【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 暫く無音が続いて、こういう時、先に謝った方がいいのかな、そう思った瞬間、ぎゅう、と抱き締められてしまった。
 え、なんでここで、そんな抱き締められるようなとこあったっけ?おれ、今の、感じ悪かっただけ、だよなあ?
 少しパニックになりながらも、ごめんを先に言わなきゃだめか、と慌てて、でもがっしり抱えられた躰は身動き出来なくて、それでいて、その力強さと体温にどきどきしてる。
 この、単純な躰め。

「あ、あの、ごめん、わざわざ買ってくれたのに、文句ばっか、で……」
「違う」
「え、あ、ごめんなさい……?」
「言い方の問題じゃなくて。反省してんの、今」
「はんせー……」
「こっちがごめん、ごめんね、そっか、冷蔵庫まで行けないか、そんなことまで考えてなかった……」

 あら、と思った。
 え、おれが言った文句に怒るんじゃなくて、受け入れちゃうんだ、って。

「そこら辺に水やゼリーあるよね?」
「うん?」
「……まさかそれしか飲み食いしてないの」
「まあ、基本的には」
「そんなんだからこんなほっそいんでしょうが!」
「そりゃまあ四、五日食べなかったら……熱出した時みたいなものだし……皆、高熱……インフルの後痩せたりする、でしょ」
「食べてよ、ちゃんと!」
「無理だよ、喉、通んないし、食べたくならない、し……」

 やばいな、と感じてきた。ぎゅうってずっとしてるから。
 その、躰があつくなってきちゃう。
 もじ、と少し膝を動かしてしまう。
 その動きで、悠真さんの腕が少し緩んだ。

「だめ、えっちする前にこれ食べよう」
「……や、むずむずする、」
「だめ、ね、食べさせたげるから」

 慌てたように蓋を取り、小さなスプーンを突っ込み、それをおれの口元に持ってくる。
 前回見た時にも思った、やはりとろりとした、柔らかいプリンだった。おれと悠真さんがすきなタイプの。
 ぐに、と唇にスプーンが押し当てられて、仕方なくそのまま口を開く。
 甘いかおりが広がって、咀嚼する間もなく飲み込んでしまう。

「これなら食べられるでしょ、ね、栄養摂って」
「んー……」
「ほら、次。足りなかったらまだあるよ、どう、おいし?」
「ん、あまい……におい、する」

 正直それがプリンのにおいなのか悠真さんのにおいなのかわからなくなってきた。
 いつの間にか、部屋中が甘ったるい。

 フェロモンは甘く感じることが多い。
 それはオメガのものであっても、アルファのものであっても。
 オメガの、自分のにおいはわからない。
 だからこの、噎せるような甘いにおいは悠真さんのものなのだ。
 くらくらするような、つよいにおい。こんな近くに、腕の中にいるんだから仕方ない。
 酔ってしまったような気分だった。
 これ、早く食べなきゃ。食べ終わんなきゃ。食べ終わったら抱いてもらえる、多分。

 餌を待つ雛のように、口を開けるとスプーンが入ってくる。
 すぐに嚥下して、また口を開く。
 小さなカップのそれはすぐに空になってしまう。
 もう一個食べる?と訊く悠真さんの首元に腕を回して、頬を寄せた。
 いらない、食べ終わったからもう抱いてほしい。
 こんな近くでフェロモンを浴びてしまえば、そんなことしか考えられなくなる。

「……また後で食べてね」
「ん、食べられ、たら」
「だめ、ちゃんと食べよ、また体調崩しちゃう」

 じゃあ食べさせてよ、とは言えない。
 悠真さんの番は、いつもああやって、発情期の時は食べさせてもらってるのかなってまた考えてしまって。
 悠真さんのすきなプリンも、ケーキでも、食事でも。
 こうやって、腕の中で、甘いにおいに包まれて、優しい声で、すきなものを口元に運ばれるの。

「いいなあ……」
「うん?なあに」
「……なんでもない、ねえ、早く、」

 ぎゅうと抱きついてしまえば、おれの表情はわからない。
 意識しないと、かおに出てしまう。そんな余裕はないから、見られたくない。

「早く、さわって……」 

 折角綺麗に着せられた寝巻きの下は、もうどろどろだった。
 自分で脱ごうと悠真さんに凭れたままウエストに手をかけたところで、少し待って、とストップがかかった。

「あんまり着替え、持ってきてないから。これ、脱がせて」
「それもちょうだい」
「だめ。着替えないんだって、これ、また後で着るから」
「……」

 悠真さんから剥がされるわ、脱ぐのを止められるわ、服は貰えないわでまたむっとしてしまう。うちの中なんだから別にパンイチでもいいだろ。
 それなのに悠真さんはかわいい、とおれの頬を撫でて、ベッドから降りてしまった。
 ぶすくれてるかおにかわいいもなにもあるか。

 自分が見られるのは恥ずかしくて嫌だけど、悠真さんの脱ぐところはしっかり見てしまう。
 かおだけではなく整った躰が露になるのは胸が……いや、お腹がきゅう、となる。
 服を着てするのがすき。においが強く残るから。
 でも肌がくっつくのもすき。あったかくて、どきどきするのに、安心するから。においも直に感じるから。
 早く触りたい、触ってほしい。
 そんな邪な思いが伝わったのか、視線がぶつかったからか、悠真さんはにこっと笑うと、軽く畳んだ服をまたおれの手が届かないところに仕舞おうと背中を見せた。
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