした。
だいじにしたいという気持ちは勿論ある。それと躰は上手く連動しなくて、初めてだという和音に無理をさせてしまう。
俺だって早く俺のものにしたい。
和音がこの場限りを乗り越えたいだけだとしても。
……和音が噛んでと言ったのだ。
なにか、なにか話が出来れば。
共通の話題がない。
同じ高校だったよね、なんて向こうからしたらきっと気持ちが悪い。
なにか気の利いた台詞は……
焦る。
他人相手になら出るような言葉がなにひとつ思い浮かばなかった。
……言葉が出ないなら、動くしかない。
「あ、す、すみません……」
少しふらついた和音がぶつかり、慌てたように、俺の落とした鞄を手にする。
俺がぶつかるくらいの距離をわざと歩いていただけだ、和音は悪くない。でも、ただぼんやりし過ぎだとは思う。
オメガなんだから、もうちょっと気にしてくれなきゃ。
ほら、ぶつかっただけなのに、もう効いてしまってる。
「……ッ!?」
その鞄をずいと押し付けると、距離を取る。
そう、俺はアルファだから、適切な距離を保たなきゃね、もう遅いみたいだけど。
大きな瞳が揺れる。動揺が手に取るようにわかる。
口をぱくぱくさせて、出ない言葉を必死に探している。
力が抜けたように地面にへたりこんで、頬を紅潮させて、逃げ道を探している。あの時君が薬をあげた女子みたいに。
……アルファは独占欲も執着心も強い。
ごめん、やっぱり俺、君に強い執着心があったみたいだ、思っていたよりも、ずっと。
このままどこかに隠してしまいたい、そう思った。
半ば無理矢理、送っていくと高校の頃から変わらないんじゃないかというような細い躰を抱き上げた。
甘いにおいが強くなる。
きっと和音は俺のアルファ性を感じ取っている。普段なら嫌悪するそのフェロモンも、和音に伝わるなら良かった。
どうしよう、送って行って、名刺でも置いてくるか。この状態で話は出来ないだろう。
俺だって持たない。
ここで襲ってしまうのは簡単だけど、それならなんの為の数年だったのかと思う。
耐えろ、次に繋げろ、怯えさせるんじゃない、信頼させ、依存させるのだ、花音にしていたように。
「噛まれた方、が、楽、かも……」
それなのに、歯を食いしばって耐えているのに、そんなことを和音は漏らすから。この子は危ない、そう思った。
──早く、噛んでしまわないと。
◆◆◆
抑制剤が効かない、コントロールしてくれる番がほしい、普通になりたい、だから番がほしい。
ぽろぽろと零す和音に、こんなのもう噛んでと言ってるようなものだろ、と思う。
噛みたい、俺のものにしたい。
和音は知らない、でも俺は十分待った。
いやだめだ、了承がなくの番契約はオメガの、和音の負担になる。
噛みたい、噛みたい、いいにおいがする、甘い、懐かしくて、でももう違うにおい、和音の、甘いにおい。
かわいい。こんなに近くで見たのは初めてだ。
幻滅なんてしなかった、思ってたのと違うなんてがっかりもしなかった、美化していただけでもなかった、本物の方がずっとかわいい。
伏し目がちな震える睫毛も、躊躇うように小さく開く唇も、ぎゅうと握りしめた拳も、揺れる華奢な肩も。
抱き締めて、和音がいいと言いたかった。
でも彼は俺のことを知らないから。
「にばんめとか、さんばん、め、っ……とか、でいいのに、都合のいい、時、だけで」
コントロールしてくれれば誰でもいい。
恐ろしいことを言う子だな、と思った。
悠長にしてる場合じゃない、早く自分のものにしておかないと。
例えそれが狡い考えであっても。
「じゃあ丁度いいじゃん」
ほら、と指輪を見せる。他に番いた方がいいんでしょ、と。
完全に嘘ではない、これは確かにあの子に貰ったものだ。和音に似たあの子に。
「誰かにばらされたくないんでしょ?番になったら共犯になれるよ」
狡くてもいい、この甘い空気の中、和音を自分のものにすることだけを考えていた。
白い肌が紅くなって、息が荒くなる。ビー玉のような瞳は潤んで、強く噛み締めるものだから唇は色付いていた。
甘ったるいキスに、自分の名前を呼ぶよう教え込む。
ゆうまさん、と呼ぶ少し舌っ足らずな声に、小さく漏れる喘ぎ声はかわいらしい。
完全にヒートに入った躰は心配になる程あつくて敏感で単純。
触れるだけでびくびくして、すぐに下着を汚した。
かわいい。
「外せる?」
首輪を引いて、和音に訊く。
取ってえ、と甘えたような声にぞくりとした。
花音にしていたような、いや、流石にこんな性的なものではなかったけれど、それでもほしかった甘い声だった。
「和音が外して。自分で。俺に噛まれる準備、自分でして」
今ならまだ逃がしてあげられる。
あんたじゃやだって言われたら。
ううん、無理だな。押さえ付けて無理矢理噛んじゃうかも。閉じ込めてしまうかも。
駄目、自分で外して。和音が自分で。
悠真さん、噛んで、って言って。
和音から望んでほしい。
それが今は心の底からの本心でなかったとしても。
「……っ、はず、れたあっ……」
震える指先で、何回も失敗して、泣きそうになりながら外した首輪を、まるで仔犬のように差し出してくる。
よく出来たね、と言うと、彼は笑った。
ふにゃあと、蕩けたようなかおで。
もう駄目だった。
早く挿入てよ、噛んで、と強請るあつい躰に触れる。
保険のように、本当に番になっちゃってもいいの、なんて確認するけど、もう止められる訳はないし、この状況で和音だって今更嫌だとは言えない。
それでも和音から言わせたかった。これは和音が望んだことだと。
逃がすつもりはなかったから。
「いい、から、噛んで、早くっ……噛んで、え」
俺の手に額を擦り付け、懇願するような甘えに、胸の奥がぎゅっとした。
だいじにしたいという気持ちは勿論ある。それと躰は上手く連動しなくて、初めてだという和音に無理をさせてしまう。
俺だって早く俺のものにしたい。
和音がこの場限りを乗り越えたいだけだとしても。
……和音が噛んでと言ったのだ。
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