68 / 124
六
68
しおりを挟む
和音に感じたものは、花音に感じたものより更に不思議なものだった。
オメガなのに、俺が知ってるオメガと違う。
甘いにおいは俺を誘ってるようで、でも近付くなと言われてるようにも感じる。
そこら辺のベータでさえ感じ取れるような花音の強いアルファ性は、和音と離れていても尚その染みついたにおいが守っているようだ。
自分の教室から和音がひとりで歩いているのを見たことがある。
その距離でも、ほんの少しだけ感じ取れた甘いにおい。
以前盗み見た項に噛み痕はなかった、それでも首輪をせず歩く豪胆さ。誰でもいいと誘ってるのではと思ってしまう程の無防備、それが和音にとってはオメガではないという恐ろしいまでのアピールの方法だった。
こどもの突拍子もない考え。思い返すだけで本当にぞっとする。噛まれる危険がそこらじゅうにあるのに。
少ないとはいえ、俺以外にもアルファは数人いた、その中を、花音のにおいを纏うだけで、すんとしたかおで通り抜けていたのだ。
和音のいる場所はすぐにわかった。その独特なにおいのお陰で。
校舎裏、階段裏の倉庫、入れない筈の屋上、家庭科室、空き教室、非常階段、体育館の裏。
そして大体はふたりでワンセットだった。
においに惹かれ、でもこのふたりは絶対に面倒だから近寄りたくないと思い、だがしかし気にしてしまう。
決して近寄りはしない、きっと警戒した仔猫のように一斉に逃げられてしまうから。
いつしか俺は、その不思議なにおいを感じるのが楽しみになっていて、運が良ければちょっと擦れ違ったラッキー、くらいの、珍しくてかわいい動物を見つけたような、そんな感情を抱えるようになった。
詳しいことはわからないが、双子の弟の方はどうやらオメガを隠し、アルファの振りをしているらしい。
それを守る姉と、見破れない周りの奴等。面白いのが一年に来たなあ、と。
関わりが出来る訳でもなく、一方的に見守るだけの関係だった。
ある日、校庭が騒がしく、どうかしたのかと窓から顔を出すと、どうやらオメガの女子がなにがあったのか、ヒートを起こしてしまったらしい。
可哀想に、あんなに目立つ場所で。誰かにちょっかいでもかけられたかな。
オメガというのはどうにも差別をされがちな性別で、蔑まれることも多い。
可哀想、抑制剤は?ちゃんと飲めよ、うわあ、みっともない、恥ずかしい、これだからオメガは、
良い歳をして恥ずかしいのはどっちだ。つい眉間に皺を寄せてしまった。
あの子だって起こしたくて起こした事故ではないだろう、そんなことは少し考えればわかる筈、誰がこんなひとまえでヒートを起こしたいものか。
当時、何かあった時の為に俺はアルファのものだけではなく、オメガ用の抑制剤も鞄に入れていた。それは結果自分を守る為のものにもなる。
それを渡しに行こうか。いや、アルファの俺は近付けない。
誰か近くに抑制剤持ってる奴はいないのか。オメガならクラスに何人かいるだろ、というか保健室まで薬を貰いに走るやつはいないのか。
そこで甘いにおいを感じ取った。
大分離れた所に和音と花音がこそこそ話してるのが見えた。
当然声までは聞こえない。
あくまでも行動から察するに、和音が抑制剤を渡しに行こうとでもしたのだろう。
それを花音が止めている。そりゃあそうだ、あの子の場合、抑制剤を渡しに行くだなんて、隠してたオメガをばらしにいくようなものだ。
だからといって花音が持っていっても、あの強いアルファ性だ、相手のオメガはもろに食らってしまうことになる。
暫く見守っていると、花音が友人か誰かに抑制剤を渡したらしい。
和音ではなく花音が渡すことで、予備のオメガ用の抑制剤を何故アルファが、本当は花音はオメガなんじゃないか、なんて勘繰りもあの子の場合はされないだろう。それをわかっている。
