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じゃあ行こうか、とおれの決定を待たずに、ふたりで頷きあっている。
芽依は懐こい子だとは知っていたけど、懐くのが早いんじゃないか、知らんひとだぞ、女の子なんだからもうちょっと危機感を持て。
「どこに行くの?」
「すぐそこの……スーパーだけど。その前にご飯食べよっかって言ってて」
「ああ、もう少しでお昼だもんね、お店決まってたの?」
「いや、今から……え、悠真さんも来るの?」
「ふたりが食べてる間ここで待ってるって訳ないでしょ」
「そりゃそうだけど」
「芽依ちゃん、どこ行きたい?」
おれは芽依に靴を履かせながら、悠真さんはよいしょとチャイルドシートを抱えながら。そう軽く訊いただけだった。
何が食べたいかとか、そういうの。
だけどこどもには広い意味で捉えられてしまったらしい。
きらきらとした瞳で、どーぶつえん!と返されてしまった。
「えっ」
「どーぶつえん!いきたい!」
「いや、芽依違、そーじゃなくて、ごはん……」
「いいよ、行こうか動物園」
「えっ」
「やったー!」
動物園なんてそんな、と慌てるおれに、いいじゃんと悠真さんは簡単に言ってくる。
だって動物園なんてそんな簡単に決める場所じゃなくない?
お昼ごはんとスーパーに行くだけの予定が動物園だよ?全然違うくない?
「和音、用事ある?」
「ない、けど……」
「体調は?大丈夫なんだよね?」
「だいじょぶ、だけど……」
「動物園やだ?」
「やだとかじゃない、けど……」
「じゃあいいじゃん」
いいじゃん、じゃない。
おれはいいんだよ!心配してるのはおれじゃなくて、悠真さんの方なんだけど。
え、いいの、そんな簡単に決めちゃって。
動物園なんて行ったら、一時間二時間じゃ足りないけど。
……いいの、休み、おれに使っちゃって。正確には芽依だけど、まあ似たようなものだ。
「動物園久し振りだなあ、こどもの頃以来かも」
「めいはじめて!」
「初めてかー……あ、いいかな?連れてって。芽依ちゃんのご両親に挨拶した方がいい?」
「いや……それはすきにしていいって言われてるし」
遊びに連れてってあげたいけど、精々公園くらいかなと思っていたからそれはありがたいんだけど。
意外に悠真さんがノリがいいのが不思議だ。
動物、すきなのかな。
悠真さんの車に乗るのは二回目。
ちょっとあのヒートの時を思い出して恥ずかしくもなる。
チャイルドシートを取り付けて、芽依を座らせて、おれも乗せるとドアを閉められる。
……自分で閉められるのにな。
悠真さんも運転席に乗り込むと、芽依はそれはもう嬉しそうに悠真さんに話し出した。
テレビで見た、ともだちから話を聞いた、動物園は行ってみたかったけど、ママが大きな動物がこわいから行ったことがなかった、たのしみ、という旨を一生懸命腕を動かしながら伝えている。
ミラーに映る悠真さんは嫌なかおひとつせず、そっかあ、楽しみだねえ、なんて興奮している芽依に返していく。
おれだけただひとり、まだこの展開についていけてなかった。
悠真さんと動物園なんて、行くこと全く想定してなかったから。そもそもこの年で動物園なんて行くと思わなかったし。
その前に何か食べてから行こうか、と提案され、手近なファミレスで済ませることにした。
おれに芽依のアレルギーを確認しつつ、芽依に、何食べよっかと楽しそうにメニューを広げる。
こども、すきなのかな。慣れてるのかな。
悠真さんもきょうだいとかいるのかな、そういうの、全然知らない。
いとこは?甥姪いる?親戚とかで集まったら良いお兄ちゃんしてるのかな。
聞きたいな、訊いたらだめ?ちょっと鬱陶しいかな?番だし、ちょっとくらいとは思うけど。
食事が届いてからも、悠真さんは芽依のことをよく見てくれた。避けた野菜をちゃんと食べようねと諭したり、頬についたソースを拭ったり、テーブルを拭いたりと忙しい。
おれの方を見て笑顔を向け、和音も口元またついてる、と指先で教えてくれる。
芽依に気付かれる前に慌てて舐め取った。恥ずかしい、芽依に見られなくてよかった。
◇◇◇
「……どうしたの、おトイレ?」
「ちがうー……」
この年で動物園なんて、なんて思っていたけど、存外普通に楽しんでしまった。
小さなふわふわの小動物に瞳を細め、大きな迫力のある肉食動物にこわいと泣き、綺麗な羽根の鳥に触りたいと駄々を捏ね、じっと見るソフトクリームを寒いと言いながら一緒に食べ、お姉ちゃんにお土産、と選ぶ芽依に微笑ましく思った。
悠真さんはいつもよりちょっとだけ、外行きの表情かな、と思う。
芽依のことを気にしているからだ。
それがちょっと、さみしくもあり嬉しくもある。
芽依と悠真さんに、あっち、次はこっち、と引っ張り回され、あっという間に夕暮れ、夕飯はどうしようかな、と考える時間になってしまった。
帰ろうかと声をかけると、芽依がもじもじするものだから、まだ帰りたくないと泣くのか、トイレでも我慢してるのか、欲しいものがあるのか、と訊くと、ちがう、と返されてしまう。
こどものしてほしいことを察するのは難しい。
どうしたものか、と困っていると、芽依はちら、と悠真さんを見てはもじもじするのを繰り返すものだから、どうしたの、と悠真さんが気を遣ってくれた。
それに対し、やっと口を開いた芽依は、おんぶして、と言いにくそうに言う。
……そんなのおれがしてあげるのに、なんで悠真さんを見ながら言うのか。
芽依は懐こい子だとは知っていたけど、懐くのが早いんじゃないか、知らんひとだぞ、女の子なんだからもうちょっと危機感を持て。
「どこに行くの?」
「すぐそこの……スーパーだけど。その前にご飯食べよっかって言ってて」
「ああ、もう少しでお昼だもんね、お店決まってたの?」
「いや、今から……え、悠真さんも来るの?」
「ふたりが食べてる間ここで待ってるって訳ないでしょ」
「そりゃそうだけど」
「芽依ちゃん、どこ行きたい?」
おれは芽依に靴を履かせながら、悠真さんはよいしょとチャイルドシートを抱えながら。そう軽く訊いただけだった。
何が食べたいかとか、そういうの。
だけどこどもには広い意味で捉えられてしまったらしい。
きらきらとした瞳で、どーぶつえん!と返されてしまった。
「えっ」
「どーぶつえん!いきたい!」
「いや、芽依違、そーじゃなくて、ごはん……」
「いいよ、行こうか動物園」
「えっ」
「やったー!」
動物園なんてそんな、と慌てるおれに、いいじゃんと悠真さんは簡単に言ってくる。
だって動物園なんてそんな簡単に決める場所じゃなくない?
