59 / 124
5
59
しおりを挟む
もう一度、何か言いたかったんでしょうと悠真さんがおれに振る。
少し迷って、それから、悠真さんの話も聞きたい、と返した。
「俺の話?」
「……だって悠真さんはおれの……かのんのこととか知ってるのに、おれ、悠真さんのこと、殆ど知らないなって」
「えー、知りたい?」
「……知りたい」
おれの手から空になったカップを取り上げると、それをシンクに置き、じゃあ食べながらあっちで話そうか、とまたおれを抱えあげた。
犬猫じゃあるまいし、とも思ったけれど、まだ躰は痛い。
大人しくされるがままになることにした。
ソファに下ろし、頭を撫で、ご飯持ってくるからね、と残してまたキッチンに戻る。
……頭撫でていくのお決まりになってない?
癖なのかな、番にもそうしてるのかな、だからおれにもそうしちゃうのかな。
甘えん坊って言ってたな、撫でたりとか、キスとか、そういうちょっとした触れ合いが多いのは、その影響なのかな。
こどもっぽいけど、でも、それは悪くない、寧ろそのこどもっぽさに少し安堵する。
少しして戻ってきた悠真さんは、おれの隣に座り、当然のように食べさせようとしているようだ。
確かにプリンより出来たて熱々の料理は零してしまったらまずい。
ふうふうと冷ます悠真さんに、高熱とかでもないのにそこまでさせていいのかな、と思ったけれど、表情がその、心做しか楽しそうに見えて、嫌々じゃないならいいのかな、と自分で食べると主張することは諦めた。
「リゾット……?」
「うん、お粥や雑炊でもいいかなって思ったんだけど、食欲が湧かないだけで躰が弱ってる訳じゃないでしょ。少しでもカロリー摂ってもらわなきゃ」
「カロリー」
「栄養もね」
トマトとチーズのリゾットは、ついと鼻先に出されるといいかおりがして、素直に美味しそうだと思った。
冷まされたそれをぱくりと口に入れると、悠真さんは少しほっとしたように笑う。
発情期にこんなあったかいものを食べたことはない。
水とゼリー飲料、それがおれの基本的な発情期の食事で、たまに果物やチョコレート、パンやカロリーバーをほんの少し齧ったりするくらい。
美味しいというよりは、無理にでも口に入れなきゃ躰が動かなくなるから。
ちゃんと冷ましてあるのに、それでもあたたかいごはんは躰の中もあたたかくなる。ああちゃんとごはん食べてるなって満足感もある。
美味しい。
もっと食べたくて口を開くと、悠真さんは待っていたようにまたスプーンを口に突っ込んだ。
「偉い、食べられるだけでいいから食べようね、吐くまでとか頑張らなくてもいいけど、でも栄養は摂らなきゃまた風邪引いちゃう」
「……うん」
褒められるの、嬉しい。頭がどろどろしちゃいそう。
どう考えたって、こどもをあやすかのような、そんな褒め方なんだけど。
だって普段褒められるようなこと、おれ、してないもん。
食べただけなんて流石に大袈裟な褒め方なんだけど、褒められる内容より、今は褒められること自体が珍しくて。
暫くはそうやって、雛の餌付けのように冷ましては口に、冷ましては口にと繰り返し、悠真さんが器に盛ったものを三分の二くらい食べた辺りで、もういいかな、となった。
「もういっぱい?」
「ん、お腹あったかい……」
「……ンッ」
「?」
「不意打ち狡い……」
「なにが……」
いやなんでもない、ちゃんと食べられて良かった、と返す悠真さんに、悠真さんは食べないのか訊くと、少し考えて、そうだな、俺もちょっと食べようかな、とキッチンへ向かってしまった。
少しして戻ってきた手には、さっきの器……多分、おれの残したものに鍋の残りのものを移してきたのだろう、ちょっとと言っていたのに、おれが食べたものより明らかに多い量が盛られている。
じっと見てしまったからか、まだ食べるか訊かれて慌てて首を横にした。もういい。いっぱい。
自分で軽く冷ましてスプーンを口に運ぶ悠真さんを見ながら、きょうだいっている?と訊いてみた。
何いきなり、と言いかけて、ああ、食べながら話そうかって言ったよね、と弟と妹がいるよ、と答えてくれる。
そうか、長子、成程面倒見が良い訳だ。
「親戚は?多い?」
「広い意味で捉えるとまあ普通に……母さんの方に兄がいるだけだから、従兄弟とか、そういう近い付き合いは少ないかな」
「かわいい?」
「芽依ちゃんみたいに年が離れてる訳じゃないからねえ……向こうの方が年上だし、かわいいと思ったことはないかな」
「家族の仲は良い?」
「双子の和音と花音ちゃん程じゃないと思うけど、普通に仲良いと思うよ、妹なんかはしょっちゅう連絡取ってくるし」
「お兄ちゃん自慢なんだろうな」
「そうかな、ふたりとも俺といると甘ったれるんだよな」
そうだと思う。だって悠真さん優しいもん。
きょうだいのこともこうやって面倒見てたんだろうなあ。
お正月も集まったの、どんな話するの、ご両親とも仲良いの、どんなひと?優しい?厳しい?そんなことまで訊くのはおかしい?
悠真さんのこどもの頃ってどんなだった?どんな遊びしてた?なんの教科が得意だった?部活は?友人は?休日は何してるの?