その強かさに和音は守られている。
……馬鹿だなあ、あの子。
オメガだとばれたくない、その考えが丸わかりなのに、そんな行動を取ろうとするなんて。
考えなし、こども、……かわいい。
思わず頬が緩んでしまった。
あの双子、俺、すきだなあ、と思った。
といっても何かをする訳ではない。
そもそもふたりが他人からの干渉を拒んでいる。
当たり障りない笑顔は向けるものの、それ以上は線を越えるなと、あからさまな拒否反応を向ける。
部活も入らず、最低限の委員会くらい。
騒いでた奴等は、数ヶ月もすれば大人しくなった。
本人たちがあれでは、完全に観賞用にするしかなかったのだ。
それは俺も同じだった。
少し違うと言えば、アルファの俺にはオメガ……和音センサーがあるくらいだろう。
花音とふたりきりの時の和音がかわいかった。
安心出来るのは花音だけなのだろう、校舎裏等でふたりでいるところを見掛けると、こどものような笑顔で、時にふにゃふにゃしたような表情で花音に話し掛ける和音がかわいくて、あの笑顔を俺にも向けてくれたらいいのに、と何回思ったか。
かわいい。
俺にとっての和音はそれだけだった。だって彼は俺のことを知らない。
同じ高校にいた、ちょっとかわいい、でも何か関わりがあった訳でもなく、一方的に好意を持っていただけの、それだけの関係。
その後俺は大学に進学し、久し振りに多くのアルファとオメガに関わることになり、再度その性にうんざりする羽目になる。
碌なもんじゃねえ。
……あの双子、かわいかったな。ふたりとも、意味合いは違うが純粋だった。
そう思って気付くのだ、和音のにおいが特別だったことに。他のオメガに、そのにおいを感じないことに。
しかし高校時代に積極的に関わらなかったおれが今更後悔したって遅い。
狭い高校生活が終わり、大学では交友関係も広くなる。
俺も、あの双子も。
オメガなのに、俺が知ってるオメガと違う。
甘いにおいは俺を誘ってるようで、でも近付くなと言われてるようにも感じる。
そこら辺のベータでさえ感じ取れるような花音の強いアルファ性は、和音と離れていても尚その染みついたにおいが守っているようだ。
自分の教室から和音がひとりで歩いているのを見たことがある。
その距離でも、ほんの少しだけ感じ取れた甘いにおい。
以前盗み見た項に噛み痕はなかった、それでも首輪をせず歩く豪胆さ。誰でもいいと誘ってるのではと思ってしまう程の無防備、それが和音にとってはオメガではないという恐ろしいまでのアピールの方法だった。
こどもの突拍子もない考え。思い返すだけで本当にぞっとする。噛まれる危険がそこらじゅうにあるのに。
少ないとはいえ、俺以外にもアルファは数人いた、その中を、花音のにおいを纏うだけで、すんとしたかおで通り抜けていたのだ。
和音のいる場所はすぐにわかった。その独特なにおいのお陰で。
校舎裏、階段裏の倉庫、入れない筈の屋上、家庭科室、空き教室、非常階段、体育館の裏。
そして大体はふたりでワンセットだった。
においに惹かれ、でもこのふたりは絶対に面倒だから近寄りたくないと思い、だがしかし気にしてしまう。
決して近寄りはしない、きっと警戒した仔猫のように一斉に逃げられてしまうから。
いつしか俺は、その不思議なにおいを感じるのが楽しみになっていて、運が良ければちょっと擦れ違ったラッキー、くらいの、珍しくてかわいい動物を見つけたような、そんな感情を抱えるようになった。
詳しいことはわからないが、双子の弟の方はどうやらオメガを隠し、アルファの振りをしているらしい。
それを守る姉と、見破れない周りの奴等。面白いのが一年に来たなあ、と。
関わりが出来る訳でもなく、一方的に見守るだけの関係だった。
ある日、校庭が騒がしく、どうかしたのかと窓から顔を出すと、どうやらオメガの女子がなにがあったのか、ヒートを起こしてしまったらしい。