お昼ごはんとスーパーに行くだけの予定が動物園だよ?全然違うくない?
「和音、用事ある?」
「ない、けど……」
「体調は?大丈夫なんだよね?」
「だいじょぶ、だけど……」
「動物園やだ?」
「やだとかじゃない、けど……」
「じゃあいいじゃん」
いいじゃん、じゃない。
おれはいいんだよ!心配してるのはおれじゃなくて、悠真さんの方なんだけど。
え、いいの、そんな簡単に決めちゃって。
動物園なんて行ったら、一時間二時間じゃ足りないけど。
……いいの、休み、おれに使っちゃって。正確には芽依だけど、まあ似たようなものだ。
「動物園久し振りだなあ、こどもの頃以来かも」
「めいはじめて!」
「初めてかー……あ、いいかな?連れてって。芽依ちゃんのご両親に挨拶した方がいい?」
「いや……それはすきにしていいって言われてるし」
遊びに連れてってあげたいけど、精々公園くらいかなと思っていたからそれはありがたいんだけど。
意外に悠真さんがノリがいいのが不思議だ。
動物、すきなのかな。
悠真さんの車に乗るのは二回目。
ちょっとあのヒートの時を思い出して恥ずかしくもなる。
チャイルドシートを取り付けて、芽依を座らせて、おれも乗せるとドアを閉められる。
……自分で閉められるのにな。
悠真さんも運転席に乗り込むと、芽依はそれはもう嬉しそうに悠真さんに話し出した。
テレビで見た、ともだちから話を聞いた、動物園は行ってみたかったけど、ママが大きな動物がこわいから行ったことがなかった、たのしみ、という旨を一生懸命腕を動かしながら伝えている。
ミラーに映る悠真さんは嫌なかおひとつせず、そっかあ、楽しみだねえ、なんて興奮している芽依に返していく。
おれだけただひとり、まだこの展開についていけてなかった。
悠真さんと動物園なんて、行くこと全く想定してなかったから。そもそもこの年で動物園なんて行くと思わなかったし。
その前に何か食べてから行こうか、と提案され、手近なファミレスで済ませることにした。
おれに芽依のアレルギーを確認しつつ、芽依に、何食べよっかと楽しそうにメニューを広げる。
こども、すきなのかな。慣れてるのかな。
悠真さんもきょうだいとかいるのかな、そういうの、全然知らない。
いとこは?甥姪いる?親戚とかで集まったら良いお兄ちゃんしてるのかな。
聞きたいな、訊いたらだめ?ちょっと鬱陶しいかな?番だし、ちょっとくらいとは思うけど。
食事が届いてからも、悠真さんは芽依のことをよく見てくれた。避けた野菜をちゃんと食べようねと諭したり、頬についたソースを拭ったり、テーブルを拭いたりと忙しい。
おれの方を見て笑顔を向け、和音も口元またついてる、と指先で教えてくれる。
芽依に気付かれる前に慌てて舐め取った。恥ずかしい、芽依に見られなくてよかった。
◇◇◇
「……どうしたの、おトイレ?」
「ちがうー……」
この年で動物園なんて、なんて思っていたけど、存外普通に楽しんでしまった。
小さなふわふわの小動物に瞳を細め、大きな迫力のある肉食動物にこわいと泣き、綺麗な羽根の鳥に触りたいと駄々を捏ね、じっと見るソフトクリームを寒いと言いながら一緒に食べ、お姉ちゃんにお土産、と選ぶ芽依に微笑ましく思った。
悠真さんはいつもよりちょっとだけ、外行きの表情かな、と思う。
芽依のことを気にしているからだ。
それがちょっと、さみしくもあり嬉しくもある。
芽依と悠真さんに、あっち、次はこっち、と引っ張り回され、あっという間に夕暮れ、夕飯はどうしようかな、と考える時間になってしまった。
帰ろうかと声をかけると、芽依がもじもじするものだから、まだ帰りたくないと泣くのか、トイレでも我慢してるのか、欲しいものがあるのか、と訊くと、ちがう、と返されてしまう。
こどものしてほしいことを察するのは難しい。
どうしたものか、と困っていると、芽依はちら、と悠真さんを見てはもじもじするのを繰り返すものだから、どうしたの、と悠真さんが気を遣ってくれた。
それに対し、やっと口を開いた芽依は、おんぶして、と言いにくそうに言う。
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