何でもいいから少しでも悠真さんのことを知りたい。
知らないのはこわい。
悠真さんのことも、なんでも、考えとか、もっと、知りたい。
少し迷って、それから、悠真さんの話も聞きたい、と返した。
「俺の話?」
「……だって悠真さんはおれの……かのんのこととか知ってるのに、おれ、悠真さんのこと、殆ど知らないなって」
「えー、知りたい?」
「……知りたい」
おれの手から空になったカップを取り上げると、それをシンクに置き、じゃあ食べながらあっちで話そうか、とまたおれを抱えあげた。
犬猫じゃあるまいし、とも思ったけれど、まだ躰は痛い。
大人しくされるがままになることにした。
ソファに下ろし、頭を撫で、ご飯持ってくるからね、と残してまたキッチンに戻る。
……頭撫でていくのお決まりになってない?
癖なのかな、番にもそうしてるのかな、だからおれにもそうしちゃうのかな。
甘えん坊って言ってたな、撫でたりとか、キスとか、そういうちょっとした触れ合いが多いのは、その影響なのかな。
こどもっぽいけど、でも、それは悪くない、寧ろそのこどもっぽさに少し安堵する。
少しして戻ってきた悠真さんは、おれの隣に座り、当然のように食べさせようとしているようだ。
確かにプリンより出来たて熱々の料理は零してしまったらまずい。
ふうふうと冷ます悠真さんに、高熱とかでもないのにそこまでさせていいのかな、と思ったけれど、表情がその、心做しか楽しそうに見えて、嫌々じゃないならいいのかな、と自分で食べると主張することは諦めた。
「リゾット……?」
「うん、お粥や雑炊でもいいかなって思ったんだけど、食欲が湧かないだけで躰が弱ってる訳じゃないでしょ。少しでもカロリー摂ってもらわなきゃ」
「カロリー」
「栄養もね」
トマトとチーズのリゾットは、ついと鼻先に出されるといいかおりがして、素直に美味しそうだと思った。
冷まされたそれをぱくりと口に入れると、悠真さんは少しほっとしたように笑う。
発情期にこんなあったかいものを食べたことはない。
水とゼリー飲料、それがおれの基本的な発情期の食事で、たまに果物やチョコレート、パンやカロリーバーをほんの少し齧ったりするくらい。
美味しいというよりは、無理にでも口に入れなきゃ躰が動かなくなるから。
ちゃんと冷ましてあるのに、それでもあたたかいごはんは躰の中もあたたかくなる。ああちゃんとごはん食べてるなって満足感もある。
美味しい。
もっと食べたくて口を開くと、悠真さんは待っていたようにまたスプーンを口に突っ込んだ。
「偉い、食べられるだけでいいから食べようね、吐くまでとか頑張らなくてもいいけど、でも栄養は摂らなきゃまた風邪引いちゃう」
「……うん」
褒められるの、嬉しい。頭がどろどろしちゃいそう。
どう考えたって、こどもをあやすかのような、そんな褒め方なんだけど。
だって普段褒められるようなこと、おれ、してないもん。
食べただけなんて流石に大袈裟な褒め方なんだけど、褒められる内容より、今は褒められること自体が珍しくて。
暫くはそうやって、雛の餌付けのように冷ましては口に、冷ましては口にと繰り返し、悠真さんが器に盛ったものを三分の二くらい食べた辺りで、もういいかな、となった。
「もういっぱい?」
「ん、お腹あったかい……」
「……ンッ」
「?」
「不意打ち狡い……」
「なにが……」
いやなんでもない、ちゃんと食べられて良かった、と返す悠真さんに、悠真さんは食べないのか訊くと、少し考えて、そうだな、俺もちょっと食べようかな、とキッチンへ向かってしまった。
少しして戻ってきた手には、さっきの器……多分、おれの残したものに鍋の残りのものを移してきたのだろう、ちょっとと言っていたのに、おれが食べたものより明らかに多い量が盛られている。
じっと見てしまったからか、まだ食べるか訊かれて慌てて首を横にした。もういい。いっぱい。
自分で軽く冷ましてスプーンを口に運ぶ悠真さんを見ながら、きょうだいっている?と訊いてみた。
何いきなり、と言いかけて、ああ、食べながら話そうかって言ったよね、と弟と妹がいるよ、と答えてくれる。
そうか、長子、成程面倒見が良い訳だ。
「親戚は?多い?」
「広い意味で捉えるとまあ普通に……母さんの方に兄がいるだけだから、従兄弟とか、そういう近い付き合いは少ないかな」
「かわいい?」
「芽依ちゃんみたいに年が離れてる訳じゃないからねえ……向こうの方が年上だし、かわいいと思ったことはないかな」
「家族の仲は良い?」
「双子の和音と花音ちゃん程じゃないと思うけど、普通に仲良いと思うよ、妹なんかはしょっちゅう連絡取ってくるし」
「お兄ちゃん自慢なんだろうな」
「そうかな、ふたりとも俺といると甘ったれるんだよな」
そうだと思う。だって悠真さん優しいもん。
きょうだいのこともこうやって面倒見てたんだろうなあ。
お正月も集まったの、どんな話するの、ご両親とも仲良いの、どんなひと?優しい?厳しい?そんなことまで訊くのはおかしい?
悠真さんのこどもの頃ってどんなだった?どんな遊びしてた?なんの教科が得意だった?部活は?友人は?休日は何してるの?
何でもいいから少しでも悠真さんのことを知りたい。
知らないのはこわい。
悠真さんのことも、なんでも、考えとか、もっと、知りたい。
114
お気に入りに追加
3,085
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる