【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◇◇◇

「どう、おいし?」
「ん……」
「この作り方覚えとくね」
「……べ、別に」

 千晶くんに作り方を聞いたといううどんを啜るおれを、悠真さんはにこにこしながら眺めていた。
 別にこのうどんが特別な訳ではない、ただ、おれや花音が体調不良の時によく作ってくれる、少しぐずぐずの柔らかい、出汁強めのたまごの入った、あとはその日の冷蔵庫と相談するうどんというだけ。
 それをわざわざ帰ろうとする千晶くんに聞いたのだろうか。
 美味しいけど。食べやすいけど。

「ふふ」
「……なに」
「千晶くんが言ってた通りだと思って」
「……?」
「和音と花音ちゃんはうどん啜るの下手だから、短く切ってあげた方が食べやすいって」

 前髪邪魔じゃない、と少しおれの髪を避けて、またにっと笑った。
 かわいい、と言うその言葉が何を指してるのかはわからない。ただ、おれの心臓を跳ねさせるには十分な破壊力だ。

「……いつも体調不良の時は千晶くん呼んでるの?」
「いつもじゃない」
「たまたま?」
「……これくらい、寝てれば治る風邪だし……ただ今回は発情期と重なっただけで、普段ならひとりでへーきだし、ちょっと熱たかくてもへーき、だし、熱がある時って躰、おかしくなる可能性あるし、ヒート引っ張られることもあるから基本ひとり、だけど、千晶くんはオメガだから大丈夫ってか……」
「ふうん」

 悪いことはしてない。
 普通のことを、話してるだけ。
 そりゃおれは千晶くんに迷惑かけっぱなし、だけど。
 何となく、悠真さん相手に変な言い訳をしてしまう。

「次からは俺を呼んでね」
「……へ」
「千晶くんじゃなくて、俺」
「な……なんで?」
「番でしょーが」
「……?」
「そういう時は普通先に番を頼るもんなんだよ」

 ……それはそう。
 当たり前である。
 それはそうなんだけど。
 でもおれと悠真さんには当てはまらない話だ。
 ……でもそう言うってことは?
 え、次からは悠真さんがこうやって、傍にいてくれる、って、訳……

「返事は?」
「へ、え、え、う、え……?」
「ほら、ここはかわいく、ウン♡って言っとくとこだよ」
「う、ウン……?」

 おれの口の端を拭う。
 その親指をぺろりと舐め、待ってるからね、と言う表情に、発情期は終わったばかりだというのにどきっとした。
 ……かおがいいからだ、だからちょっとどきまぎしちゃうだけ。別に悠真さんに何かを抱いてる訳ではない。
 ……いや、番だから。だから躰が勝手に反応しちゃうだけ。それだけ。それはきっと、誰が相手でも、こうなってしまった、多分。

「プリンあるよ、まだ食べられそう?」
「ぷりん」
「食べたいんでしょ?冷えてるよ」
「……食べる」

 出されたうどんは少な目だった。それも千晶くんからの情報だと思う。
 風邪の時にひと玉はおれと花音には多いから。少しずつしか食べられないタイプなのだ。
 悠真さんはおれの答えに満足そうに頷くと、空になった食器を持ってまたキッチンへ向かった。
 その背を見ながら、足をもぞもぞ動かしてしまう。
 不思議だ。発情期じゃないのに。悠真さんがいる。
 花音と千晶くん、家族以外のひとがうちにいて、お客さんじゃなくて、何かをしてくれる。

 以前、親に勧められて家政婦さんを週二で頼んだことがある。
 念を押してベータかオメガでとお願いした。
 別に悪いことをされた訳ではない。それでも落ち着かなかった。誰かが家にいるのは自分には合わなかったようで直ぐにやめた。
 それからだ、千晶くんが不定期にうちに様子をみに来てくれるようになったのは。

 千晶くんは花音の番であって、おれの友人知人ではない。
 それでもそうやって気にかけてくれるのは嬉しくて、数少ない家族以外の心を許せる相手だ。
 花音が選んだ相手だ、悪いひとな訳がない。花音の番となることで家族になれるのは素直に嬉しい。

 それが凄いことだと思っていた、わかっていた。
 特別が増えることはそうない。
 なのに、あんなに偶然に、悠真さんとこんなことになって、こんな、当たり前のように特別が増えるなんて。

「どうぞ、お口にあえばいいけど」
「あ……?」
「初めて作ったから。さっき味はみたけど」

 出されたプリンはうちのマグカップに入っていた。これはどう見ても手作りだ。
 じっとそれを見つめるおれに、流石にバニラエッセンスは無かったから簡易的なやつだけど、と少し言い訳のように唇を尖らせた悠真さんに胸がきゅうっとした。

「すごい、作ったの、え、コンビニとかでも買えるのに、わざわざ?」

 面倒くさくなかった?え、作れるんだ、いやプリンは家で作れるお菓子だというのは知っていたけど、悠真さんが?お菓子作りを?

「和音がここにいてほしいっていうから。そんなかわいいこと言われたら、コンビニだっていけないよ」
「……!」

 そう微笑む悠真さんが眩しい。
 悠真さんはいつも優しい。変な玩具を送り付けてきたり、すぐ帰ったりするけど。たまにいじわるだけど。
 でも優しい。おれのことを変に気を遣って扱わない。
 仕方ないから一緒にいるのかもしれないけど、おれの前でそういう素振りは見せない。優しい。
 でも今日は特段優しく感じた。
 病人相手に冷たいも何もないかもしれない。
 けれどそうじゃなくて、そういうのじゃなくて。
 なんだか勘違いしてしまいそうになる、おれも悠真さんの特別なんじゃないかって。
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