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食べさせてあげようか、と言う悠真さんに首を横に振った。
千晶くんですら気恥ずかしかった、悠真さんにされたらプリンどころではない。
マグカップに入ったプリンは、結構量がある。半分残して、明日食べてもいいかな。
量的な問題もあるけど、なんだか一気に全部食べてしまうのは勿体ないと思ってしまったのだ。
スプーンを刺すと、さすがに手作りの簡単に作ったプリンは好みの柔らかいものよりは硬めだった。
それを覗き込んだ悠真さんは、やっぱりそれもすが入っちゃってるか、とまた言い訳のように呟く。
「す?」
「その穴のとこ。茶碗蒸しとかでもあるでしょ、それすっていうの」
「へー、これあったらだめなの?」
「加熱し過ぎるとね、出ちゃうんだって。口当たりとかが良くなくて」
「でもおいしいよ、これくらい、全然……」
「……そっか」
口の中に入れると甘い味が広がって、ああ手作りだな、とは思ったけれど、それは悪い意味ではなかった。
花音の初めて作った硬いクッキー、母さんが膨らまなかったと落ち込んだシュー生地、千晶くんが少し焦げちゃったと恥ずかしそうに出したパウンドケーキ。
普段料理をするひとでも失敗することは知ってる。
でもどれも美味しかった。少しくらい失敗したって、あんまり気にならないのはおれの性格と馬鹿舌だからかもしれないけれど、おれにとってだいじなのは結果だけじゃなかったから。
「……うん、おいしい」
「ほんと?……良かった」
「すごいな、ゆーまさん、お菓子も作れんだ」
「流石にお菓子は初めて作ったよ」
「え」
「初めて」
「……プリンだけじゃなくて?」
「お菓子なんて作ろうと思ったこともないや」
瞳を細めてそう言う悠真さんが嘘を吐いてるとは思えなかった。
そんな下らない嘘を。
でもそれなら、本当に……おれがただ熱に魘されてそんな、どっかに行くな、でもプリンは食べたい、だなんてつい言ってしまったことを、それだけの、別に絶対にそうしないといけないだなんてこともない、ただの我儘を叶えてくれたっていうこと?
冷蔵庫を確認して、レシピを検索して、作ったこともないお菓子を?
コンビニに行けば、五分で買ってこれるような、二百円もかからないようなものを?
「……また作ってくれる?」
「ん?うん、悔しいから今度はもっとちゃんとしたの作るよ、今度は柔らかいやつね」
「飲めるくらいの?」
「うん、そう」
くすくす笑いながらまたおれの口の端を拭う。落ち着いて食べてね、と。
別におれの口元が緩い訳ではない、そこだって少し舐めれば届くとこだった。言ってくれたら良かった。
でも、その仕草は嫌ではない。恥ずかしいけれど、その、なんというか、その近い距離はどきどきして間違えそうになるけれど、でも、本当に嫌ではないんだ。
「それ食べたら薬飲んで寝ようね」
「……うん」
「量多いでしょ、残していいよ」
「ん、明日食べる」
「いいよ、捨てな、明日の分はまた作っといてあげる」
「……いい、これがいーの」
「それそんなに美味しかった?」
「うん」
「ビギナーズラック的な」
意味違うか、と笑う悠真さんが眩しい。
リビングの明るい電気の下で、おれの食べている姿をみて、嬉しそうにしている悠真さんが、眩しい。
おれが、普通を知らないから。
番のことは勿論だけど、ひととの付き合い方を知らないから。
全部、悠真さんが初めてみたいなものだから。
だから勘違いしてるところも多いんだと思う。
悠真さんにとっては普通のことで、他のひとにとっても普通のことなのかもしれない。
でもおれにとってはこんな小さなやり取りも全部、全部嬉しかった。
期待しちゃいそうになるくらい、全部特別だった。
発情期の時だけかと思ってた、アルファがこんなに輝いて見えるだなんて。
きらきらして、ふわふわして、逆らい難いオーラがあって、でも番をぐずぐずに蕩けさせてしまうアルファなんて、ベッドの中だけだと思ってた。
すごいな、どこにいたって、アルファってオメガをどきどきさせてしまうんだな。
番って、強いんだなって。
「和音、瞳がとろんとしてきた、寝ようか」
「ン……」
「大丈夫?貸して、それ」
「……捨てないで」
「わかったわかった、ラップして冷蔵庫入れとくね、でも食べられなかったらちゃんと捨てるんだよ」
「ん、うん……」
「待ってて、薬、寝室に置いてあったよね、取ってくるから」
食べ残しのプリンをラップして冷蔵庫に入れて、カップとスプーンを洗い、薬を飲む為の水を用意し、寝室まで薬を取りに走る。
薬を飲ませて、ベッドまで運び、おやすみと声を掛け、帰っちゃうの、と無意識に呟いてしまったおれの頬を撫で、朝までいるよ、と微笑んだ。
勿体ないな、と思ったんだ。
本当に?朝までいるの?って。そしたら寝るの、勿体ないよなって。
だってちゃんと話出来てないのに。食べ物の話くらいしかしてない。
もっと、いっぱい、ちゃんと話、して……
ついさっき起きたばかりなのに、発情期終わりの風邪を引いた躰は体力を取り戻すかのように、栄養を摂ってはすぐに休もうとする。
ありがとう、嬉しいって言えばよかったなって、言わなかったなって、意識が落ちる前に気付いてしまった。