可哀想に、あんなに目立つ場所で。誰かにちょっかいでもかけられたかな。
オメガというのはどうにも差別をされがちな性別で、蔑まれることも多い。
可哀想、抑制剤は?ちゃんと飲めよ、うわあ、みっともない、恥ずかしい、これだからオメガは、
良い歳をして恥ずかしいのはどっちだ。つい眉間に皺を寄せてしまった。
あの子だって起こしたくて起こした事故ではないだろう、そんなことは少し考えればわかる筈、誰がこんなひとまえでヒートを起こしたいものか。
当時、何かあった時の為に俺はアルファのものだけではなく、オメガ用の抑制剤も鞄に入れていた。それは結果自分を守る為のものにもなる。
それを渡しに行こうか。いや、アルファの俺は近付けない。
誰か近くに抑制剤持ってる奴はいないのか。オメガならクラスに何人かいるだろ、というか保健室まで薬を貰いに走るやつはいないのか。
そこで甘いにおいを感じ取った。
大分離れた所に和音と花音がこそこそ話してるのが見えた。
当然声までは聞こえない。
あくまでも行動から察するに、和音が抑制剤を渡しに行こうとでもしたのだろう。
それを花音が止めている。そりゃあそうだ、あの子の場合、抑制剤を渡しに行くだなんて、隠してたオメガをばらしにいくようなものだ。
だからといって花音が持っていっても、あの強いアルファ性だ、相手のオメガはもろに食らってしまうことになる。
暫く見守っていると、花音が友人か誰かに抑制剤を渡したらしい。
和音ではなく花音が渡すことで、予備のオメガ用の抑制剤を何故アルファが、本当は花音はオメガなんじゃないか、なんて勘繰りもあの子の場合はされないだろう。それをわかっている。
その強かさに和音は守られている。
……馬鹿だなあ、あの子。
オメガだとばれたくない、その考えが丸わかりなのに、そんな行動を取ろうとするなんて。
考えなし、こども、……かわいい。
思わず頬が緩んでしまった。
あの双子、俺、すきだなあ、と思った。
といっても何かをする訳ではない。
そもそもふたりが他人からの干渉を拒んでいる。
当たり障りない笑顔は向けるものの、それ以上は線を越えるなと、あからさまな拒否反応を向ける。
部活も入らず、最低限の委員会くらい。
騒いでた奴等は、数ヶ月もすれば大人しくなった。
本人たちがあれでは、完全に観賞用にするしかなかったのだ。
それは俺も同じだった。
少し違うと言えば、アルファの俺にはオメガ……和音センサーがあるくらいだろう。
花音とふたりきりの時の和音がかわいかった。
安心出来るのは花音だけなのだろう、校舎裏等でふたりでいるところを見掛けると、こどものような笑顔で、時にふにゃふにゃしたような表情で花音に話し掛ける和音がかわいくて、あの笑顔を俺にも向けてくれたらいいのに、と何回思ったか。
かわいい。
俺にとっての和音はそれだけだった。だって彼は俺のことを知らない。
同じ高校にいた、ちょっとかわいい、でも何か関わりがあった訳でもなく、一方的に好意を持っていただけの、それだけの関係。
その後俺は大学に進学し、久し振りに多くのアルファとオメガに関わることになり、再度その性にうんざりする羽目になる。
碌なもんじゃねえ。
……あの双子、かわいかったな。ふたりとも、意味合いは違うが純粋だった。
そう思って気付くのだ、和音のにおいが特別だったことに。他のオメガに、そのにおいを感じないことに。
しかし高校時代に積極的に関わらなかったおれが今更後悔したって遅い。
狭い高校生活が終わり、大学では交友関係も広くなる。
俺も、あの双子も。
116
お気に入りに追加
3,085
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる