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六
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それからは早かった。
名前とある程度の情報、それで和音のことを調べるのは容易だった。
住所、家族構成、職場、交際相手の有無、花音の現在、あの病院へ訪れる頻度。
……大学中退、現在引き籠もり。
どうやらちょっとした買い物や通院以外で外に出ないようだ。
成程、和音とどう再会するか以前の問題だった。いや和音からしたら再会ではないのだが。
共通の知人もいない、彼と会えるのは病院付近が濃厚。
しかし日にちや曜日が決まってる訳ではない。
時間だけは大体十五時前後。頻度として二ヶ月前後。
そこを狙って出会いの場を作ろうだなんて、普通に考えたら有り得ない話だ。
普通は。
でも運命なら話は違う。
『そうなるって決まってる』のだから。
◆◆◆
いや、そんな訳あるか。
なにが運命だ、そんな馬鹿みたいな夢物語、現実を見て反省をしろ。御伽噺だとわかっていただろ、そんな夢を見て二年経ってしまった。
大学を卒業し、父の会社に入社、仕事の日々。
多少の融通はきけど大学生の頃のように暇さえあれば病院付近に行くことも出来ない。
でも調べた住所に行くことも出来ない。ストーカーみたいじゃないか、……いや同じようなことしてる自覚はある。
でも多分、俺は彼と恋愛がしたかったんだと思う。
今みたいな一方的なものではなく。
昔、ぼそぼそと聞こえた、花音がいればいい、おれは番なんて作る気はないし、というような言葉。
花音さえいれば、というのは無理な話だろう。
高校までの狭い世界ではふたりでいることが許されていたかもしれないけれど、広い世界に出るとそうはいかない。
出会ってしまえば彼女は番を作るだろう。或いはもう既に。
決して和音を捨てる訳ではない、それでも距離が出来てしまうのは仕方がない。ふたりのある種の共依存は続かないものだと花音を見ればわかる。
彼女は強い、アルファ性も、精神も。
実際にあの日感じた和音から花音のにおいは僅かなものだった。
花音の強いにおいに守られていない和音は、流石にもう高校の時のような、首輪なしでの外出はしてなかった、それでも安心なんて出来ない。
うちに行って、あの首輪を剥いで、細い首を噛んでしまえばいい。
閉じ込めてしまえばいい。
そんなことは簡単に出来る。
でもそれでは和音の躰しか手に入らない。
あの溶けるような瞳がほしい、俺にしかわからない熱がほしい、俺に寄せる信頼も、弱音も、涙も、笑い声も、怒った拳も、呼びかける声も、全部がほしい。
その独占欲はきっとアルファの性だ。
全部がほしい、そう、全部だ。
あの子に、俺を選んでほしい。
アルファが子を作るのは義務に近いものがある。
少しでもアルファの血を残す為に。
和音のことを話せていない俺には幾つか見合いの話もあったけれど、形だけ行っては断ってきた。
相手にも失礼な話だと思う、最初から断る気の見合いだなんて。
でも父に和音のことを話せばきっと調べるだろう。反対はされないと思う。そんな古い時代でもないし、そもそも家柄的には十分過ぎる。
但し早急に見合いなりなんなり組まれるのは想像出来た。
でも俺が望んでるのはそれじゃない。
……いや、見合いから始まるのも有りか?そこから想いを育んでいく方が、無理やり道でエンカウントしてから声を掛けるようなものより現実的か。
でも家同士の柵で余計な考えを和音に持たせたくない。
それはきっと心のどこかに残る。
「仕方がないから」番になる、という考えはさせたくなかった。あの子はそう考えるとわかっていたから。
今思えば俺は和音に一目惚れのような感情を抱いていたのだと思う。
深く関わらないまま重ねた年月は、和音のことをきっと思い出として美化している。
それでも俺は和音が良かった。
どのオメガと会っても、和音に感じたものは誰にも感じなかった。あの甘い香りはなかった。
それは恋だと思っていた。数年拗らせた恋。面倒な男だと自分でも思った。
それでもやはり、あの子がいい。
他のひとと会う度にそう比べてしまう自分が最低だなと思う反面、思いだけは募っていってしまう。
◆◆◆
だからあの日、やはり運命じゃないか、と思ってしまった。
予定してなかった挨拶回り、終わった後、少し飲み物でも買おうかと思い、コーヒーショップに向かった。
馴染みの店がある。味に拘りがあった訳ではない。ただのチェーン店だ。
店内が特別落ち着く訳でも、従業員が特別秀でた訳でもない。
ただ病院の近くにあるというだけ。
ちょっとした外出でコーヒーでも、という時は自然とそこを選ぶようになっていただけなのだ、時間こそ狙ってはいたが。
そんな馬鹿なことを続けて数年、いや、本当に愚かだと思う、そんなことで出会えると思っていた自分が。
今更、本音としては期待していなかった。もうそろそろ別の手を考えた方がいいと。
なのに見つけてしまった。
また病院の薬を抱えて、少し俯いて歩く和音を。
ぶわ、と全身があつくなったような気がした。
甘いにおいは相変わらずだった。花音の牽制は更に減ったような気がする、いや、殆どない。
今だ、絶対に今。
なんて声を掛けるつもりだったっけ。俺のことをきっと知らない、覚えてない和音に、どう振り向いて貰うつもりだったっけ。
距離が近付く。駄目だ、頭が回らない。
今あの子を掴まえないと、そうだ、これは運命だから。
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