上 下
47 / 124
4

47

しおりを挟む
 あっさりと悠真さんはいいよ、と返すものだから、いいよおれがするから、と慌てると、今度は芽依が横からちがうのー!と怒り出す。
 なんだよ、おれじゃなくて悠真さんがいいっていうこと?と内心ショックを受けていると、あれ、と芽依がゆび指したのはひとくみの家族連れだった。
 成程、と悠真さんが頷いて、肩車だ、と言うと、そうそれ!というように芽依はうんうん首を振る。
 は?いや、おれだって肩車ぐらい出来ますけど?なんだ、高さの問題か?安定性の問題か?

「和音」
「……嫌ならおれが肩車するけど」
「嫌じゃないよ、でも肩車するの初めてだからさ、万が一落ちたりしないよう見てて」
「芽依が暴れなきゃ大丈夫でしょ、ばたばたすんなよ、芽依」
「いーこにする!」
「おし」

 選ばれなかったのはほんの少し悔しいけれど、まあおれだって芽依の立場なら悠真さんを選ぶか。
 落とされなさそうだし。

「ちゃんと掴まっててね」
「んっ」

 わあ、たかーい!と特に高さにこわがることもなく、芽依は嬉しそうに周りをきょろきょろと見渡した。
 あっちにおさるさんいたね、きりんさんみえないねえ、こっちはかえるとこっ、みんなもうばいばいするんだね、
 少し舌っ足らずの声が甘えたように声を跳ねさせる。
 最初は落ちないようその背を支えていたが、園を出る頃には大丈夫かと後ろから見守るだけになっていた。

 良かった、芽依が楽しそうで。
 一週間、つまらない思いをさせずにすんで。
 おれ、免許は諦めたから車の運転出来なくて遠出とか出来ないんだよね、電車だってタクシーだって出来れば最小限に抑えたいし。
 こどもにはつまらないよね。

 その点悠真さんは、急な動物園でもいいよと言えるフットワークの軽さ、面倒見のよさには少しびっくりしたけれど、その姿は悪くない。
 芽依を肩車する悠真さんはまるで親子のようで、なんだか微笑ましい。
 そんな姿、見れると思わなかった。


 ◇◇◇

「寝ちゃった」
「はしゃいでたもんなあ、夕飯、どこかに寄ってもと思ってたけど止めとこうか」
「ん、デリバリーでもしようかな」
「買い物は?スーパー寄る?」
「いいよ、明日行く。夕飯の買い物だけだったし」
「……そう」

 帰りの車の中、悠真さんの安全運転のおかげもあって、芽依は早々に寝落ちしてしまった。
 悠真さん、流石に今日は帰っちゃうだろうな。発情期でもないし、用事があった訳でもない。
 一応心配をして、様子を見にきてくれただけ。
 それがこんな、動物園まで連れてってもらっちゃって。これ以上望むことは悪い。

「芽依ちゃん、あんまり似てないね」
「おれに?……まあ芽依は叔母よりゆ……番似だからなあ」
「そうなんだ、和音と花音ちゃんそっくりだからさ、つい皆似てるのかなって思っちゃって」
「そんな訳ないじゃん、ねえ、芽依」
「かわいいね」
「……うん」

 ぷうぷう仔犬のように寝息を吐く芽依がかわいい。
 起きててくれたらもうちょっと悠真さんといれたかもしれない。
 でもそんなこと芽依には関係ないことだ。いや、芽依がいなきゃ動物園なんて来なかった。悠真さんと来ることなんてきっともうないんじゃないかな、動物園なんて。
 そりゃ、悠真さんにこどもが出来たら、……こうやって連れていくんだろうけど。でもそれはおれ、関係ないし。

「和音、何食べたい?」
「え」
「プリン?」
「……それおやつだし」
「うん」
「寒いし……シチューとか……あっグラタン」

 頭の中でデリバリーをしてくれる店を考える。
 グラタンならきっと芽依も食べる。こどもはすきだもんね、グラタン。冷ましてから食べさせなきゃ。いやデリバリーなら丁度いいかな……

「それなら作れるよ、俺」
「うん?」
「スーパー寄ってく?」
「……悠真さんも食べてくの?」
「今日和音冷たいなあ、お昼と同じこと言うじゃん」
「えっ、いや、だって」

 だっていつも帰っちゃうじゃん、ご飯なんて最初に一度作ってもらったきり……ううん、プリンもうどんも作ってもらったけど、一緒に食べた訳じゃないし……
 嬉しいよ、あれはどう考えてもただの看病で、普通の感覚なら病人は放っておけないから面倒みてくれただけで。
 今日なんて、ただの勘違いだった、って帰ってもよかったし、今から動物園はちょっと、って断ってもよかったし、そんな、夕飯だって気にせずおれたちを家の前で降ろせばそれでいい筈。
 確かに前回、今度から気をつけるとは言ってたけど、それはあくまで発情期についてであって……

 違うのかな、発情期以外ももうちょっと、考えてくれるってことだったのかな。
 確かに発情期前にしかなかった連絡は増えた。
 それだって風邪ひいたばっかりとか、この時期は体調不良になりやすいとか、だから今日だって何かあったと思って来てくれたりとか……
 そうじゃなくて、ずっと、この時期だけじゃなくて、もっと気にしてくれるってこと?

 いいのかな、おれは……ひとりだって慣れてる、でも慣れてるからひとりがいい訳ではなくて、一緒にいてくれるなら、その、悠真さんと一緒にいるのは、嬉しい。楽しい。安心する。
 でも、いいの?番は?
 おれにそんなに時間を割いてもいいの?

 そう思っても訊ける訳はない。
 こういう時、ひとは狡くなってしまうのかもしれない。
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

処理中です...