58 / 124
5
58
しおりを挟む
リビングまで運ばれ、ソファでいいかと訊かれる。
一緒に行こうかってそういうこと……
首を横に振ると、どこがいいのか尋ねられ、見てる、と答えた。
「悠真さんが作るの、見てる……」
「変なもの入れないよ」
「そゆことじゃなくて……」
見ていたい、近くにいたい。そんな、さみしがりのこどものような、離れ難い独占欲のような。
だって仕方ないじゃん、いつまで一緒にいられるかわかんない、いつ帰ってしまうかわかんない。
ちゃんと見張ってなきゃ、おれが見失ったらいなくなってそうなんだもん。
「すぐに出来るんだけどなあ」
そう苦笑しながらも、悠真さんはソファに置いていた大きなクッションを手にし、そのままキッチンへ向かい、奥の方にクッションを置き、その上におれを下ろした。
そしてぐるぐるとブランケットを巻く。暖房をつけていても尚キッチンというところは冬は寒く、夏は暑い場所なのだ、腹の立つことに。
「大丈夫?ここでいい?」
「ん」
「……猫ちゃんかよ、かわいいな」
危ないからじっとしててね、と頬を撫で、額に唇を落とす。
……世の中の発情期の番はこんなに甘ったるいものなのか、と思う。
隙さえあれば触れてキスをして甘い言葉を吐くような。
普段ならうるせえ、くさいこと言うなと跳ね除けてしまうようなことが、なんだか凄く安心して嬉しくなって、じんわりするような、そんな気持ちになってしまう。
「ねえ」
「うん?」
「作りながらでいいから、色々訊いてもいい?」
「何を?」
こんな甘ったるい空気の中訊くことではないのはわかっている。自分だってこの空気に多幸感を得ているくせに。
なのに、数時間前に見てから、あの背中が消えない。
「……悠真さんの番って、どういうひと?」
冷蔵庫を覗いていた悠真さんがぴたりと動きを止め、それ訊くの?というような視線を投げた。
訊きたい。
聞きたくないけど、訊きたい。
「なんにんいるの?」
「いや、一夫多妻制じゃあるまいし、そんな何人も……ひとりだよ」
「へえ」
冷蔵庫を閉じ、取り出した野菜と牛乳を置きながら、悠真さんはなんでもないような表情に戻り、そう答える。
ふうん、そうなんだ、にばんめでもさんばんめでもいいと言ったけど、どうやらさんばんめではなさそうだ。
……いや、こんなことで安心するな。今となっては少ない方が自分の順番が回ってくるだなんて、そんなことでほっとしてまうなんて。
「どういうひと?」
「優しくていいこだよ」
「それ前もきーた……」
「えー、どういうこと訊きたいの、容姿?内面?」
「どっちも」
小さくくしゃみをしたおれに、はい、とレンジで温められたミルクが与えられる。こどもか。
そっと口をつけると、あまいにおいがふわっとした。蜂蜜かなあ、これ……
「ココアが良かった」
「後でね」
「んん、後ではもういらない」
「じゃあ今度ねー」
冷蔵庫を開ける音、包丁の音、鍋を火にかける音。
悠真さんの足音、ミルクを啜る音。
少しだけ、それを堪能してから幾つ、とまた問いかけた。
「ひとつした」
「かわいい?」
「かわいいよ、そりゃ俺はね。どちらかというと綺麗な子かな」
「どんなとこがすき?なんで番になったの?」
「うーん、俺が番になりたいって思ったからかな、頑張り屋で、でも甘えん坊なとこ」
「それだけ?」
「そんなの上げたらキリがないよ」
「……そか」
両手を温めながらミルクを傾ける。なんでこんなこと訊くんだろって自分でも思うよ。
でもなんだか、知っておかなきゃとも思って。おれが罪悪感を抱かないといけない相手のこと。写真とか、見る勇気はまだないんだけど。
こんなことになってるのは、悠真さんだって、許可を出した番だって悪いって思ってる。
でもいちばん悪いのは、フェロモンを盾に噛んでと強請った自分だ。
そのにおいはアルファどころかベータにですら効くとわかっていたのに。単純に、熱に浮かされて強請ってしまった。
暫く悠真さんの調理の音だけが響いて、気まずさを感じる。
こうなるのはわかっていただろうに。
和音、と呼ぶ声と、悠真さん、と呼んだ声が重なる。
こちらを見た悠真さんは、ふと笑うとなあに、とおれに譲った。
その笑い方が狡いと思う。
柔らかい声、愛しいものを見るかのような細めた瞳、微笑んだ口元。
多分、おれのことは嫌いとか仕方ないとかそういうのじゃなくて、本当に、それなりに好いてはいてくれてるのだと思う。
そうじゃなきゃ、嘘でもあんな表情は出来ないだろう。
まるでこどもを扱うような優しい触り方。そんな触り方を徹底したりなんかしない。
でも彼にはもっとだいじなひとがいて、もっと優しく触れるひとがいる。
一緒に笑って、一緒に寝て、これから先も一緒に過ごしたい相手が。
にばんめでよかったなんて、そんなことでなんで安心しちゃったんだろう。
いちばんめになれないことに、なんで気付かなかったんだろう。
なんでにばんめがいいなんて言っちゃったんだろう。
あの時の自分が憎たらしい。
おかげでおれは、誰のいちばんめにもなれなくなってしまった。
そこにアルファやオメガは関係なかった。
おれが自分でにばんめを望んだことで、生涯誰かひとりに愛される権利を捨ててしまったのだ。
一緒に行こうかってそういうこと……
