【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 もう一度、何か言いたかったんでしょうと悠真さんがおれに振る。
 少し迷って、それから、悠真さんの話も聞きたい、と返した。

「俺の話?」
「……だって悠真さんはおれの……かのんのこととか知ってるのに、おれ、悠真さんのこと、殆ど知らないなって」
「えー、知りたい?」
「……知りたい」

 おれの手から空になったカップを取り上げると、それをシンクに置き、じゃあ食べながらあっちで話そうか、とまたおれを抱えあげた。
 犬猫じゃあるまいし、とも思ったけれど、まだ躰は痛い。
 大人しくされるがままになることにした。
 ソファに下ろし、頭を撫で、ご飯持ってくるからね、と残してまたキッチンに戻る。
 ……頭撫でていくのお決まりになってない?
 癖なのかな、番にもそうしてるのかな、だからおれにもそうしちゃうのかな。
 甘えん坊って言ってたな、撫でたりとか、キスとか、そういうちょっとした触れ合いが多いのは、その影響なのかな。
 こどもっぽいけど、でも、それは悪くない、寧ろそのこどもっぽさに少し安堵する。

 少しして戻ってきた悠真さんは、おれの隣に座り、当然のように食べさせようとしているようだ。
 確かにプリンより出来たて熱々の料理は零してしまったらまずい。
 ふうふうと冷ます悠真さんに、高熱とかでもないのにそこまでさせていいのかな、と思ったけれど、表情がその、心做しか楽しそうに見えて、嫌々じゃないならいいのかな、と自分で食べると主張することは諦めた。

「リゾット……?」
「うん、お粥や雑炊でもいいかなって思ったんだけど、食欲が湧かないだけで躰が弱ってる訳じゃないでしょ。少しでもカロリー摂ってもらわなきゃ」
「カロリー」
「栄養もね」

 トマトとチーズのリゾットは、ついと鼻先に出されるといいかおりがして、素直に美味しそうだと思った。
 冷まされたそれをぱくりと口に入れると、悠真さんは少しほっとしたように笑う。
 発情期にこんなあったかいものを食べたことはない。
 水とゼリー飲料、それがおれの基本的な発情期の食事で、たまに果物やチョコレート、パンやカロリーバーをほんの少し齧ったりするくらい。
 美味しいというよりは、無理にでも口に入れなきゃ躰が動かなくなるから。

 ちゃんと冷ましてあるのに、それでもあたたかいごはんは躰の中もあたたかくなる。ああちゃんとごはん食べてるなって満足感もある。
 美味しい。
 もっと食べたくて口を開くと、悠真さんは待っていたようにまたスプーンを口に突っ込んだ。

「偉い、食べられるだけでいいから食べようね、吐くまでとか頑張らなくてもいいけど、でも栄養は摂らなきゃまた風邪引いちゃう」
「……うん」

 褒められるの、嬉しい。頭がどろどろしちゃいそう。
 どう考えたって、こどもをあやすかのような、そんな褒め方なんだけど。
 だって普段褒められるようなこと、おれ、してないもん。
 食べただけなんて流石に大袈裟な褒め方なんだけど、褒められる内容より、今は褒められること自体が珍しくて。

 暫くはそうやって、雛の餌付けのように冷ましては口に、冷ましては口にと繰り返し、悠真さんが器に盛ったものを三分の二くらい食べた辺りで、もういいかな、となった。

「もういっぱい?」
「ん、お腹あったかい……」
「……ンッ」
「?」
「不意打ち狡い……」
「なにが……」

 いやなんでもない、ちゃんと食べられて良かった、と返す悠真さんに、悠真さんは食べないのか訊くと、少し考えて、そうだな、俺もちょっと食べようかな、とキッチンへ向かってしまった。
 少しして戻ってきた手には、さっきの器……多分、おれの残したものに鍋の残りのものを移してきたのだろう、ちょっとと言っていたのに、おれが食べたものより明らかに多い量が盛られている。
 じっと見てしまったからか、まだ食べるか訊かれて慌てて首を横にした。もういい。いっぱい。

 自分で軽く冷ましてスプーンを口に運ぶ悠真さんを見ながら、きょうだいっている?と訊いてみた。
 何いきなり、と言いかけて、ああ、食べながら話そうかって言ったよね、と弟と妹がいるよ、と答えてくれる。
 そうか、長子、成程面倒見が良い訳だ。

「親戚は?多い?」
「広い意味で捉えるとまあ普通に……母さんの方に兄がいるだけだから、従兄弟とか、そういう近い付き合いは少ないかな」
「かわいい?」
「芽依ちゃんみたいに年が離れてる訳じゃないからねえ……向こうの方が年上だし、かわいいと思ったことはないかな」
「家族の仲は良い?」
「双子の和音と花音ちゃん程じゃないと思うけど、普通に仲良いと思うよ、妹なんかはしょっちゅう連絡取ってくるし」
「お兄ちゃん自慢なんだろうな」
「そうかな、ふたりとも俺といると甘ったれるんだよな」

 そうだと思う。だって悠真さん優しいもん。
 きょうだいのこともこうやって面倒見てたんだろうなあ。
 お正月も集まったの、どんな話するの、ご両親とも仲良いの、どんなひと?優しい?厳しい?そんなことまで訊くのはおかしい?
 悠真さんのこどもの頃ってどんなだった?どんな遊びしてた?なんの教科が得意だった?部活は?友人は?休日は何してるの?

 何でもいいから少しでも悠真さんのことを知りたい。
 知らないのはこわい。
 悠真さんのことも、なんでも、考えとか、もっと、知りたい。
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