【完結】でも、だって運命はいちばんじゃない

ちかこ

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 ◇◇◇

 がちゃ、と玄関の扉が開いて、すぐに悠真さんの声が聞こえた。こんなとこで何してんの、って、慌てたような声が。
 ……待てるよね、って言われたけど、待てなかった。
 一秒でも早く会いたくて、かおが見たくて、触ってほしくて、玄関で待ってた。

「暖房ついてるとはいえ寒いでしょ、もう、なんで半袖なの、ちゃんと着て、ほら、玄関、寒いでしょ」

 焦ったように、へたりこんだおれを抱える悠真さんの上着はひんやりとしていている。
 お酒と煙草と、悠真さんのにおい。
 悠真さんは煙草を吸わないから、他の誰かのものだ。少しだけ、いやだな、と思った。

「ん……」
「俺のこと、待ってたの、寝室で待てなかった?」
「……待てなかった、ごめんなさい……」
「もう」

 背中を軽く叩き、おれを汚れたベッドに置くと、暖房を強くしてから脱いだ上着を掛けていく。
 全然、褒められなかったな、とぼんやり思った。
 そりゃそうだ、汚すなよ、勝手に着るなよと思われはしても、ひとの服を勝手に着ただけで褒められる訳がないのだ。
 何を期待してたんだろう、よっぽどものを考えられなくなってんだな。

「もうちょっとだけ待ってて」
「え……」
「五分。ね?さっとシャワーだけ」
「いい、そのままで、いい」
「いや、煙草のにおいすごいでしよ、さっき、嫌そうだったし」
「いい、がまん、できる……」
「そんなの我慢しなくたって、シャワー浴びれば落ちるし」
「待つ方がも、やだあ」

 ネクタイを引いて、近付いた頬に自分のものを寄せた。
 悠真さんの髪がふわりと擽る。混じっているのは少し残るシャンプーと香水のかおりと、やっぱり誰かの煙草のにおいで、それでも悠真さんのにおいに頬が緩む。
 だって久し振りなんだもん。二ヶ月近く会えなかったんだもん、ずっとこれがほしかったのに。

 このにおいを嗅ぐと、頭がぼおっとなって、下半身がずくずくする。
 何だっていいからもう早くほしい。悠真さんがほしい。早く。早く、早く。

「ゆーまさん……」
「……俺今日着替え持って来てないよ、そこのコンビニで下着買ったくらい」
「んえ」
「着替え、ないからね?今着てるスーツは着て帰らないといけないから汚せないし、和音にまた貸してあげられるもの、ないよ」

 ネクタイを握りっ放しのおれの手を開かせて、そのままそれを解き、シャツの釦を外していく。
 その手から視線を逸らせない。
 じっと見るおれに少し笑って、そのシャツもパンツもネクタイも壁に掛け、ベッドに戻ってくる。
 ……いつもにおいをつけるために服を着てとお願いしていたから、こんなに肌を晒してる悠真さんを見るのは初めてかもしれない。
 すごいな、アルファさまは躰まで綺麗だ、ちゃんと鍛えてるのかな、お腹、綺麗に割れてる。

「和音、擽ったいよ」
「あ、ごめ」
「いいけどね。触るのは別に。ただ、どうせ触るならもうちょっとやらしく触って」
「え……っゔ」

 言葉をちゃんと受け取る前に唇を塞がれる。
 いつもより少しだけ乱暴だと思ったのはアルコールのせいなのかもしれない。口の中があつくて、お酒のにおいがしたから。

「んっ、う、ッゔぁ、ふ、う」

 これはなんの味なんだろう、お酒は詳しくないからわかんないや。
 でもなんだか、においだけで酔ってしまいそう。
 悠真さんのにおいだけがほしいけど、でも仕方ない。急かしたのは自分だ。シャワーで悠真さんのにおいが薄れるのも嫌だった。

「ンー……ッう、あっ、う、んう」

 ぢゅっと吸われた舌先があつい。
 悠真さんの口の中も、手の平も、いつもよりあつい、気がした。

「夕方からって言ってたっけ、ひとりで我慢してたの?」
「ん……」
「和音、時計はどうしたの、腕時計」
「つける、の、忘れててえ……」
「発情期近くになったら着けるようにしないと。別に毎日でもいいけど。お陰で今日からって気付かなかった」
「お、おれも、気付かなかっ、た」
「危ないでしょ、電話だってすぐにしてよ」
「だって……ッ、うあ!」

 していいかわからなかった、そう答える前に裾から悠真さんの手が入ってきた。
 脇腹を撫で、少しずつ上がってくる手に背中がぞくぞくして、少しだけ反ってしまう。

「ま、待って……」
「え、まさかまだ痛い?また自分で弄っちゃった?見せて」
「やっ、ちが……!」

 ぺろりとシャツを捲った悠真さんは、息がかかる程近くでおれの胸元を観察すると、少し紅くなってるけど腫れてはないよ、と言った。
 紅くなってしまってるのは、その、確かにさっきまで自分で触っていたからで。でも優しく触れと言っていたから……その、指を舐めてから、触れたりして一応気をつけて……
 違う、今言いたいのはそれじゃなくて。

「これ、脱ぐ、って……」
「これ?俺の置いてった服でしょ?脱ぐの?着てたいのかと思ったけど……まあ洗濯済っぽいけど」
「き、着てたい、けど」
「けど?」
「……悠真さんに、着てほしい……に、におい、これにつけて、ね、これしか今日、ないんでしょ?」
「あー……」

 そういうこと。
 そうまた笑うと、いいよ、じゃあ脱いで、と捲っていたその手を離した。
 ……脱がされるのも恥ずかしいけど、自分で脱ぐのも恥ずかしい。
 だって悠真さんがさっきのおれのように、脱ぐところをじいと見つめてるものだから。
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