首を横に振ると、どこがいいのか尋ねられ、見てる、と答えた。
「悠真さんが作るの、見てる……」
「変なもの入れないよ」
「そゆことじゃなくて……」
見ていたい、近くにいたい。そんな、さみしがりのこどものような、離れ難い独占欲のような。
だって仕方ないじゃん、いつまで一緒にいられるかわかんない、いつ帰ってしまうかわかんない。
ちゃんと見張ってなきゃ、おれが見失ったらいなくなってそうなんだもん。
「すぐに出来るんだけどなあ」
そう苦笑しながらも、悠真さんはソファに置いていた大きなクッションを手にし、そのままキッチンへ向かい、奥の方にクッションを置き、その上におれを下ろした。
そしてぐるぐるとブランケットを巻く。暖房をつけていても尚キッチンというところは冬は寒く、夏は暑い場所なのだ、腹の立つことに。
「大丈夫?ここでいい?」
「ん」
「……猫ちゃんかよ、かわいいな」
危ないからじっとしててね、と頬を撫で、額に唇を落とす。
……世の中の発情期の番はこんなに甘ったるいものなのか、と思う。
隙さえあれば触れてキスをして甘い言葉を吐くような。
普段ならうるせえ、くさいこと言うなと跳ね除けてしまうようなことが、なんだか凄く安心して嬉しくなって、じんわりするような、そんな気持ちになってしまう。
「ねえ」
「うん?」
「作りながらでいいから、色々訊いてもいい?」
「何を?」
こんな甘ったるい空気の中訊くことではないのはわかっている。自分だってこの空気に多幸感を得ているくせに。
なのに、数時間前に見てから、あの背中が消えない。
「……悠真さんの番って、どういうひと?」
冷蔵庫を覗いていた悠真さんがぴたりと動きを止め、それ訊くの?というような視線を投げた。
訊きたい。
聞きたくないけど、訊きたい。
「なんにんいるの?」
「いや、一夫多妻制じゃあるまいし、そんな何人も……ひとりだよ」
「へえ」
冷蔵庫を閉じ、取り出した野菜と牛乳を置きながら、悠真さんはなんでもないような表情に戻り、そう答える。
ふうん、そうなんだ、にばんめでもさんばんめでもいいと言ったけど、どうやらさんばんめではなさそうだ。
……いや、こんなことで安心するな。今となっては少ない方が自分の順番が回ってくるだなんて、そんなことでほっとしてまうなんて。
「どういうひと?」
「優しくていいこだよ」
「それ前もきーた……」
「えー、どういうこと訊きたいの、容姿?内面?」
「どっちも」
小さくくしゃみをしたおれに、はい、とレンジで温められたミルクが与えられる。こどもか。
そっと口をつけると、あまいにおいがふわっとした。蜂蜜かなあ、これ……
「ココアが良かった」
「後でね」
「んん、後ではもういらない」
「じゃあ今度ねー」
冷蔵庫を開ける音、包丁の音、鍋を火にかける音。
悠真さんの足音、ミルクを啜る音。
少しだけ、それを堪能してから幾つ、とまた問いかけた。
「ひとつした」
「かわいい?」
「かわいいよ、そりゃ俺はね。どちらかというと綺麗な子かな」
「どんなとこがすき?なんで番になったの?」
「うーん、俺が番になりたいって思ったからかな、頑張り屋で、でも甘えん坊なとこ」
「それだけ?」
「そんなの上げたらキリがないよ」
「……そか」
両手を温めながらミルクを傾ける。なんでこんなこと訊くんだろって自分でも思うよ。
でもなんだか、知っておかなきゃとも思って。おれが罪悪感を抱かないといけない相手のこと。写真とか、見る勇気はまだないんだけど。
こんなことになってるのは、悠真さんだって、許可を出した番だって悪いって思ってる。
でもいちばん悪いのは、フェロモンを盾に噛んでと強請った自分だ。
そのにおいはアルファどころかベータにですら効くとわかっていたのに。単純に、熱に浮かされて強請ってしまった。
暫く悠真さんの調理の音だけが響いて、気まずさを感じる。
こうなるのはわかっていただろうに。
和音、と呼ぶ声と、悠真さん、と呼んだ声が重なる。
こちらを見た悠真さんは、ふと笑うとなあに、とおれに譲った。
その笑い方が狡いと思う。
柔らかい声、愛しいものを見るかのような細めた瞳、微笑んだ口元。
多分、おれのことは嫌いとか仕方ないとかそういうのじゃなくて、本当に、それなりに好いてはいてくれてるのだと思う。
そうじゃなきゃ、嘘でもあんな表情は出来ないだろう。
まるでこどもを扱うような優しい触り方。そんな触り方を徹底したりなんかしない。
でも彼にはもっとだいじなひとがいて、もっと優しく触れるひとがいる。
一緒に笑って、一緒に寝て、これから先も一緒に過ごしたい相手が。
にばんめでよかったなんて、そんなことでなんで安心しちゃったんだろう。
いちばんめになれないことに、なんで気付かなかったんだろう。
なんでにばんめがいいなんて言っちゃったんだろう。
あの時の自分が憎たらしい。
おかげでおれは、誰のいちばんめにもなれなくなってしまった。
そこにアルファやオメガは関係なかった。
おれが自分でにばんめを望んだことで、生涯誰かひとりに愛される権利を捨ててしまったのだ。
106
お気に入りに追加
3,085
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる