【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◇◇◇

「……悠真さん?」

 悠真さんが来たのは突然だった。
 芽依を預かった三日目、土曜日。
 いつものスーツ姿ではない、私服の悠真さんが驚いたように瞳を丸くして、おれと腕に抱える芽依を見比べていた。

「いつの……誰の子?」
「……」

 いや、今いつの子って言いかけたか?
 どう見ても悠真さんとの子でなければおれの子でもないんだが。
 開口一番それだったものだから、少し呆れて、叔母の子ですよ、従姉妹、と返してやる。
 芽依は年齢を聞かれる前に既に指を三本立てている。惜しい、あと一本足りないな。

「ええと……なんの用事で」
「まずは部屋に入れてくんない?」
「え、あ、ああ、どうぞ」

 インターフォンも鳴らさずに合鍵で入ってきたものだから驚いた。きゃっきゃと芽依と遊んでいる途中だった。
 先日のように風邪を引いた訳でもないし、まだまだ発情期でもないのに。

「時計が」
「時計が?」

 ええと、いつもと違う反応をしたから。気になって。
 そうバツが悪そうに悠真さんはもごもごと答える。
 先日風邪を引いて、その時におれの面倒をみると言った悠真さんに、こんな風邪より発情期の方が辛いとぶつけてしまった。
 それに対して、ごめん、気をつける、と返されて、気をつけるとは?と考えていたんだけれど。

 この数ヶ月で悠真さんと関わったのは片手で足りる程度。
 一ヶ月半から二ヶ月のサイクルで訪れるおれの不安定な発情期の初日に会って、翌日には帰っていた。
 もうそろそろ発情期が来るかなとアプリが予測した辺りで連絡が来て、電話やメッセージのやりとり、それくらいだった。
 風邪を引いた時に悠真さんが来たことにびっくりするくらい。
 そしてその後、気をつける、と言ったことからなのかなんなのか、発情期前でもないのに、二、三日に一度は連絡が来るようになった。
 最初は何で電話?なんてめちゃくちゃ驚いたんだけど。

 話す内容は大したことなんてない、今日は何を食べたの、体調は悪くない?何か楽しいこととかあった?明日は何する予定?そんな雑談ばかり。
 ただそれだけのことが、最初の戸惑いから、段々と当たり前にかわり、連絡が来るのが待ち遠しくなったりして。
 ……いや、おれ、ともだちいないから。だから。
 そういうやりとりとか全部、新鮮で、嬉しかっただけ。それだけだし。

 発情期はまだ先。かわったのは連絡が増えただけだと、そう思っていた。
 ……まさかまた来るとは。

「あっ、もしかして、朝芽依と鬼ごっこしてたから?脈とか早くなっちゃったからかな、あはは、普段運動とかしないから……まさかそんなおおごとに取られるとは」
「……それならいいんだけど。電話も切れちゃうし」
「電話?」
「確かめる為に電話、したんだけど」
「うそお」

 慌てて着信を確認すると、確かに履歴が残っていた。まさか芽依、と視線を向けると、ままかと思った、なんて悪びれもせず口を開く彼女に、責める訳にもいかず、おれと悠真さんは成程、と納得する振りをするしかないのだった。

「……ごめん、早くおれが気付けばよかったんだけど。わざわざここまで来させちゃって」
「いやそれは……何もないならよかったんだ、今日、休みだし別に」
「うん……見ての通り全然元気ー……はは……」
「……」

 ……気まずい。会話らしい会話なんて、今までちゃんとしてなかったから。
 発情期以外なんて先日の風邪の時くらいしかなくて、あの日も翌日元気になったおれを確認すると、じゃあまたと深く話をする間もなく帰ってしまった。
 おれと悠真さんの関係って、冷静になると駄目な関係なんだと思う。褒められた関係じゃないもの。

「ねーえ、おかいもの、まだあ」
「えっ、あ、うん、ちょっと待って」

 ぐいぐい腕を引きながら甘えた声を出す芽依に、悠真さんは買い物に行くとこだったの、ごめん、とまた謝った。
 買い物といっても、昼食を買うか食べるかして、夕食の買い物をしようか、というものだったんだけれど。

「結構買う?良かったら送ってくよ」
「え、い、いいよ」
「え、あ、……そうか、チャイルドシートないもんな」
「いやそれはあるけど……」
「あるの」
「もしかしたら使うかもって置いてってくれて……」

 口にしながら、別にそんなことまで話さなくてもよかったんだけど、とも思ってしまう。
 でもなにか口にしなきゃ間が持たなくて。
 電話だと下らない話も出来たし、発情期も発情期なりに会話は出来てた筈なんだけどな。
 なんでこういう時の方が気まずくなっちゃうんだろ。

「……じゃあ一緒行こ、買い物」
「いいの」
「え?」
「ど、土曜日だよ」
「?いいよ、休みだもん、仕事ないし」
「……いや、その、休み、おれたちに使っちゃっていいのかなって」

 ほら、折角の休み、番に使わなくていいのかなって。
 いや、おれだって番だけど。今はそういうんじゃなくて。
 ……優先順位、いいのかなって。

「あー……うん、今日は大丈夫。気にしないで。ね、一緒に買い物行っていい、芽依ちゃん」

 芽依に視線を合わせる悠真さんに、芽依はおれのかおを覗き込み、それから悠真さんを見て、を何度か繰り返し、それから、いいよ!と笑顔を返した。
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