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ぎゅっと掴んだままの機体が震えて、すぐ近くで音が鳴る。回らない頭で考え、すぐに電話だ、と気付いた。
真っ暗な部屋で、画面と窓際だけが明るい。
誰、と考えなくたって、この時間に掛けてくるひとなんて、いいや、電話をしてくるひとなんて、花音と悠真さんしかいない。
案の定眩しいくらいの画面には悠真さんの名前が浮かぶ。震える指先で画面に触れた。
「……ゆー、ま、さん、」
『寝て……あー、もしかしてヒート中?ごめん、着信あったの、今気付いて』
「ちゃくしん……」
少し慌てたような声だった。
電話、したっけ……?電話を掛けようか迷ってたけど、間違えて掛けちゃったかな、多分、頭、朦朧としてて……覚えてない。
「うん……うん、ヒート、きた、今……ちが、えっと、多分、ゆーがた……から」
『そっかあ』
「今、ゆーまさん、どこ……」
『ごめんね、接待中。明日でいい?』
「あした……?」
来るのが明日ってこと?
え?明日、仕事終わってから?
えっ、え、え……?
発情期が来たって言ったら、来てくれるんじゃなかったの、明日?あと一日我慢しなきゃいけないの?
どうせ今日来たって仕事だってまた朝帰る、そうわかってるけど。
でも今、来てくれると思ったから、だから、……躰がもう期待してしまっている。
悠真さんの声を聞くだけで、脈が早くなって、体温が上がって、いつでも受け入れられるようにナカが濡れてしまうのに。
「お、おわるの、何時……」
『今少し抜けただけだから。まだ後少し掛かると思う』
「その後、その後でいーから、だめ……?」
『……待てるの?』
「明日、より、早いのがいい……」
そんな我儘、本当は言いたくなかった。
困らせたい訳ではないし、呆れられたい訳でもない。
接待が仕事の一環だともわかってるし、翌日仕事があるひとにおれが満足するまで付き合わせるのも悪いとわかってる。
それなのにこの冷静になれない頭のどこかで、でもおれを番にしたのは悠真さんなんだから、付き合う義務があるとも思ってる。
発情期丸々付き合ってくれる訳じゃないんだから、発情期始まりたての辛い時くらい、おれのこと、少しでもいいから優先してくれたって、
そんな甘えがつい口から出てしまったのだ。
「とまっ、泊まらなくても、い、から、ちょっとでいいから、触って、ほしい……」
嘘ばっかりだ。
泊まってほしいし、ちょっとだけなんて嫌だし、いっぱい抱いてほしい。
今夜だけじゃなくて明日もいてほしいし、明後日も、発情期、終わるまでずっと。
一分一秒ですら待ちたくないし、本当は、
……本当は、もっと、
「あ、会いに来てほしい……」
電話口で、息を呑んだような音がした。
……駄目だっただろうか。
やっぱり明日になる?こんな我儘に付き合う必要ない?
おれより本命の方に会いたいよね?でもおれ、ヒート中だし。もうずっと我慢したんだから、何でもない日の一日くらい、譲ってくれたって……
『わかった、行くね』
「え……」
『今日中には行けると思うけど、辛かったら寝ててもいいから』
「寝て……その、その時は起こしてくれる……?」
『……起こすよ、だからもうちょっと……良い子だから待てるよね?』
「がっ、がんばる、から……」
今度は少し、笑い声のようなものが聞こえた。それだけでほっと安心してしまう。
良かった、怒ってない、来てくれる、今日、ちゃんと、おれを抱きに来てくれる、そう約束をした。
思っていたよりすんなりと受け入れられた我儘に驚きはしたけど、それでいいのかなんて訊き返す必要はない。
来てくれるというのなら、それを素直に受け入れた方がいいに決まっている。
「待ってる、から、ぜったい、きてね」
『……うん』
ふうふうと息は荒くなって、躰はまだまだ熱を持て余しているのに、何だかちょっとだけ、ほんの少しだけ、満たされた気がした。
悠真さんが来てくれる。
どうしよう、もうシーツも服も汚してしまった。
綺麗にして出迎えなきゃ。でも動けない、躰が言うことをきかない。シーツの交換なんて出来ない。でも、着替え、うん、着替えくらいなら出来る。
綺麗に洗って畳んだ、前回置いてかれた悠真さんのTシャツ。
その前のTシャツはなかった。汚してしまった筈なんだけど、それはそれでも持ってかえられたのか、若しくは処分されたか。
だから結局、悠真さんの私物はまたこの一枚のTシャツしかない。
洗ったシャツは当然悠真さんのにおいなんてもうしない。
……これ、着てもいいかな。
たった一枚しかないシャツ、安心する為の巣なんて勿論作れなくて、うちの洗剤のかおりになっちゃってて、でもこれが悠真さんのものだということに違いはなくて。
だからこれを着たら、少しくらい、悠真さんのこと、感じられるかなって。
ゆったりとした大きなシャツはおれの躰では泳いでしまう。
それでもそれが、悠真さんのものだとわかるようで嬉しかった。
立派な巣だと褒めて貰えることはない。だって作るだけの私物がないのだから。
でも少しくらい褒めてもらえないかな、巣じゃないけど、悠真さんの服着ることが出来て偉いねって、よく出来たねって。
悠真さんのにおいはしないし、着ただけでそんな都合の良いこと、ある訳ないのに。
それでも褒められたいという欲求が湧く。
撫でてほしい、いっぱい、頑張ったねって褒めてほしい。
だっておれ、ひとりでいるの、頑張ってるでしょ、だから、いっぱい……ちょっとくらい、褒めてほしい。
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