【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 リビングまで運ばれ、ソファでいいかと訊かれる。
 一緒に行こうかってそういうこと……
 首を横に振ると、どこがいいのか尋ねられ、見てる、と答えた。

「悠真さんが作るの、見てる……」
「変なもの入れないよ」
「そゆことじゃなくて……」

 見ていたい、近くにいたい。そんな、さみしがりのこどものような、離れ難い独占欲のような。
 だって仕方ないじゃん、いつまで一緒にいられるかわかんない、いつ帰ってしまうかわかんない。
 ちゃんと見張ってなきゃ、おれが見失ったらいなくなってそうなんだもん。

「すぐに出来るんだけどなあ」

 そう苦笑しながらも、悠真さんはソファに置いていた大きなクッションを手にし、そのままキッチンへ向かい、奥の方にクッションを置き、その上におれを下ろした。
 そしてぐるぐるとブランケットを巻く。暖房をつけていても尚キッチンというところは冬は寒く、夏は暑い場所なのだ、腹の立つことに。

「大丈夫?ここでいい?」
「ん」
「……猫ちゃんかよ、かわいいな」

 危ないからじっとしててね、と頬を撫で、額に唇を落とす。
 ……世の中の発情期の番はこんなに甘ったるいものなのか、と思う。
 隙さえあれば触れてキスをして甘い言葉を吐くような。
 普段ならうるせえ、くさいこと言うなと跳ね除けてしまうようなことが、なんだか凄く安心して嬉しくなって、じんわりするような、そんな気持ちになってしまう。

「ねえ」
「うん?」
「作りながらでいいから、色々訊いてもいい?」
「何を?」

 こんな甘ったるい空気の中訊くことではないのはわかっている。自分だってこの空気に多幸感を得ているくせに。
 なのに、数時間前に見てから、あの背中が消えない。

「……悠真さんの番って、どういうひと?」

 冷蔵庫を覗いていた悠真さんがぴたりと動きを止め、それ訊くの?というような視線を投げた。
 訊きたい。
 聞きたくないけど、訊きたい。

「なんにんいるの?」
「いや、一夫多妻制じゃあるまいし、そんな何人も……ひとりだよ」
「へえ」

 冷蔵庫を閉じ、取り出した野菜と牛乳を置きながら、悠真さんはなんでもないような表情に戻り、そう答える。
 ふうん、そうなんだ、にばんめでもさんばんめでもいいと言ったけど、どうやらさんばんめではなさそうだ。
 ……いや、こんなことで安心するな。今となっては少ない方が自分の順番が回ってくるだなんて、そんなことでほっとしてまうなんて。

「どういうひと?」
「優しくていいこだよ」
「それ前もきーた……」
「えー、どういうこと訊きたいの、容姿?内面?」
「どっちも」

 小さくくしゃみをしたおれに、はい、とレンジで温められたミルクが与えられる。こどもか。
 そっと口をつけると、あまいにおいがふわっとした。蜂蜜かなあ、これ……

「ココアが良かった」
「後でね」
「んん、後ではもういらない」
「じゃあ今度ねー」

 冷蔵庫を開ける音、包丁の音、鍋を火にかける音。
 悠真さんの足音、ミルクを啜る音。
 少しだけ、それを堪能してから幾つ、とまた問いかけた。

「ひとつした」
「かわいい?」
「かわいいよ、そりゃ俺はね。どちらかというと綺麗な子かな」
「どんなとこがすき?なんで番になったの?」
「うーん、俺が番になりたいって思ったからかな、頑張り屋で、でも甘えん坊なとこ」
「それだけ?」
「そんなの上げたらキリがないよ」
「……そか」

 両手を温めながらミルクを傾ける。なんでこんなこと訊くんだろって自分でも思うよ。
 でもなんだか、知っておかなきゃとも思って。おれが罪悪感を抱かないといけない相手のこと。写真とか、見る勇気はまだないんだけど。
 こんなことになってるのは、悠真さんだって、許可を出した番だって悪いって思ってる。
 でもいちばん悪いのは、フェロモンを盾に噛んでと強請った自分だ。
 そのにおいはアルファどころかベータにですら効くとわかっていたのに。単純に、熱に浮かされて強請ってしまった。
 暫く悠真さんの調理の音だけが響いて、気まずさを感じる。
 こうなるのはわかっていただろうに。

 和音、と呼ぶ声と、悠真さん、と呼んだ声が重なる。
 こちらを見た悠真さんは、ふと笑うとなあに、とおれに譲った。
 その笑い方が狡いと思う。
 柔らかい声、愛しいものを見るかのような細めた瞳、微笑んだ口元。
 多分、おれのことは嫌いとか仕方ないとかそういうのじゃなくて、本当に、それなりに好いてはいてくれてるのだと思う。
 そうじゃなきゃ、嘘でもあんな表情は出来ないだろう。
 まるでこどもを扱うような優しい触り方。そんな触り方を徹底したりなんかしない。

 でも彼にはもっとだいじなひとがいて、もっと優しく触れるひとがいる。
 一緒に笑って、一緒に寝て、これから先も一緒に過ごしたい相手が。
 にばんめでよかったなんて、そんなことでなんで安心しちゃったんだろう。
 いちばんめになれないことに、なんで気付かなかったんだろう。
 なんでにばんめがいいなんて言っちゃったんだろう。
 あの時の自分が憎たらしい。
 おかげでおれは、誰のいちばんめにもなれなくなってしまった。

 そこにアルファやオメガは関係なかった。
 おれが自分でにばんめを望んだことで、生涯誰かひとりに愛される権利を捨ててしまったのだ。
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