千晶くんですら気恥ずかしかった、悠真さんにされたらプリンどころではない。
マグカップに入ったプリンは、結構量がある。半分残して、明日食べてもいいかな。
量的な問題もあるけど、なんだか一気に全部食べてしまうのは勿体ないと思ってしまったのだ。
スプーンを刺すと、さすがに手作りの簡単に作ったプリンは好みの柔らかいものよりは硬めだった。
それを覗き込んだ悠真さんは、やっぱりそれもすが入っちゃってるか、とまた言い訳のように呟く。
「す?」
「その穴のとこ。茶碗蒸しとかでもあるでしょ、それすっていうの」
「へー、これあったらだめなの?」
「加熱し過ぎるとね、出ちゃうんだって。口当たりとかが良くなくて」
「でもおいしいよ、これくらい、全然……」
「……そっか」
口の中に入れると甘い味が広がって、ああ手作りだな、とは思ったけれど、それは悪い意味ではなかった。
花音の初めて作った硬いクッキー、母さんが膨らまなかったと落ち込んだシュー生地、千晶くんが少し焦げちゃったと恥ずかしそうに出したパウンドケーキ。
普段料理をするひとでも失敗することは知ってる。
でもどれも美味しかった。少しくらい失敗したって、あんまり気にならないのはおれの性格と馬鹿舌だからかもしれないけれど、おれにとってだいじなのは結果だけじゃなかったから。
「……うん、おいしい」
「ほんと?……良かった」
「すごいな、ゆーまさん、お菓子も作れんだ」
「流石にお菓子は初めて作ったよ」
「え」
「初めて」
「……プリンだけじゃなくて?」
「お菓子なんて作ろうと思ったこともないや」
瞳を細めてそう言う悠真さんが嘘を吐いてるとは思えなかった。
そんな下らない嘘を。
でもそれなら、本当に……おれがただ熱に魘されてそんな、どっかに行くな、でもプリンは食べたい、だなんてつい言ってしまったことを、それだけの、別に絶対にそうしないといけないだなんてこともない、ただの我儘を叶えてくれたっていうこと?
冷蔵庫を確認して、レシピを検索して、作ったこともないお菓子を?
コンビニに行けば、五分で買ってこれるような、二百円もかからないようなものを?
「……また作ってくれる?」
「ん?うん、悔しいから今度はもっとちゃんとしたの作るよ、今度は柔らかいやつね」
「飲めるくらいの?」
「うん、そう」
くすくす笑いながらまたおれの口の端を拭う。落ち着いて食べてね、と。
別におれの口元が緩い訳ではない、そこだって少し舐めれば届くとこだった。言ってくれたら良かった。
でも、その仕草は嫌ではない。恥ずかしいけれど、その、なんというか、その近い距離はどきどきして間違えそうになるけれど、でも、本当に嫌ではないんだ。
「それ食べたら薬飲んで寝ようね」
「……うん」
「量多いでしょ、残していいよ」
「ん、明日食べる」
「いいよ、捨てな、明日の分はまた作っといてあげる」
「……いい、これがいーの」
「それそんなに美味しかった?」
「うん」
「ビギナーズラック的な」
意味違うか、と笑う悠真さんが眩しい。
リビングの明るい電気の下で、おれの食べている姿をみて、嬉しそうにしている悠真さんが、眩しい。
おれが、普通を知らないから。
番のことは勿論だけど、ひととの付き合い方を知らないから。
全部、悠真さんが初めてみたいなものだから。
だから勘違いしてるところも多いんだと思う。
悠真さんにとっては普通のことで、他のひとにとっても普通のことなのかもしれない。
でもおれにとってはこんな小さなやり取りも全部、全部嬉しかった。
期待しちゃいそうになるくらい、全部特別だった。
発情期の時だけかと思ってた、アルファがこんなに輝いて見えるだなんて。
きらきらして、ふわふわして、逆らい難いオーラがあって、でも番をぐずぐずに蕩けさせてしまうアルファなんて、ベッドの中だけだと思ってた。
すごいな、どこにいたって、アルファってオメガをどきどきさせてしまうんだな。
番って、強いんだなって。
「和音、瞳がとろんとしてきた、寝ようか」
「ン……」
「大丈夫?貸して、それ」
「……捨てないで」
「わかったわかった、ラップして冷蔵庫入れとくね、でも食べられなかったらちゃんと捨てるんだよ」
「ん、うん……」
「待ってて、薬、寝室に置いてあったよね、取ってくるから」
食べ残しのプリンをラップして冷蔵庫に入れて、カップとスプーンを洗い、薬を飲む為の水を用意し、寝室まで薬を取りに走る。
薬を飲ませて、ベッドまで運び、おやすみと声を掛け、帰っちゃうの、と無意識に呟いてしまったおれの頬を撫で、朝までいるよ、と微笑んだ。
勿体ないな、と思ったんだ。
本当に?朝までいるの?って。そしたら寝るの、勿体ないよなって。
だってちゃんと話出来てないのに。食べ物の話くらいしかしてない。
もっと、いっぱい、ちゃんと話、して……
ついさっき起きたばかりなのに、発情期終わりの風邪を引いた躰は体力を取り戻すかのように、栄養を摂ってはすぐに休もうとする。
ありがとう、嬉しいって言えばよかったなって、言わなかったなって、意識が落ちる前に気付いてしまった。
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